23/12/24 個人的ブックオブイヤー2023

説明しよう!個人的ブックオブイヤーとは僕が今年読んだ本の中でお気に入りを選ぶものである!
…という記事を書く時期が今年もやってきました!

今年、僕の読書環境には大きな変化が訪れました。それは台湾への長期渡航。これにより本屋・Amazon・図書館・会社の先輩という主要な本の供給元が途絶えてしまったのです(その後、本屋は台北市内で確保)。

それで何が起きたかというと…電子書籍を読めるようになりました!
僕は今まで字の本はもっぱら紙派で、電子書籍で買うのはマンガが主だったんです。しかし人は適応するもの。iPadで本を読むことは僕の中でメジャーな読書スタイルになりました。風呂でも意外とiPadで読めるということもわかりました。

さて、前置きはこれくらいにして。
例によってその本がいつ出たかは一切関係なく、「僕が2023年に読んだ本」が対象です。初読/再読は問いません。今年もどうぞお付きあいくださいませ。


『夢野久作全集』夢野久作

今年一番読んだ本。「夢野久作全集を全部読む」というマラソンは走ったり歩いたり止まったりしながら年単位でやっていたのですが、台湾行きが決まったことで「台湾に行ったら日記をとにかく優先したいから2週間にわたって連続投稿することになる夢野久作完全攻略はさっさとやってしまわなければ」という締めきりが突如降って湧いたのです。

かくして、どこへ行くにも夢野久作全集を持ち歩き、家にいるときも外にいるときも暇さえあれば読むという生活になりました。これがですね…楽しかった!!
短期間に集中して特定の作家を読み漁ると、生活がその作家の作品と共に在る、精神的な同棲のような状態になることがあります。1月上旬、僕の生活には夢野久作が棲んでいました。

そして「完全攻略」でも散々書きましたが、夢野久作の小説はとにかく「面白い」。ドグラ・マグラに代表される「変格」にばかり目が行きがちですが、時代を先取りした高度なミステリの技術を備えています。「全集」の最終巻がエッセイ集になっていて、マラソンの最後に夢野久作の創作論が読めたのも嬉しかったですねえ。


『キリンに雷が落ちてどうする 少し考える日々』品田遊

ダ・ヴィンチ・恐山のハンドルネームでも知られる筆者のエッセイ集。元は氏がnoteに書いていた日記をまとめたものだそうで、ほどよいライブ感があります。読んでると「確かにこんなことがTwitterで話題になってたことがあったな」と思うこともしばしば。

本書はメントスコーラにおけるメントスのように、頭に入れると自分の思考の中で泡が噴出してきて、それで頭の中をいっぱいにできるという性質があります。思考に余白があると色々考えちゃって不安になるようなとき、とにかく空きを埋めて余計なことを考えちゃわないようにしたいときにとても良い一冊です。
実際、台湾に来てすぐの頃の僕はナーバスになっていたので、軽い読み物でありながら頭の中で膨らんでくれるこの本のエッセイには助けられました。

実名を秘匿できる、実人格と疎結合なSNSって埴谷雄高の言うところの「自同律の不快」に対するガス抜きに使えそうだったのが、Twitterは大きくなりすぎ、長く続きすぎた結果、新たな自同律の不快の発生源になっている気がします。


『自由研究には向かない殺人』ホリー・ジャクソン

2023個人的ベストブック候補のひとつ。例によって刊行は今年ではないのですが。

この小説、とにかく面白い。本当にずっと面白いんですよ。最初から最後まで一度も退屈しない。
ミステリを読んでるときに感じる面白さって「その先に待っている結末に対する期待」に頼っていることも結構あります。でもそれって言ってしまえば「この先にある面白さ」であって「今読んでるこのページの面白さ」ではないわけじゃないですか。でもこの本は「今読んでるこのページがずっと面白い」。

ミステリを売る宣伝文句って未だに結末や真相にめちゃくちゃ比重があって、衝撃の結末とかどんでん返しとかを言われることが多いのですが、こういう全体的な面白さがもっと触れられるようになってほしいなあ。

本作は過去の事件を再捜査する「回想の殺人」モノなのですが、このタイプのミステリは「ずっと面白い」タイプが生まれやすい気がします。ゴールが明確に決まっていて、そこに至るまでの道のりをちょっとずつ埋めていくというコツコツした面白さになりやすいのでしょうか。また現在進行形の話ではないので静謐なミステリの文章になりやすいというのも強み。
『五匹の子豚』『フォックス家の殺人』なんかの素晴らしさはまさにそのヒロイックな出だしからの結末の清冽な静けさにありますし、ミステリ好きが飲む透き通ったコンソメスープのような作品が生まれるジャンルです。


『ハサミ男』殊能将之

以前からタイトルも評判も知っていた作品で心の中の「いつか読むリスト」に入ってはいたのですが、Youtubeで激推しされているのを聞いた直後に台中の紀伊國屋書店で見つけて帰りの新幹線のお供に購入。結局1日で一気読みしちゃいました。

それくらいにこの本の「読ませる力」はすごい。ミステリとして魅力的な騙し、企み、仕掛けに溢れた本作なのですが、それらすべてが読者を引きつけ楽しませることに向けられている。

主人公がある種「犯人兼探偵」であることで、真犯人は誰かという謎解きの楽しみ以外にも主人公に捜査の手が届くのかという楽しみが同時に進行しており、四輪駆動のエンタメでどんどん読ませてくれます。それでいながらこのプロペラシャフトが更に大掛かりな装置の一部になっていたとは!

近現代における「ミステリというエンタメ」の一大傑作をたっぷり堪能しました。


『堕天使拷問刑』飛鳥部勝則

長く絶版だった「幻の傑作」だったのですが、今年突然再刊されて話題になった本です。Youtubeでこの本への偏愛が語られているのを見かけて夏休みに一気読みしたら1ヶ月後くらいに復刊のニュースが飛んできてびっくりしました。界隈でも相当センセーショナルな出来事だったようで、僕のTwitterのトレンドには相当長い間「堕天使拷問刑」がいました。

結果論になりますが、この本は1週間の夏季休暇に一気読みして正解でしたね! 感覚的な話になるのですが、この本は「夏休みに一気読みする小説」としてちょうどいい気がします。毎日通勤電車でちょっとずつ読み進めるタイプとはちょっと違う。

そういえば、なんか今年のTwitterってみんなずっと因習村って言ってて一個のバズワードみたいになっていた(そしてそのような場合の常で濫用されるうちに単語の境界がダルンダルンになっていた)気がします。
この本はゴリゴリに因習村なので、すごく「今年」な本という意味でもブック・オブ・イヤー的かもしれません。


『優等生は探偵に向かない』ホリー・ジャクソン

上記の『自由研究には向かない殺人』の続編です。
約600ページのあいだ一度も退屈しなかった」前作と比べて「最後の締めで一気に巻き返す」今作、というのが個人的な評価。

なんというか、前作は10割が光のイギリスミステリだったのに対して今作は闇のイギリスミステリの成分が結構入ってましたね。
同時に、リアルな現代社会の高校生を等身大で描いてきた本作が探偵という正義の行いが生む摩擦に向き合ったことで、「現代社会における"正義"の居場所の難しさ」みたいなものが浮き彫りになりました。
リアルな現代社会を描き、等身大の高校生・ピップを探偵として描きあげていく上で、この難しさもちゃんと背負わせたことには並々ならぬ真摯さを感じます。

ちなみにこれの続編となる三部作の最終巻『卒業生には向かない真実』も手元にあるのですが、冒頭読んであんまりノれなくて積んじゃってます…信頼できる諸方面から絶賛の声が聞こえてきているので、来年には読もうと思ってます…。


『0メートルの旅―日常を引き剥がす16の物語』岡田悠

今年は社会人になってから最も旅行を多くした年でした。
台湾に駐在することになったため、せっかく1年間こっちにいるのだからとまとまった休暇のたびに台湾で国内旅行をしていたのです。久しぶりに旅という感覚を思い出せた気がしました。

そんなタイミングで読んだこの本は、旅というものを自分の中にどう置くかということを改めて考えさせてくれるものでした。
特にタイトルにもなっている「日常を引き剥がす」というのは非常に気持ちよく腹落ちするもので、感想記事でも語ったところです。

この本にはイスラエルとパレスチナへの渡航も語られているのですが、ちょうどこの本を読んだすぐ後にパレスチナ・イスラエル間の武力紛争が発生しました。


『モサド──暗躍と抗争の70年史』小谷賢

こちらも心の積読リストには積んであった本なのですが、上述のきっかけで手に取ることになりました。

このような情勢だと不謹慎になりそうでなかなか言葉選びが難しいところなのですが、もちろん純粋なこの本の感想として…面白かったです。僕はこの手の本は純粋に読み物として読むタチで、以下の感想も純粋に読み物として見たときのものです。

イスラエルでは長官の名前を報道することも禁止されている秘密諜報組織、モサド。当然作戦に関して公になっている情報は極めて少ないのですが、筆者はインテリジェンス(諜報)を専門とする研究者で、その研究や筆者個人の交友関係から得られた情報も交えて本書は書かれています。人事などにも踏み込んだ情報量には驚くばかりです。

イスラエル建国以来の表の歴史と諜報機関の裏の歴史が合わせて語られ、引き締まった叙事的な筆致ながらも読み応えは抜群。
特に抒情を極力排し、情報の確度を適切に表したソリッドな文体がとても好いたらしいものでした。