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私論小括

 不況の型。リーマン・ショックの時のような金融恐慌ではないし、資本主義の歴史上しばしば見られた過剰生産恐慌でもない。外被層は資本主義経済の保護層であり、その再生の海でもある大領域を襲ったので、社会恐慌と呼ぶべきものである。凍傷は人々の消費という末端から資本主義的生産の中心部に及ぼうとしている。
 範囲。外被層に属する人々・小経営・小組織。営利・非営利を問わず。地方ではこうした組織が主要なものであるため、被害は目立ったものになる。東京には大企業・大組織がある。長期化すれば、そこにも影響は及んでいくが、目下のところ地方の経済的被害が先行している。感染の被害は小さいが、経済的被害は東京よりも大きい。
 不要不急のキャンペーンが資本主義と対立する。高級・高性能な商品生産に向けて進んでいた資本主義が単純・基礎的な商品生産に突然に引き戻される。このことは利潤の減少を意味する。高価・複雑な商品への需要は突然に停められた。
 事態の長期化と環境の変化。人々は過去の消費慣性を捨て、不要不急に象徴される新しい消費パターンを得る。この新しい慣性を破り、再逆転するには大きな力、つまり消費への何らかのショック、しかも持続的なそれが必要となる。
 政策批判。現在、実施されている諸対策は費用対効果で見て非効率なものが多い。さらに、人々の国家依存症を悪化させ、回復の原動力を毀損する可能性がある。依存症が深まればV字回復は到底望めない。
 政策はⅡに対して、つまり人々・小組織に向けて展開しているもの(政策Ⅱ)と、Ⅰに対して、つまり大企業に向けて展開しているもの(政策Ⅰ)に分かれている。政策の数においてはⅡ>Ⅰだが、予算額で言えばⅠ>Ⅱであり、実効性で見れば大企業寄りである。

 第2次補正予算では政策Ⅱが目立った。
◯ 雇用調整助成金、日額の増額。もっともこれは大企業も対象というより、金額的にはほとんど大企業である。
◯休業手当をもらえなかった労働者に直接助成金を支給(5,442億円)
◯ ひとり親の子どもに10万円(1,365億円)
◯児童手当の受給世帯に補助金
◯失業者に無担保・無利子の融資(2,048億円)
◯アルバイトができなくなった学生に20万円を支給(530億円)
◯住民税非課税世帯に20万円
◯授業料免除をした大学等に国公立で全額、私立大学で2/3を補助
◯中小企業の家賃給付金、2兆242億円を用意、一件あたり6,000万円を上限
◯資金繰り困難の中小・個人事業主に200万円(1兆9,400億円)
◯家賃無担保・無利息の融資の上限を1億円から2億円に引き上げ(政府系金融機関経由)
◯中小農林漁業者に経営持続補助金(200億円)
◯肉用子牛の生産者に奨励金(108億円)
◯地方の金融機関に公的資金を注入。期間を4年延長。総額を12兆円から15兆円に引き上げ。

事業総額は117兆円。現在の支出は33兆円(いわゆる真水)、赤字国債は22兆6,000億円発行。

アフターコロナと経営者


 不要不急の対極は重要緊急だが、生命にかかわるモノの典型は食料・農産物だ。しかし、農業が大いに儲かったという話はあまり聞かない。逆に有用性という観点からすると、どうかなと思うモノを作ると利益は多い。
 日本ではクルマは120km以上では走れないが、外車のスピードメーターは300km以上。クルマの持ち主はこの一度も試していない性能を自慢する。フェラーリは数千万円のクルマを作り、世界の自動車メーカーの大幅減益を尻目に好調を維持している(前年比▲0.9%)。
 資本主義は人々の潜在的な欲望を発見、場合によっては掘り起こして、これに応じていく。必需品・基礎的商品→高級・高性能、低価格→高価格、が基本的な方向だ。やや乱暴に言えば、資本主義は不要不急に向かって進んでいる。この過程で、少し前には高嶺の花だったものに手が届くようになり、私たちは豊かになった、便利になったと実感する。スマートフォンの普及がそれだ。
 不要不急というタガがはめられると多くの需要が止まる。命に関わる緊急事態、それは理解している。でも、それがもたらす経済的マイナスを理解しておかないと、アフターコロナの将来構想は描けない。
 不要不急という呪文にとらわれた消費不況。事態が長期化すると、消費しないことに慣れが生じる。一度停止してしまったものを動かすためには大きな力が必要だ。
 どうするか?月並みに聞こえるかもしれないが戦略はふたつしかない。価格戦略と非価格戦略だ。前者が効果があるということは経済学の確認事項だが、これは劇薬でもある。誰も、値下げ・安売り競争の泥沼にはまり込みたくはない。そこで非価格競争だが、これこそ千差万別で、経営者の知恵の働かせどころだ。
 我が家の近くに、テレビでも紹介された「ドライブスルー八百屋」というものがある。段ボール箱に米・卵・野菜を取りそろえて5,000円。代金はクルマの窓から渡す。きりのいい額だからお釣りのやり取りがない。予約制だから接触も少ない。福袋みたいな楽しみもある。なかなかのアイデアだ。
 経営者に考えておいてもらいたいことが他にもある。ひとつは資金。長い間、カネ余りだったから、いつでも借りられると思っている。しかし金融情勢はいつ急変するかわからない。補助金・給付金は、天から降ってくるが、それはいつまでも続かない。
 もうひとつ。それは自立心。国や地方が用意してくれる支援を抜かりなく使う。これも経営者の才能だが、この難局を乗り切るには自力で乗り切る気構えが必要だ。会社を創業した時を思い出せばよい。そえこそ資本主義を生み出した精神なのだから。
 北海道は農業をはじめとする基礎的な生産物を作り長く日本に貢献してきた。しかし、それらは高利潤というわけにはいかず、経済は常に東京に劣後してきた。しかし、これからは状況は一変する。北海道にチャンスは来る。経営者(農業も!)がそれを察知し、十分な対応ができるかどうか。未来は、それにかかっている。

株価はなぜ上がる?

 大不況が来ると言われているのに、株価が上昇するのはなぜ?よくある質問だ。
 まず前提。証券市場、その中核である株式市場は経済学の対象である。なぜ株式制度は誕生したのか。資本主義における株式会社の意義。株式の流通市場としての証券市場と、狭い意味での金融市場の関係。利子率の変動と株式市場。株式市場を維持するために必要な法律、規制、会計制度。プライマリー・マーケット(発行市場)の役割、等。
 これらの諸題はすべて経済学の課題であり、だからこそ大学の経済学部には証券経済論が開設されている。しかし、株価の動向については学問の対象ではない。株価が理論的にどう形成されているかは課題だが、その変動については対象ではない。
 なぜか?ひとことで言えば、その要因が多すぎること。偶然の要素や心理的要素が混入しているためである。現実を観察していても、株価が実物経済の動き、すなわち個別の企業の業績や、マクロ的景気指標とは関係なく変動することが見て取れる。
 最近では、アメリカの高失業率(14.7%)が発表された翌日のニューヨーク市場が平均価格で400ドル以上値上がりしたこと(5月8日。また警察官の非人道的行動に抗議するデモが全米で発生し、一部が暴徒化、5,000人以上が逮捕などのニュースが流れる中、やはり6月上旬には300ドル近い上昇を示した)。6月5日の金曜日に5月の失業率が発表された。13%と高水準だが、4月より少しだけ改善したことで(?)株価は800ドルの暴騰。しかし、次々と発表される実物経済についての数字はことごとく悲観的である。
 人々が失業に苦しみ、権力の暴力に一部の人が被害を受ける、そういう状況下にまるで関係ないかのごとく株価が上昇する。アメリカでも失業率は景況を示す主要な指標だが、これに株価は反応しないどころか、逆の動きを示す。GDP成長率と株価の上昇率を比較してみると表1のようになる。

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期間①と③はどちらもプラスだが、株価は増幅されている。増幅というのは株価の特徴である。期間②はリーマンショックを含んでいたためか、株価はマイナス、しかし期間中のGDPはかなりのプラスだ。このように両者は逆に動くこともある。だから、株価の動きをみて景況を云々してはいけない。ポール・クルーグマン教授が言うように「株価は経済ではない」のだ。
 以上が前置きである。あらためて、大不況が予想されるなかでなぜ株価は上昇したのか。いくつか確認しておこう。
①3月11日のWHOのパンデミック宣言を合図に世界の株価は急落した。ニューヨーク市場では一日で平均株価が1,000ドル以上下げる日があったし、東京でも歴史に残る大幅下落があった。その上で、6月初めまでの上昇は一連の下落の半分強戻しであることだ。元に戻ったのではない。
②ニューヨーク市場で特に顕著だが、戻し相場をリードしているのはGAFAと呼ばれる新興トップ企業、およびその周辺企業である。これらの株価は史上最高値を更新している。ついでに言えば、ニューヨーク市場よりもナスダック市場の方がより上昇している。つまり株価の上昇は全面的ではなく、二極化している。
③個別の株価を見ると業績は株価に反映されている。孫正義さんが1兆4,000億円も投資で損をしたと発表した時、ソフトバンクグループの株価は急落した。郵政3社が減収を、そして2021年度の中間配当がないかもしれない、それをうかがわせる発表をして以来、3社の株価は下げ続け、公開価格の半値に近づいている。他方で、通信系、コンピュータ関連、一部の製薬会社などの株価は順調だ。つまり、コロナ禍で逆に儲かりそうなところに投資家は注目している。『週刊ダイヤモンド』はコロナ禍の中も「上昇期待のある会社」、「あまり下がらないだろう銘柄」のリストを掲げている(2020年6月6日号)。

ああああ

図の出典:みずほ証券「MARKET REVIEW」507号3頁


 さて、なぜ、株は上昇するのか。答えは拍子抜けするほどあっさりしている。上図は日本の証券会社の顧客向け広報誌に掲載されたものだ。アメリカのこの10年を見ると株価と強い相関があるのは中央銀行FRBの資産規模である。図には矢印が示してある。方向はほぼ一致している。ごく最近の動きは逆だが、この図にない2020年4月以降においても、アメリカの巨額の財政支出(日本円で400兆円)とそれに伴うFRBの資産膨張(財務省が発行した国債を購入→資産となる)は大いに一致している。
 世界各国、特に中央銀行が確立している先進国では同様な現象がみられる。日本では、日本銀行が上場投資信託(ETF、Exchange-Traded Fund)を通じて株式を買っている。日本の場合は買い支えるという傾向が強いが、中央銀行が証券市場に介入しているのは他国と変わらない。そうなれば下値を支える安心感が生まれ、投資家も参入しやすくなる。一種の誘導だ。大盤振る舞いの財政支出で放出された資金の大半は、消費に回らず証券市場に向かっているものと思われる。
 トランプ大統領は大手企業に配当の制限を求めている。政府の支援を受けた企業が株主に配当するというのは、いかにも合理性を欠いているから、この要請は当然だろう。
 9月中間期、そして2021年3月期には多くの企業が減益になる。直撃にさらされたエアライン、鉄道、宿泊、観光などだけではなく、鉄鋼、自動車、機械、電機など主要産業も決算予想を見送っている。悪くなるのはわかっているが、どの程度になるのかを見通せない。当然、減配はある。最近の傾向は、投資家(特に個人投資家)がリスク回避に寄り、また超低金利もあって配当への注目が高まっている。その昔は株を買う際の注目点は企業の成長性だったが、現在では近未来に視点が移っている。減配が現実のものとなれば株価の調整は避けられない。もっとも、海外投資家の動向、国内の機関投資家、年金などの動向も大きな要因だが、それはわからない。途上国にある資金が、近い将来の通貨の下落におびえていることは、すでに為替相場に現れている。ブラジル、トルコ、中南米諸国の通貨は史上最低の水準にある。とりあえずUSドルへの逃避だが、その先には日本円という一時避難場所もある。中国に集まった資金についても、ある程度同じことがいえる。このように、国際的な短期マネーの動きが、各国ごとの思わぬ株価変動をもたらすこともあるかもしれない。しかし、予想は学問にあらず、だからこれ以上は謹みたいと思う。

図3 FRBの資産規模とS&P500指数
(月次:2001年1月~2020年12月)

展望

 株高はマネーの過剰の上に展開しているが、この構造は危うい。マネーの状況が変化するかrだ。今現在(2020年6月)は金余りのゼロ金利だが、金融情勢は一夜にして変わることがある。大手の航空会社は1兆円近い資金調達を予定している。また、当面の資金繰りを考えて、活発な調達が、中小企業に至るまで行われている。お金を、とにかく手元に、つまり、日本中がマネーポジションなのだ。それは消費されるのでもなく、設備投資でもなく、
株式への投資でもない。まさに、保蔵であり死蔵である。逆に換金目的で株式を売ることもある。日経平均が、3月に一時16,000円になった際には、その可能性がある。
 ピケティ氏のいうr>gを、やや俗に表現しなおせば、真面目に働くより投資のほうが儲かるのだから、株式市場から離れてしまうのではなく、マネーを持って待機しているのだ。だから、それは相場の下支えになる。押し目待ちに押し目なし、これは市場の格言だ。
 株価が危ういものでもそこからはなれられない。この一つの背景は、実物世界の利潤の低さであり、資本の過剰である。そして、この現象は、寄生性の現代的な表現なのだ。なので模様から、資本主義的な健全性の残るものによりすがろうとする。
 株価の上昇は、資本主義の成功を示す花火である。しかしそれは短く一瞬なのだ。その後に長い、深い闇があるかもしれない。株高と、停留にある過剰生産はまさに弁証法的矛盾であろう。

お読みいただき誠にありがとうございます。