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「相手を満足させながら、自分自身にとってよりよい解決を目指していく」という交渉術の考え方

私の手元には、
交渉術、交渉学の本がいくつかあります。

最も古いものは、
弁護士になって2年目に手にした
『ハーバード流交渉術』( ロジャー・フィッシャー他)です。

原題は”Getting to Yes”であり、
利害関係の対立する相手から「イエス」を獲得するための方法が
書かれています。

この本からは、
利害関係の分析の仕方、相手との関係の取り方など多くの示唆をうけ、
実際の裁判実務をこなす中で実践してきました。

・できるだけ相手と共通の利益を見出す
・相手との協働作業として交渉を進める

といった進め方は、交渉学から学んだことです。

交渉学は、その後も発展を続けて、
心理学、社会学、経済学、ゲーム理論などにより
多面的に研究が進んでいます。

交渉術に関する最近の例では、
グーグルが、
約6億円(600万ドル)かかる光ファイバーの工事代金を値引く交渉をしていて、
なんと60万円(6000ドル)だけで済ませることに成功したという例があります。
交渉をする中で、工事業者に
「推薦状として使えるGoogle公式の書類を発行してもらいたい」
というニーズがあることがわかり、
もしそれが可能なら、工事代金は大幅に値引いてもいいという話になったのです。

私自身の扱った例としては、
賃貸人である不動産オーナーからの依頼で、
賃借人であるテナントに対して、
約22カ月分もの賃料の滞納があるので、
建物の明渡しを求めてもらいたいという強い依頼があったとき、
相手には店を続けたいという意向が強く、
話し合いをする中で、
最終的に、滞納金は全額回収でき、
賃料を若干増額して賃貸借を存続させつつも、
その後の賃料支払いも正常化できたという例があります。
依頼者は、私の前に別の弁護士に頼んでいましたが、
なぜか途中で頓挫していたので、依頼者には大変喜んでもらえましたし、
相手方の本人とも、その後今に至るまで話のできる関係を築くことができました。

『How Google Works 私たちの働き方とマネジメント』(エリック・シュミット外)には、
次のようなことが書かれています。
「とくに重要なパートナーシップについては、双方の利益のために活動する専門の担当者を置くべきだ。外部のパートナーを満足させつつ、自社の利益最大化を目指すのである。これは自社の利益追求だけに偏りがちな、従来型の営業担当の役割とはまったく違う。」
相手を満足させながら、自分自身にとってよりよい解決を目指していくという交渉術の考え方は、グーグルでは、このようなところにも取り入れられているのだと思いました。

自分が得るか相手が得るか、という交渉は、
「分配型交渉」とか「ゼロサムの交渉」と言われますが、
法律問題は、
主張が認められるか認められないか、
という二者択一の関係にたつことが多く、
そのため、強い対立関係を引き起こすことが多いのです。

交渉術は、
「分配型交渉」についても、
どのように満足のいく結果を出していくかの指針を与えてくれますが、
より根本的には、
取るか取られるかというゼロサムの交渉から、
複数の関心項目を取り上げて、
価値を統合したり、価値を創造する「統合型交渉」に移行させていくことが、
双方の満足度の向上に寄与します。

ところで、
交渉術・交渉学は司法試験の科目ではなく、
法律家の読む物に頻繁に出てくるわけでもなく、
弁護士であるからといって、
誰もが知り、身に着けていることではありません。
「権利があるから」
「義務だから」
こうした杓子定規な対応に終始する弁護士も少なくはないと感じています。

法律は、事件の解決方向を決める物差しとして、
非常に重要な役割を担っていますが、
法律以外の調整要素は多く存在します。

依頼者の利益を守るということが弁護士の役割ですが、
「相手方の利益は考えない(考えてはならない)」立場と、
「相手方の利益と依頼者の利益もともに増大できればその方がよい」という立場は
質的に異なります。

利害対立があるときであっても、
単なる強気戦術、譲歩戦術ではなく、
協調的に解決する方向性があることを
交渉学は教えてくれています。

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