田舎ではみんなと違うことすると目立つ (皐月物語 44)
給食を真っ先に食べ終えた村中茂之がクラスのみんなに呼び掛けた。
「今日は3組とドッジやるから、来られる奴は来て!」
ドッジボールの好きな藤城皐月は運悪く給食当番だった。皐月にとって小学校生活で一番の楽しみはドッジボールだ。いつも神谷秀真か岩原比呂志とオカルトや鉄道のマニアックな話をしてるが、この日ばかりはみんなで外に出て遊ぶ。だが今日は大切な用事があるので諦めなければならない。
「藤城、当番終わったら速攻で来いよ」
「茂之、悪ぃ。今日無理だわ」
「なんだ、お前のこと当てにしてたのに」
「用事が終わった後、行けたら行くわ」
皐月はサッカーのような走るスポーツは苦手だ。ドッジボールや野球、バレーのようなあまり走らない競技は器用なので得意だ。足が極端に遅いと言うわけではないが、走るとすぐに息があがってしまい、胸が痛くなって動けなくなる。みんなから根性がないと思われているらしいが、言い訳はしたくなかった。
皐月が牛乳パックをリサイクルできるように洗って重ねていると、月花博紀たちがやって来た。
「皐月、用事って何だ? その髪のことで先生に呼び出されたのか?」
「まあそんなとこ」
入屋千智に借りていたハンカチを返しに行くだなんて口が裂けても言えない。
「1ゲームだけでもいいから参加してくれ」
「わかった!」
この学校では競技のように5分区切りではなく、ローカルルールで全滅するか予鈴が鳴るまでゲームが終わらない。ボール1個では勝負が長くなるので、最近は実験的に複数個のボールを使うようにしている。
3組はドッジボールが強い。突出して強い子はいないが、リーダー的存在のエース大嶽が普段から基礎練習をさせているので、クラス全体の実力が底上げされていて、穴となる弱い子がいない。
4組は博紀と茂之が突出して強いが、クラス全体では穴が多い。女子が加わることは滅多にないが、身体能力お化けの筒井美耶が参加すると強い3組にも勝てる。皐月は避けるのと受けるのが誰よりも上手いので、複数個のボールでやるようになった今、皐月がチームにいれば勝つ公算が大きくなる。
給食室から教室に戻ると男子は一人も残っていなかった。秀真や比呂志も茂之たちと一緒に外に出て行った。教室に残っているのは皐月の班の栗林真理と二橋絵梨花、吉口千由紀の3人と、他数名の女子だけだった。真理と絵梨花は受験勉強をしていて、千由紀は小説を読んでいた。皐月は誰にも話しかけられないよう、こっそりと自分のランドセルの所まで忍び足で行き、及川祐希に薦められたかわいい袋に入れたハンカチを取りだして教室を出た。
皐月は高学年棟の3階にある6年生の教室から2階にある5年生の教室へと下りた。6年生になってから5年生の階に来たのは初めてだ。背の高くなった皐月には5年生の児童はみんな小さく見える。千智のクラスの3組の中を見てみると、男子はあまり残っていなかった。博紀の弟の直紀たちも外に出て遊んでいるのだろう。
千智との約束通り、皐月は3組の女子で話しかけやすそうな子を探した。クラスの女子の誰かに声をかけて、私のことを呼び出してとはよく言ったものだ。微妙にハードルが高く、罰ゲームにふさわしい。誰に声をかけようかと迷っていると、一人の涼しげな顔をした少女と目が合った。こちらに気付いたのか、皐月の方へ歩いてきた。
「このクラスに何か御用ですか?」
「6年の藤城皐月と言います。入屋千智さんに用があって来たのですが、呼んでもらってもいいですか?」
少女の丁寧な言葉遣いにつられ、皐月も普段は使わないようなぎこちない言葉で答えてしまった。
「少々お待ち下さい」
彼女は千智に向かってゆっくりと歩き出した。活発な子だったらここで大声で千智を呼ぶのだろう。変わった子だなと思いながら彼女の歩く先に千智を探すと、教室の最前列の窓際で友達とお喋りをしているのを見つけた。話相手が友達のステファニーなのだろう。
彼女に話しかけられ、何か言葉を交わすと千智がこちらに振り向いた。千智と目が合い、皐月は小さく手を振った。ステファニーに一言声をかけ、千智は皐月に向かって駆け寄ってきた。
「先輩どうしたの、教室まで来て?」
「どうしたのって、約束したじゃん。ハンカチ返しに来るって」
「ありがとう。律儀に罰ゲームに付き合ってくれたんだね。それよりその髪の毛、どうしたの?」
「ああ、これね。染めた。格好いいだろ?」
「格好いいけど、ちょっと派手だね」
「地味って言う子もいたけどね」
皐月は持って来たラッピング用の小袋を手渡した。
「先輩、こんな可愛いの持ってたんだ。意外!」
「祐希が使えって、くれたんだよ。俺がこんなの持ってるわけないじゃん」
「なんかプレゼントされたみたいでドキドキするね」
「ハンカチしか入っていないから期待すんなよな」
本当はハンカチ以外にメッセージカードを入れてある。今見られると恥ずかしいので、なんとか誤魔化してやり過ごさなければならない。
「いっしょに喋ってた子がステファニーさんなんだね。なんか邪魔して悪かったね」
「いいの。ステファニーがゆっくり話してきてって言ってくれたから」
「千智を呼びに行ってくれた子って、もしかして月映さん?」
「そう。よくわかったね」
「雰囲気が大人びていたからたぶんそうだろうなって。俺の方が年上なのにちょっと緊張しちゃったよ」
「月映さんも緊張してたみたい。髪の毛染めた怖いお兄さんに声をかけられて」
「えっ? 俺、怖い?」
「月映さんが輩みたいな人が来たって言ってた」
「マジか!」
格好いいつもりでいたのに、後輩を怖がらせていたとは思ってもいなかった。皐月がカラーをしたことを真剣に後悔していると、千智が笑いだした。
「先輩、今の嘘だから」
千智が声を上げて笑っているのが余程珍しいのか、3組にいる全員の視線がこっちを向いていた。
「……やられたわ。ところでさ、ちょっと2~3分付き合ってもらいたいんだけど大丈夫かな?」
「いいよ。で、どうしたの?」
「今からね、3年生の教室に行って同じ町内の女の子に会いに行きたいんだ。怖い輩だけで行くと先生呼ばれそうだから、俺の代わりに千智が呼び出してくれると助かる」
「わかった。でも同じ町内の子なら、家に帰ってからでも話せそうなのに。何か急ぎの用でもあるの?」
「その子、美香ちゃんって言うんだけど、美香ちゃんも俺と一緒に髪を染めたんだ。美香ちゃんの家が美容院で、お母さんにカラーしてもらってね。で、美香ちゃんがカラーしたことでイジメられていないか心配だから、ちょっと様子を見に行きたいんだ」
「そっか……。東京に住んでいた時は髪の毛染めていた子ってどのクラスにも何人かいて、別に普通だったんだけどね」
「豊川は田舎だから、みんなと違うことすると目立っちゃうんだ」
皐月と千智の二人は低学年棟の3年生の教室へ向かった。千智が目立ちたくないと言いキャップをかぶって来たが、これでは千智そのものは目立たなくても、二人揃って歩いているとかえって目立ってしまう。
岩月美香のクラスを覗くと美香の姿はすぐに見つかった。友達に囲まれて、楽しそうに笑っている。
「あのエメラルドっぽい髪の色の子が美香ちゃんだよね。人気者じゃない」
「そうみたいだね。心配なかったかな。でも一応呼んでもらってもいいかな?」
「オッケー」
千智がたまたま近くにいた男の子に美香を呼んでくれるよう頼んだ。キャップくらいでは隠しきれないほどの美人の千智に頼まれた男の子は顔を真っ赤にしていた。美香が皐月のことを見つけると大きく手を振って、「皐月ちゃ~ん」と大きな声を上げた。
「皐月ちゃん?」
千智が皐月の顔をみて笑った。
「美香ちゃんのお母さんが俺のことを皐月ちゃんって呼ぶんだ。美香ちゃんはそれを真似して俺のことをちゃん付けにしてる。まあいいんだけど」
「私も先輩のこと皐月ちゃんって呼んでもいい?」
「えっ? まあ、別にいいけど……」
「じゃあ時々皐月ちゃんって呼ぶね」
美香が皐月に向かって抱きつきそうな勢いで駆け寄って来たが、隣にいる千智を見てブレーキをかけた。
「美香ちゃん元気にしてる?」
「元気だよ。それよりどうしたの? 教室まで来てくれて」
「美香ちゃん、髪にカラーしたせいで誰かにイジメられてないかなって心配になって、様子見に来たんだ。どうだった?」
「女の子には評判良かったよ。男子はどう思ってるかよくわからない。先生には嫌味を言われた」
「大丈夫か?」
「うん。怒られたりはしなかったよ」
「そうか、良かった。もし誰かにイジメられるようなことがあったら俺に言ってね。何とかするから」
「ありがとう。皐月ちゃん、本当に今日、格好いいね!」
「これからだって、ずっと格好いいよ」
皐月と美香が話していると美香の友達が寄って来た。みんな皐月の髪を褒めてくれたが、隣にいる千智に気付くとみんな千智の方に関心が移った。芸能人みたいとかアイドルみたいとかチヤホヤされて、千智は大いに照れていた。
「皐月ちゃん、今日は本当にありがとう。心配してくれて嬉しかった」
「おう。友達のみんなも美香ちゃんのこと守ってあげてね」
皐月の呼びかけに美香の友達はみんな協力してくれると約束してくれた。千智がお礼を言うとみんなキャーキャー喜んだ。
これで重要なミッションが終わったので、皐月はドッジボールに急ぐことにした。
「千智、今日はありがとうね」
「ううん、私もいい経験ができて楽しかった。先輩って面倒見がいいんだね」
「おれは6年だから、誰かに髪のことで何か言われても平気だけど、美香ちゃんはまだ小さいし、俺と違って繊細だから心配だったんだ」
「3年生って小さくて可愛いかったね」
「俺に言わせれば、5年生もまだ小さいけどな。じゃ、おれ急ぐから。今ならまだドッジボールに間に合う」
「皐月ちゃん、がんばって~」
いつも先輩と呼ばれている千智から皐月ちゃんと呼ばれるのはまだ抵抗があった。とりあえず笑顔を作って手を振ってはみたが、この笑顔は苦笑になっていたかもしれない。いつか千智のことを千智ちゃんと呼んでみようかな……そんなことを考えていると皐月はだんだん気分が良くなってきた。
もうすぐドッジボールができるかと思うとテンションがあがって来た。皐月は博紀と茂之たちのもとへ猛ダッシュした。
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