思いついて適当に書いたやつ

私が初めて一人暮らしを始めた時の玄関の床は、なんだかテラテラとした光沢を放つ、安っぽい緑色だった。
今の私の部屋の玄関の床は、ざらざらとしたタイル張りで、見ていると、なんとなく人間らしい生活を送れるような気がする。
窓は東寄りの南向きで日当たりが良く、朝はガラガラとサッシを開けて、太陽の光を思い切り浴びるのが日課になっている。少し早めに起きて朝の光を磨りガラス越しに浴びながら、ゆっくりと朝食を食べるのが私のちょっとした毎日の贅沢だ。
夜、仕事から帰ってきても、暖色のランプをいくつか灯した、お気に入りの家具を集めたこの部屋でくつろぐのが楽しみとなっている。そして、明日も早いのだぞと夜更かしの自分に理性をはたらかせ、良い頃合いに眠りに就く。
今日も同じように眠り、深夜に少し目が覚めてしまったのだ。深い眠りの中から浮き上がり、夢と現のすき間から目を開けると、自分が眠っていたことに初めて気がつく。深く溜息をつき、なんとはなしに首を少し動かしたその時だった。男が目の前に立っていた。
私は驚きと恐怖のあまり声も出せず、硬直したまま彼をまじまじと眺めた。彼はこちらに背を向けた状態だったが、やがて視線を感じたのかゆっくりとこちらを向いた。パーカーを被ったその顔は、窓から漏れ出る街灯の光を受けてくっきりと見えた。こんな状況で言うことでは無いのかもしれないが、彼の顔は驚くほどかたちが良く、薄明かりを受けてなにかの彫像のようであったし、彼のあまりにも感情の無さそうな無表情が、その無機質さを際立たせていた。しかし、目だけが動くその様子は、まるで3Dモデルの目だけを動かしているようで、コンピュータ独特の不気味な世界へ引きずり込まれたような気分になった。
彼は私をその無表情でしばらく見つめた後、何も言わずに霧のように消えてしまった。全ては夢だったのだろう。
翌朝、私は自分が積み上げてきたこの部屋の自分らしさ、くつろげる雰囲気、お気に入りの雑貨の数々、そういうものが全て白々しい嘘のような気持ちになって、何もかもから逃げたくなった。あの男がいた時の私の部屋は、この世で唯一安心できる場所だと今まで信じて疑わなかったこの10畳は、あの男がいた瞬間にすべての手のひらを返し、どうしようもなくみじめで醜い私の何もかもを嘲笑っていた。私は早朝の住宅街をあてどもなくふらふらと歩き回ったが、その時はなぜか、もしこれが休日の朝ではなく仕事の日であった場合、私はどうしていたのだろうということばかり考えていた。

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