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何故、国ごとに宗教があるのか

どうも、クリスチャン2世の100円ちゃんです。
補足だけどクリスチャンってのはキリスト教信者のことだよ、要は親がクリスチャンってことだね

今回は10/21(月)にイベントバーエデン神田にて「明るく宗教を語るバー」をやるので、それに向けて僕の宗教観などに関して書いていくよ!

宗教に対してどんな印象を持ってますか?

これに関して、大半の人は胡散臭いとかそういうことを思ってるんじゃないかなぁと思ってます。

何故なら宗教のある生活が普段馴染みのないものだからです。あとはオウムの起こした事件などもありますね。

私みたいな2世や国教のある国家では宗教的な生活をするのが当たり前ですが、日本では宗教的な生活をするほうがまれです。
自分の知らない、理解できないものを恐れる習性から胡散臭い、危なそうといった発想になるのかもなと思ってます。

そんな危険視されがちな宗教ですが、外人は割とはフランクに宗教を聞いてきます。入国審査で宗教を聞かれることもあるみたいです。

何故、世界各国で宗教が幅をきかせているのか、それに関して書いていきたいと思います。

宗教の役割って何?

早速だけどタイトルにもある「国が求めてる役割」に関して書いていきます。

ざっくり言って宗教は
「救済」と「居場所」と「軍事力」
この3つの役割を担ってるんじゃないかなって思ってます。あくまでも制度的な役割であり、できているかはわかりませんが、第三者的な目線で書かせていただきます。

救済が必要な理由は?

はい、初っ端から胡散臭い話題になってきました。
まぁ避けては通れない道です。救済と宗教は切り離せない。

さて、現実的に救済が必要な理由ですが、これは国の治安を維持、コントロールするためです。

例を上げてみましょう。

もし、あなたが一週間後に死ぬとなったらどうしますか?

いろんな方がいらっしゃると思います。
そのままの生活をするという方もいれば、ヤケになって暴れまわるという方もいるでしょう、はたまた絶望して即座に死を選ぶ方もいるかもしれません。

ここで問いを変えてみましょう。

あなたは一週間後に死にますが、この一週間の行動によって来世が決まります。どうしますか?

このように言われたらどうでしょうか
もちろん来世なんて不確実なものはいらない!って人もいるでしょうが、多くの方はおとなしく過ごすのではないでしょうか。

国としては労働力や治安の面でおとなしく道徳的に暮らしてほしいのです。だからこそ道徳的な生活の理由として宗教が利用されるのです。

宗教は道徳である

宗教が居場所になるってどういうこと?

現代社会において居場所がないと感じている方は意外と多いのではないでしょうか。
人が生きるに当たって居場所というものは必要です。一部、孤独に暮らせていらっしゃる方もいますが、人の一生というものは孤独な生活で気を狂わせるには十分な時間です。

そんな中で何が重要になっていくかというと、家族です。
自分を無条件で認めてくれる家族が生きる上には欠かせないのです。
ですが、家族に恵まれなかった方、家族に先立たれてしまった方もいらっしゃいます。
そんな方にも寄り添って居場所を提供するのが宗教の役割ではないかなと思っています。

教会ですとか檀家さんの集まりに参加するとわかるのですが、彼ら同士がしていることの大半は世間話です。特に最近は高齢化も相まって終活の話題が多いとか。

宗教の集会というと怪しいイベントのようなイメージが先行しがちですが、実のところそのイベントだけでなく、それに付随して発生する世間話などが、宗教に人を惹きつけているのではないかなと思います。最近話題にあがるナラティブコミュニティってやつですね。あってるかしらんけど。

話を戻しますが、考えてもみてください。
極端な例ですが、やれ育児だ、やれ仕事だと必要とされていた自分が、60を超えたあたりで急に必要とされなくなるのです。

初めはのびのびとしていいものでしょう、しかしそれが20年、30年と続くのです。さらに世間には年金や医療費のことでちくちく文句を言われながら。

必要とされたことがない人にはいまいち実感のない話ですが、必要とされない虚しさ、虚無感というものの破壊力は凄まじいです。簡単に病みます。

そんな中、暖かく迎えてくれるのが宗教です。一種の擬似家族のように暖かく迎えていただけると思うので、孤独感を感じている方は宗教に参加してみてもいいかもしれません。

宗教は家族である

宗教がなぜ軍事力になるの?

いきなり物騒な話題になります。

実のところこの部分が国ごとに宗教がある理由に1番近いのかなと思ってます。

さて、宗教は道徳であり家族であると書きましたが、これがあるから宗教は軍事力として働くと考えています。

もっと細かくいうと、
道徳によって異教徒を殺すことを正とし、殺らなければ家族が危険に晒されるという恐怖心を与えるということです。

宗教があることによって信念を持って敵対者と殺りあえるって話ですね。こわいね!

実際問題、大なり小なり同じ人を殺すってことに関してはリミッターのようなものが働くものと考えています。

そのリミッターを宗教によって外しちゃう。
だから宗教は軍事力になりうるのです。

宗教があるからこそ、国同士の殺し合いで信念を持って戦うことができ、生き残ることができたんじゃないかなと。

言うなれば宗教を持たない国家は心のどこかで殺すことに対してセーフティが働いてしまい、自然淘汰されてしまったのではないかと考えています。

国家に宗教が発生したのではなく、宗教が国家を成り立たせたというものですね。

宗教がなければ淘汰される

最後に

とんでも理論がかけて満足満足

まぁ今は平和ですし、日本は多様な宗教を認めてるのもあって、即なにかあるってことはないと思います。

というわけで皆さん信仰を持ってみませんか?
割とフランクに入信してみましょう!
新興宗教より、昔から続いている宗教のほうがおすすめです。

なんだかんだ長いこと続いている宗教っていうのは、それだけ世間とすりあわせをして、共存できるようになった宗教だと思っています。
言い換えるならば宗教はいろいろ生まれたけれども、その大半は社会と折り合いをつけれずに、消えてしまったとも考えています。

ですので、長いこと続いている方が個人的にはおすすめかなぁと

なかなか宗教の話って普段できないと思うので10/21(月)の「明るく宗教を語るバー」at イベントバーエデン神田にて話してみましょう!



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