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向田邦子×久世光彦=「女の人差し指」


「忍れど 色に出にけり 我戀は 物や思ふと 人の問ふまで」 平兼盛

昭和15年11月。太平洋戦争開戦前年の年の暮れ、百人一首を熱心に暗唱しているのは、菊坂家の次女あき子(洞口依子)である。正月恒例の家族対決を控え、次こそは勝利するぞと励んでいる。そんな子供らしさを残した末っ子が、懐かしい戦前の我が家を回想して語るパターンが、このシリーズ中ここから始まる。

陸軍の軍人だった父は3年前北支で戦死して、残されたのは女ばかりの三人家族。母里子(加藤治子)、長女文子(田中裕子)と言うパターンも、このタイトルからほぼ固定化する。何よりこのシリーズは「新春特別企画」だったので、途中で必ず元旦を祝う家族の行事が入るのである。

「あの頃のお正月は寒いものと決まっていた。別にお正月だけが特別寒かった訳でもないのでしょうが。余計なものを取り片付けた座敷は広々としていたし、暮れのうちに取り替えた畳は足触りも硬く青く光り、張り替えた障子は殊更冷え冷えと白く、床の間の千両や水仙まで冷たく見えるような気がしました」

晩年のあき子の回想を、黒柳徹子がこうナレーションする。きりりと清々しく冷え切った元旦の描写、そのバックで流れる「ラーラララララーララー、ラーラララララーララー、トゥットゥルルットゥットゥットゥッ、トゥットゥルルットゥットゥットゥッ、トゥーットゥットゥー」小林亜星による軽やかな挿入曲も定番になる。

「でも家族揃って神棚に手を合わせ、新しい歳の幸せを祈ると、今年はきっと良いことがありそうな気がして、心も暖かくときめいてきて、私はあの頃のお正月が大好きでした」

ナレーションは必ずこう締め括られる。時は開戦前夜、父は戦死、軍靴の音が響き警察は目を光らせ、息が詰まる様な銃後の暮らし。母娘は生き方の違いから心が離れていきつつも、家族は正月の儀式を励行し、食卓は神聖な祝祭の場に舞い戻る。それが向田にとって、特別な時、特別な場だと、久世は拘ったに違いない。

このシリーズの本来の主役は正月の儀式かもしれない。その神事を司る神主は不在のまま、例年同じ顔で名前を変えた巫女達が、寿ぎの舞を舞ったのだ。

ところでこの昭和15年は、神武天皇即位紀元2600年の記念行事があったらしい。祭りの提灯行列の帰り道、家族と逸れ夜道を歩く文子は暴漢に襲われる。この時、救った連城(四谷シモン)に想いが募り、ドラマは急展開する。文子は婚約者である海軍少尉三村(小林薫)の存在を忘れ、咎め立ちはだかる母に初めて挑むのだ。

この回は、母と娘の二つの秘めた恋の話であると、冒頭の次女の詠むカルタの札がはなから告げていたのであった。






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