23/08/06 【感想】堕天使拷問刑

飛鳥部勝則の長編ミステリ『堕天使拷問刑』を読みました。
スッゲエ面白い小説です。

両親を事故で亡くした中学1年生の如月タクマは、母方の実家に引き取られるが、そこでは魔術崇拝者の祖父が密室の蔵で怪死していた。さらに数年前、祖父と町長の座をめぐり争っていた一族の女三人を襲った斬首事件。二つの異常な死は、祖父が召喚した悪魔の仕業だと囁かれていた。そんな呪われた町で、タクマは「月へ行きたい」と呟く少女、江留美麗に惹かれた。残虐な斬首事件が再び起こるとも知らず…。

堕天使拷問刑 / 飛鳥部 勝則【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア

私が手に入れたものにはついていなかったのですが、帯には「ジョン・ディクスン・カー+ボーイ・ミーツ・ガール」という最高の惹句がついている作品だそうで。読んでみると実際この看板に全くの偽りなしでしたね!

そもそも足し算の前半部分である「ジョン・ディクスン・カー」の意味するところが「不可能犯罪+オカルトホラー」の足し算なのですが、本作ではこれらの要素がギュウギュウに詰め込まれています。

巫女だの憑き物剥がしだのの風習が残る「因習村」っぷりなのですが、読み進めるとそれどころじゃないことがわかってきます。
主人公の祖父が行っていた悪魔崇拝に端を発する発想が村内には根付き、奇怪な事件が悪魔の仕業として解釈されていたりなど"洋モノ"のオカルトまで混ざり、更に主人公が悪魔憑きと噂されて受ける迫害など「『ひぐらしのなく頃に』を読んでるのか?」と思ってしまうほど。ご安心ください、村を挙げての私刑制度も、もちろんあります!

しかもこの村、法の支配の外側にある! 殺人事件が起きても警察を呼ばずに村内の自称警察に委ねられて「処理」されてしまう。もう因習村と呼んではちゃんとした因習村(?)に失礼なのではないかと思うくらい超濃厚なトンデモ空間になっています。こんなところでミステリできるのか?!

悪魔の噂のある田舎町に引っ越してきた主人公が奇妙な事件に遭遇する…というと「メガテン」とか「ペルソナ」みたいなんですが、主人公は悪魔召喚もペルソナ召喚もできないまま、現実に事件は起こり、主人公の周りは奇妙な出来事が続き、知れば知るほど町内には奇天烈な因習があふれかえり、主人公は迫害ともいうべき攻撃に晒されます。

そこに現れるのが、天使なのです。

主人公の前に現れて危機から救うのは江留美麗という謎の美少女。「月へ行きたい」と呟く彼女との幻想的な会話は現実と非現実がもつれあったようなトンデモ世界に希望をもたらしてくれます。この悪魔的な村から2人で逃げ出してほしい、と思ってしまうんですね。これがまたページを繰る手を止まらなくさせる、先が気になる!

この作品、かなり早い段階で殺人事件がいくつも提示され、他にも様々な(ミステリ的な意味での)解決すべき謎が出てくるんですけど、「それどころじゃない」んですよ。
オカルトホラー因習村の調査とボーイミーツガール部分が面白すぎて、それでどんどん読まされちゃう。

こうして何が何やらわからないまま詰め込みに詰め込まれた様々な要素が一気に爆発し、怒涛の決着、怒涛の解決へとなだれこんでいく終盤はまさに圧巻。
そしてこれだけ好き勝手やっておきながら…着地がいいんですよねえ!

全力でオカルトやって! 全力で不可能犯罪やって! 全力でボーイミーツガールやる!! これらすべてがお行儀なんて無視した「やりすぎ」っぷりなんですが、なんか全部奇跡的に収まってしまっている!! あとなんか途中に突然21ページにわたってひたすらオススメのモダンホラーが紹介されるだけの章まである!!
「やりたいこと全部やりました」と言わんばかりの得体のしれないパワーを持った、異国の違法建築のようなロマンあふれる一冊でした。スッゲエ面白い小説です。

以降はネタバレ感想。


ここからネタバレ


手足の欠損した人たちが集まってた集落は結局なんだったの!?
大蛇のお世話係で時々食べられちゃうとか…? それともヒトマアマの被害者たち…?
というか不二男の推理にも最後の推理にも結局関係しないヒトマアマってホントにただの雰囲気要員でしたね!? 最高。

突然10メートル級の蛇が出てくるというバキの最大トーナメント編みたいな展開がクライマックスに待ち受けているのですが、その直前に不二男による「堕天使拷問刑」説…今まさに悪魔と天使の第二次創世記戦争が起きているという仮説が提唱されてテンションが現実離れしているために巨大スネーク出現という本作の一番のバカミスポイントをなんとなく受け入れてしまうんですよね。
バカミスまっしぐらなことをやっていながら「バカとミステリが鉢合わせないようになっている」のが妙技です。

そしてその後の解決編が「それまでに描かれた悪魔と天使の戦争をミステリとして再解釈するという手続き」という顔をしているのもニクいところで、「トンデモオカルト因習村ホラー」と「不可能犯罪ハウダニットとフーダニット」の交通整理がやけにうまい。一番のバカミスポイントを異常なテンションのドサクサで出してしまっているので謎解きの場では既に場に出ているカードとして扱えるのがズルいよ。
これだけ好き放題に様々な要素を詰め込みながらもなんだかんだ成立しているのは、この交通整理のテクニックあってこそだと思います。

陰鬱な展開が続くのですが主人公タクマが(後から回想して書いていることもあって)サバサバしているため雰囲気があまり暗くならずストレスがないんですよねえ。あとクライマックスでタクマに敵対していた連中だけが都合よく全員お陀仏になって仲間サイドは都合よく生き残っているのも割り切った爽やかさがあって気持ちがいい。この小説はこれくらい好きなことが起きていいと思います。スッキリ!

さて、不二男による「堕天使拷問刑」説は(当然ながら)真相ではなかったのですが、タクマが手記を書きA先生こと江留美麗が出版する際にはタイトルを飾っています。
もちろんタイトルとしてのキャッチーさもあるのでしょうが、それ以上にタクマも江留美麗も、この不二男による解釈の美しさを気に入っているのではないか…真相を説明する段においては遅れを取ったオカルト解釈が最後に逆転勝利をおさめたのではないか。そんなロマンの大逆転勝利のようなものを感じて嬉しくなってしまいます。