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ごはんについて書くための習作60

店の手前にある5段程度の低い階段で、私は杖をついた初老の男性を追い抜いた。この定食屋は市の施設に併設されていて、入り口が並んでいる。昼の12時過ぎ、杖以外を持たないこの男性が同じ定食屋に向かうことは想像していたが、ここにくる前に行こうとした店が満席で諦めてきた私は、彼を追い抜いてしまった。普段だったら少し遠回り(用のない市の施設に入ったり、表のメニューをながめたり)して彼が入店したのを確認してから入るのだが、1時間後にミーティングもあって追い抜いてしまった。

店内は混んでいる。1名ということを伝える。店員が空席を見回すので席を指定してくれるかと思ったのだが、忙しかったのか空いてる席にどうぞと言われる。私も店内を見回して、入り口に1番近い4人掛けテーブルに座る。「唐揚げ定食」を食べることを決めていたので、水とおしぼりを持ってきてくれたタイミングで注文した。注文を受けてくれた店員の手には、これから運ぶもう1人分の水とおしぼりがあった。

入り口の引き戸には渓流釣りで使うような熊よけの鈴が付いている。私が入店した後、2人組のスーツを着た男性が入ってきた。その後、私が階段で追い抜いた初老の男性が入ってきた。私と次の2人組で満席になってしまったらしく、表にある紙に名前を書いてまっていてくれと店員に言われ、外へ出ていった。

近所の本屋で買ったインタビューが掲載されている本を読みながら、他のテーブルの会話でも聞こうと思ったのだが、インタビューが喋り言葉だからか、会話の内容が全く脳に入ってこない。諦めて読書。

私の唐揚げ定食が運ばれてきたタイミングで、会計を終えた客が鈴を鳴らして出て行き、代わりに初老の男性が入ってきて、鈴を鳴らしながら引き戸を閉めた。

ここの唐揚げはジューシー。しばらく熱い。唐揚げは4つ。今日までに5回くらいは食べただろうか。何の考えもなしに右から順番に食べ、2つ目をかじったところで、左の2つと右の2つで形が違うことに気付いた。部位が違う。部位が違うのであれば、右、左、右、左(ないしその逆)で食べるのがベストOfベスト。ひと口かじってしまった右2つ目を置き、かじった部分が見えないように、左2つ目を重ね、左1つ目を箸で挟んだ。

ミーティングまであと30分。会計を済ませ外に出た。店の表にある紙の1番最後の行には「カトー 1人」と書いてあった。

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