【小説】立ち食いそば

 某所でお題をいただいて書いたものです。短いよ!


「ねえ、じいさん」
「なんだよ」
 そばを啜りながら男は店主に話しかける。
「ここさ、なんでこんなに客いないのよ」
「あぁん?」
 店主が凄むので、男は少し肩をすくめて続ける。
「だってよ、ここ一応立ち食いそば屋だろ? 立ち食いの店って、忙しいサラリーマンにささっと食ってもらって儲けるって聞いたぜ。それなのにこの店、全然客いねえじゃん」
 話しながら男が見回す店内は閑散としていて、とても昼時の飲食店とは思えない。壁に備え付けられたテレビから、ワイドショーの話し声が響くのみである。
「うるせえなあ、別にこっちは儲けたくて店やってんじゃねえんだよ」
 そう言いながら腕組む店主は、先ほどから座りっぱなしである。新しく注文が飛んでくる様子はない。食券機が悲しく佇んでいる。
「じゃあ何のために店やってんのさ。じいさんだって稼がなきゃ生きてけないだろ」
 そばを啜り終えた男が言う。口調には些かの真剣味が籠っていた。それを感じ取ったか、店主は下唇を噛みながら、目を泳がせる。
 会話が途切れた。コメンテーターが持論を述べている。店の前を通る車の音がよく聞こえる。時計の長針が一つ先へ進んだ。
 店主が口を開くより早く、男はそばを食べ終えた。「ごっそさん」とだけつぶやいて店を出る背中を、店主は黙って見送った。
 店を出た男はしばらく歩いたのち、今時珍しく残っている電話ボックスへ入った。財布から取り出したテレフォンカードが吸い込まれ、男は慣れた手つきで番号を入力する。数瞬で応じた通話先に男が語りかける。
「俺です。対象との接触が終わりました。特に異常はありません。近隣住民とも最小限の交流のみ行っているようです」
 返事はないが、男は続ける。
「あくまで私見ですが、あの男が再度テロ行為に走るほどの気力や体力を維持しているとは思えません。監視の目を緩めて問題ないかと」
 一拍置いて男は続ける。
「俺にはあの老いぼれが、使命に燃える革命家だったとは思えません。あれは枯れ木です。もう花をつけることのない枯れ木。腐り落ちるのをただ待っているようにしか見えませんでした。彼は思い出の店に固執する、ただの老人です」
 男が言い終えると、やがて受話器の奥から声がした。
「監視は継続する。奴が枯れ木だというなら、完全に朽ちるまで警戒を続けろ。以上だ」
 途切れた通話の電子音と、男のため息が重なって、受話器が降ろされた。

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