22/12/24 個人的ブックオブイヤー2022

説明しよう!個人的ブックオブイヤーとは僕が今年読んだ本の中でお気に入りを選ぶものである!
…という記事を書くのもこれで三度目になりました。

例によってその本がいつ出たかは一切関係なく、「僕が2022年に読んだ本」が対象です。初読/再読は問いません。今年もどうぞお付きあいくださいませ。

『ビロードの悪魔』ジョン・ディクスン・カー

新年一発目から大満足の読書ができました。この小説は「面白い」。カーはストーリーテリングの巧みさをよく評価されるんですが、今まで読んだカー作品だといまひとつそれがピンときてなかったんですよ。確かに『ユダの窓』とかは書き方が超天才的だけどストーリーテリングとはまた違う「ミステリの見せ方」の部分だしなあ…とか考えていたのですが、本作を読んでやっとこの評価が腹落ちした気がします。

歴史学教授が300年前の貴族に転生しちゃって、歴史を知ってるのでそれから起きることを知っていたり未来の剣術で無双したり未来の人権意識で使用人から感謝されたりというコッテコテの転生モノなのですが、1951年の作品です。
カーはサービス精神が旺盛で、それがミステリを書くときには功罪あるところなのですが、本作に関してはこのサービス精神が全て良い方に出てエンタメとしての水準を押し上げています。

ジャンルとしては歴史ミステリではある…というかこのジャンルがまだ成立するかしないかという頃の作品なのですが、剣戟小説やロマンスとしても読ませるものになっています。
そしてここからがカーのすごいところなのですが、この別の柱も持っていることが全てミステリのための仕掛けとして機能しているのですよ!!
傑作です。もっと評価されていいと思います。

『カササギ殺人事件』アンソニー・ホロヴィッツ

『カササギ殺人事件』はホロヴィッツの技術の高さを思い知った作品でした。アガサ・クリスティへのオマージュとして捧げられている本作なのですが、このオマージュが並大抵のものではない。
大抵オマージュというとオマージュ元の要素を使う、いわば具の部分を借りてくるものが多いのですが、本作はクリスティの味を生地の部分で再現しているのです。ここでいう生地とは「ミステリの文章」そのものや読み心地、語り口などの部分。なので本当にクリスティがこの21世紀に新作を書いてそれを読んでいるかのように錯覚しそうになります。

かように黄金時代ミステリへの憧憬やリスペクトにあふれた今作ですが、それにとどまらないのもまたすごいところ。中盤のどんでん返しを経て始まる後半のストーリーでは、イギリス作家、そして現代作家らしい皮肉な展開、そして真相を用意しています。

黄金時代の海外ミステリが好きで現代のミステリまで読み進めてきたようなミステリ好きの方に、特におすすめしたい秀作です。

『早朝始発の殺風景』青崎有吾

いわゆる「日常の謎」モノなのですが、ミステリ部分よりもまずデザインの良さを評価したい作品です。
本書の紹介には「ワンシチュエーション(場面転換なし)&リアルタイム進行でまっすぐあなたにお届けする、五つの“青春密室劇”」とあるのですがまさにその通りで、ある空間で謎が提示/提起され、推理から解決までがその場で行われるんですね。実質「会話劇」、ミステリとして非常にミニマルな構成になっています。
これがとってもデザインとして美しいんですよね!ナノブロックの造形作品を見るような、これだけのピースでミステリを成立させてしまうんだという感動があります。

そしてそれだけでなく、謎の提示/提起が密室で行われるということは、謎の前には密室に入り、解決の後には密室を出るわけです。
謎と解決を経ることで外の景色が少し変わって見えている、人間関係にちょっとした変化がある。この機微こそ本書のもっとも美しい部分であると考えています。
研ぎ澄まされた「日常の謎」の良作です。

『透明人間は密室に潜む』阿津川辰海

今年読んだ短編ミステリでベストワンを選べと言われたら本書に収録の「六人の熱狂する日本人」を推すと思います。
ダイイングメッセージという、ミステリの発展の中である種ついていけなくなって取り残されてしまったようなものを拾い上げて、現代でも通用するものに仕上げています。この点において本作はもっともっと評価されるべきだと思います。

同様に本書収録の「盗聴された殺人」も手がかりの使い方が実に巧みで、また表題作も透明人間という特殊ルールを使い倒しためちゃくちゃ豪華な特殊ルール本格短編。総じて手がかりロジックものの教科書ともいうべき作品集に仕上がっています。作者の並々ならぬミステリ偏差値の高さが伺える、非常にハイレベルな短編集です。

同じ光文社から今年また新しい短編集が出ているようなので読まなきゃな。

『コンスタンティノープルの陥落』塩野七生

これ、めちゃくちゃ面白かったですねえ。おかげで東ローマ帝国やコンスタンティノープルおよびイスタンブールは今年の僕のプチブームになりました。
感想記事でも書いたことですが、本作の最大の魅力は題材が「コンスタンティノープルの陥落」であることです。栄華を誇った帝都が終焉へ向かう最後の数日間を防戦側/侵略側の双方の視点から描いた本作は、その滅びの美しさを最大限に描き出す作品になっています。

ちなみに今年はオスマン帝国の崩壊100周年で、この本を読んで感想を書いた7月時点ではまだ100年経ってなかったのですが、数ヶ月の差で今はもう1世紀以上前の出来事になっています。

『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』村瀬信也

藤井聡太しか勝たん。(藤井聡太しか勝たない、という意味)

今年のプロ将棋界を一言で表すならこれしかないでしょう。出場するタイトル戦全てで圧勝し五冠を堅持、A級順位戦でも現在単独首位。

まさに藤井時代である今のプロ将棋シーンを切り取ったスナップショットとして、本書は非常に価値あるものになっています。
多くの棋士を掘り下げ、勝負師の心情を切り出した村瀬記者の力作なのですが、今プロが勝負師としての言葉を語るとき、必ずその視野には藤井聡太があり、現在地を語ろうとすると必ず藤井聡太との距離感で語られる。
この語り口そのものによって今藤井聡太が将棋界の「公器」になっているという印象を強く与え、直接語らずしてスナップショットになっているのです。このリアリティこそ本書の最大の魅力と言えます。

また藤井時代であると同時に「AI時代」でもあるという将棋界の側面についても、本書では重ね写しになっています。
多くの面で後世に残すべき、歴史書となるべき一冊です。

『Kafka』Neha Narkhede、Gwen Shapira、Todd Palino

仕事関係で読んだ本は普段ほとんどnoteには書かないのですが、この本はとても良かったので書き残しておきます。
自分の専門分野とは別につまみ食いをするのが好きなのですが、Kafkaはこのつまみ食いの中でもマイブームで色々と本を読んでました。中でもこれが特に良かったですね。

Apache Kafkaに携わる主要なメンバーたちが書いているだけあって、思想の部分がはっきり表れているのがとても読んでいて楽しいです。「こういう思想で作っている」から「こう使ってほしい」というデザインやチューニングの話って、引き込まれるんですよね。
Kafka V1.1がベースになっているので今では古くなっている箇所もあるのですが、思想の部分については今でも…もしかしたらフォロワーが多数登場した今だからこそ一層価値あるものだと思います。

『ダブル・ダブル〔新訳版〕』エラリイ・クイーン

今年めちゃくちゃ楽しみにしていた作品です。たびたびこのnoteでも騒いできた、『ダブル・ダブル』の新訳版!

言いたいことはほとんど感想記事の方に書いてしまったのですが、今あらためて振り返ってみるとやっぱりこの新訳版について一番強く抱いた感想はリーマの印象の違いについてかもしれません。

旧訳版では古い翻訳の文語調だからこそ生まれていたリーマの神秘性みたいなものが、読みやすく現代的な新訳では少し薄れ、それが作品全体の読み口に変化を与えています。
なので初読時とは結構印象の変わる、一粒を二度楽しんだような読書体験になりました。

『世界のスープ図鑑:独自の組み合わせが楽しいご当地レシピ317』佐藤政人

これもすっごい楽しかったですねー。1ページ1レシピとかなので、ちょっとしたスキマ時間にちょっと開いて読むのにちょうどいいんですよね。
これを読んでからしばらく、余った食材をどう使いきるかと考えたときにスープが選択肢のトップに来るようになりました。レシピを読むということは発想の引き出しを増やすということなんだなあ。

このあと世界のサンドイッチ図鑑も読んだのですが、スープの方がより好きかな。「水分で煮る」という最もプリミティブな調理法を扱っているだけに、各地の食文化の根源のような部分が見えてくるのが興味深かったです。

『言語学バーリ・トゥード: Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』川添愛

これは今年の大ヒットでしたね!言語学、面白!
多分いま知人に「なんか最近面白かった本教えて」と言われたらとりあえずこの本を勧めると思います。

今日まさにクリスマスイブなわけですが、本書で読んだ「なぜ『恋人はサンタクロース』ではなく『恋人がサンタクロース』なのか」の話は街でこの曲を聞くたびに思い出します。
こういう使い分けによるニュアンスの違いって、自分では無意識にやっていても言語化しようとすると難しいですよねえ。日本語を勉強している人に聞かれて困った経験が何度かあります。そしてその経験を具体的に覚えていないというのが、いかに自分の中でこの分野が整頓されていないかということでもあり…。
せっかく毎日文章を書いてるんだし、来年はもっと言葉を丁寧に意識して暮らしたいな。

『蒼海館の殺人』阿津川辰海

上で今年のベスト短編ミステリを選ぶなら「六人の熱狂する日本人」を推すという話を書きましたが、今年読んだ中で長編ミステリを選ぶならこれになるかも。どうやら僕にとって今年は阿津川辰海の年だったようです。

阿津川辰海はまだ28歳の若い作家なのですが、本書にはその若いエネルギーが溢れています。令和に「本格ミステリ」の大作を書く、という情熱が結実し、大楼としてそびえ立った作品です。きっと24歳で『匣の中の失楽』を書いたときの竹本健治にもこのような情熱があったのでしょう。

しかしそれでいて情熱ばかり先走った荒削りな作品になるのでなく、無駄が少なく読みやすい、整ったミステリになっているのがすごいところ。上でも書きましたが阿津川辰海はミステリ偏差値、特に手がかりモノのセンスが非常に高いです。

実は今、阿津川辰海の『星詠師の記憶』を読んでいます。へっへっへ、またオキニのミステリ作家ができちまったぜ…。来年もミステリ充できそうです。