スーミーしてもいいですか?
こそっと見ることを、沖縄では「スーミーする」と言います。
ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、そしてnoteでも、私は典型的なスーミー派。昔はこうではなかったんですけど、だんだん横着者になってます。
でも、いろんな方の記事やコラム、意見はしっかりと読んでいます。積極的なコメントを行わないだけで「ふむふむ、なるほど、いろんな意見があるなぁ~」とスーミーしながら感心しています。
以前は、こうではありませんでした。
良くも悪くも血気盛んなお年頃
出る釘は打たれる日本社会。ドブに落ちた犬は助けるのではなく、棒で叩く国。同僚はライバル、蹴落とすべし。
そんなビジネス環境のなかで、若いとき、特に30代では散々痛い目にあいました。裏切りなんて当たり前。嫉妬のうずまく社会では、告げ口、足の引っ張り合いエトセトラ。
もちろん原因は私にもありました。30代は血気盛んなお年頃です。
「 私ってすごいでしょ!」
「私が、私が、私が!」
仕事もバリバリやるけど、自己主張もするから、当然うっとおしがられます。そのことに気づかなかったんだなぁ。
そして迎えた40代。
沖縄移住ブームの陰で
沖縄に移住しちゃいました。2000年のことでした。疲れちゃったんですね。
当時盛んに、勝ち組、負け組などと叫ばれてましたが、こんな嫌味をブログで書いた記憶があります。
「勝ち組の皆様、ニッポンを背負って頑張ってくださいね。じゃないと、負け組の私たちは沖縄でのんびりやれませんから~」
沖縄では、同僚は足を引っ張るのではなく、助け合う存在だという当たり前のことにも気付かされました。
もちろん、移住して馴染んでいく人もいれば、こんなはずじゃなかったと戻っていく人もたくさん居ました。当時は若い世代の移住ブームが起きていて、特に女性たち。ゲストハウスを運営していたこともあり、ほんと~にいろいろ見聞きしました。
当然、摩擦も起きます。町おこしの現場で、ある商店街の会長さんに乗り込まれ、怒鳴られたこともあます。
「あんたが何をしようと勝手だが、この通りを作ったのは我々だ。よそ者はでしゃばるな!」
その会長さんとは、一緒にお酒を飲む仲になりました。以前の、東京で仕事をしていた当時の私ならばケンカして終わりだったと思います。
年を取ると角が取れるってことかな~と思ったんですが、い~え、よく考えるとまだまだとんがってます。
出る釘は、打てないほどに出ればいい
沖縄で新しい事業を始めた場合、しかもこれがよそ者だった場合、地縁血縁同窓の輪でつながった沖縄の濃い関係筋からは、けっこう冷たい視線を浴びることもあります。
10年ほど前になりますか、行政肝いりで公的資金を投入して立ち上げた地域資源活用事業をスタートした時には、ありもしないことをネットで散々ばらまかれました。
この時、私がスタッフに言ったのは「出る釘は打たれる。ならば、打てないほどガンガン飛び出そう!」。その事業、私が辞めた後も、元気にしっかり続いています。
どちらにしろ、歳をとるということは、こうした経験を重ねるということ。そして、やっと賢くなった時には身体機能が鈍くなるお年頃に突入です。
静かに、こそっと、至らなかった自身の人生を振り返りつつ、若い方々の活躍ぶりをネットの隅っこからスーミーさせていただくのが、とても楽しい毎日です。