私論⑤~V字回復はない~
まだ将来を議論するのは早いようですが、見通せることだけ記述しておきます。V字回復を期待する声は多い。コロナ禍は経済から内生したものではなく外生です。それなら、それがおさまれば、経済は再点火して再生する。果たして、消したストーブを再点火するように元の通りに燃えるでしょうか。長い間の休みが、人々に休養効果をもたらし、“さぁ、やるぞ!”となるでしょうか。
回復の条件がいくつかは揃っているのはホントです。まず資金。低金利は続く。といいうより、金利は上げられないのです。もし、そんなことになったら既発の国債価格は暴落し、その持ち手は危機に。そう、最大の持ち手は日本銀行でした。ここは、無尽蔵に債務を増加させています。“大丈夫!”お金は印刷すればいいのだ。本当でしょうか?
資金の次は技術ですが、こちらは大丈夫でしょう。もっとも、現在の初等教育の様子、大量の学級崩壊、子供達のゲーム依存の惨状、等々をみると、少し先の未来への確信は揺らぎますが。
V字回復が期待できない、とする根拠を挙げます。ひとつは、一連のコロナ対策で人々の依存心が培養され大きくなった。それがコロナ後に負の遺産として残り、そこに例の慣性が働いて、長期化する。つまり国家依存症です。
その原因を作った、作りつつあるのが数々のバラ撒き政策です。政権がやると言った。普段なら反対する野党は、“足りない”“もっとやれ”と言う。誰も、財政危機のことは言わない。つまり歯止めはかからないので、事態はどんどん進む。
一例として、コロナ対策のひとつの目玉とされる「持続化給付金」を取り上げます。これは経済産業省が管掌する補助金で、ほとんどあらゆる業種(会社だけでなく、協同組合、財団、社団まで)で、売り上げが前年同月比ある程度(現在は50%以上)減ったら申請できる。金額は中小企業で200万円、個人事業者・フリーランスで100万円です。申請は殺到している。たった2日間で、全国で30万件を超えた。そんなに受付処理できないだろうと思いきや、手続きは極めて簡単。前年の売上を示す書類、例えば税務申告書、そして今年の該当月の売り上げを示す書類(これは帳簿類でよい)を持参し、50%減を証明すればよい。2020年の4月は、一時休業したところが多いし、営業していても50%減はザラですから、潜在的申請件数は300万件を超えるでしょう。このバラ撒き政策のために経済産業省が用意したのは2兆3000億円。何かすごい額ですが、10万円給付の13兆円に比べれば、まだ少ない。ともかく、予算はじきに使い果たされ、追加コールが起こるでしょう。お小遣いを子供にやりすぎると子供は概してダメになる。補助金は麻薬ですね。
イソップ物語のアリとキリギリスの話を思い出します。資本主義はもともと働き者のアリさんが主体となって構築した世界です。勤勉で節約というのはM.ウェバーが発見した資本主義の精神で、イメージはアリさんの世界です。
補助金や給付金が横行すると、アリさんでいることがバカバカしくなり、果ては全員キリギリスになる。それだと未来社会も何もない。過去の人々の財産を食いつぶす享楽人(ウェーバー)の世界です。
復興・回復にはアリさんの力が必要です。依存症の人は回復を待つ人であっても、回復、ましてV字回復は担えません。要は、これからの経過でキリギリスをこれ以上増やさないことです。よく、アントレプルヌール(起業家精神)と言いますが、これはアリさんの精神から発生します。そして、その場所はといえば、外被層なのです。ですから外被層全体が壊れてしまうことは防がねばなりません。緊急性のあることはやって、多くの力(財政力)は温存し、しっかり構造を見極めてじっくりやったほうが大きな効果を期待できます。マスク2枚も、10万円も、持続化給付金も、休業補償金も、“貰って得したキリギリス”で終わってしまいます。
補論:〈リーマンショック後の教訓〉
戦後最大の危機と言われたリーマンショックがあったが、世界経済の立ち直りは早かった。株価をみれば、まさにV字回復であった。今回も、株価にはV字回復がありそうだが、経済には無い。なぜか。リーマンショックは中心部から生じた。大手金融機関に構造上の問題があり、それが製造した金融商品もそうであったにもかかわらず、世界中に販売されていた。
今回は外被層からである。被害の総額はわからない(まだ計算できない)。しかし、件数(倒産件数、失業者数)、GDPのマイナス率は今回のほうが大きくなる。復元のプロセスも、リーマンショックでは大手金融機関がいくつか消え去った。それは、言わば業界の整理を進め、生き残った金融機関に生き残りの利益を与えた。
株価について。世界で長期かつ大幅な金融緩和が実施され、超低金利政策が定着したため、実体経済の不調を反映しない金融相場が出現し、その後、ゆっくりした実物経済の回復が後を追いかけた。だから、株価だけを見てみるとV字回復に見える。
もっとも、今回も、大不況を尻目に株価の先行回復はあり得る。それを可能にするだけの豊富すぎる資金がある。また、懸念されていた過剰生産は需要の急速な冷え込みで、むしろ均衡状態に向かうかもしれない。この方向は、行き過ぎればインフレーションだが、そこに行き着くまでにはいくつかの過程(スタグフレーション)を経る。2013年頃から世界経済の景気が上向いたという幸福もある。
問題にすべきことはこの先。リーマンショックでは、すぐ後にV字回復があったために、その原因とか構造問題への反省がほとんどなされなかった。むしろ株価が上昇したので、それこそ“ええじゃないか”になった。この経済界の風潮は、ポピュリズムや社会の依存症とも混合し、全体として無責任ムードをかもし出した。国有財産の不正売却から始まり、役人の文書の改ざん、黒塗り文書、政界要人の虚偽発言、桜を見る会の参加者名簿の廃棄、公務員の自殺等々、あらゆるスキャンダルを生んだが、国民は“ええじゃないか”を踊り続けた。
今回は、消費というGDPの最大需要項目が直撃され、その復元への道は遠い。そして外被層が大きな凍傷被害。ここには、それこそ無数の、数百万の事業体がある。リーマンショックでもそうだから、今回もV字回復、という期待は甘すぎる。あまり目立たないものの、リーマンショックのときと同じことがある。それは大企業保護。既に述べた持続化給付金は中小企業専用だが、注意深くみると大企業も対象の政策・対策が多い。例えば雇用調整助成金だ。これは手続きが面倒、一定の計算の必要があるため、社長が経理もやっているような小企業にはなかなか申請できない。この制度をもっとも量的に活用するのは航空会社、レストランチェーンなどで、月に数百億円になりそうだ。世界の航空会社について言えば、その社債を国家保証にする話さえ検討されている。日本でも同様。航空会社に融資枠を1兆円以上も設定する。大企業については政策投資銀行が1,000億円の出資枠を用意している。融資については、大手航空会社が既に兆円単位の融資枠を、やはり政策投資銀行、大手金融機関に要請をしている。しかも、この融資には政府保証を付けるようだ。雇用調整補助金についても、件数では中小企業ですが、総額でみれば最大の恩恵は大企業にある。日額8,330円から15,000円への引き上げも大企業を念頭においている。中小企業への出資についても、地域経済活性化支援機構という立派な名称の官民ファンドが1兆円を用意している。しかし、これは、取引銀行(つまり地方銀行)が仲介・要請することが条件です。彼らが、不良債権化したときの連帯責任を恐れて腰を上げない可能性を危惧している。
航空会社はナショナルフラッグといって一種の公共事業、いわば国の財産でもあるので、倒産されてしまっては困る。タイ国際航空のようにあっさり見捨てられるケースもあるが、威信を気にする国家はこれを避けたい。
大企業救済はリーマンショックの時も、GM、トヨタなどが対象となった。今回も、終わってみたらやっぱりということはあるかもしれない。
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