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とある歪な人間の自伝 その8

10 憐れむという意味での同情

同じ情と書いて「同情」だという。子供のころその言葉に些かの疑問を感じていた。
そもそも日本語にはそういった現代解釈とはだいぶ離れた言葉がある。例えば「親切」なんかもそうだろう。
親を切る。それがどうして親切になるのか。疑問に思った方も多いのではないだろうか?

ここは別に国語の時間ではないので話を進めるが、同情の話。
わたしに対して同情をする人間はそれなりに多かったことを記憶している。
ただ勘違いして貰っては困るのだが、別に身の上話を誰かにしているわけではないし、本人は媚びを売るような素振りは見せていないはずだ。
さらにいえばこう身の上話を詳細に伝えるのはこれまでの文章が初めての事である。
とりわけ面白い話でもないし、笑い話にするにしてもなかなかに難しい。まっとうに喋れば思わず「そのクソ長い作り話のオチはどこ?」って言いたくなるだろう?

しかし当時のわたしは状態からみれば同情されるだけの要点は見て取れた。これは客観的事実という奴だ。
なぜならみすぼらしい恰好に常に生傷があり、まともに治療もしない。そしていつもトラブルに合う体質。
そんな中学生、高校生ぐらいの子供がいれば何も知らない他人が見ても同情ぐらいはするんだろう。でも、同情だけ。ああ、かわいそうだと思うだけだ。
キミの気持ちは痛いほどわかるとしたり顔で述べるだけ。

要するにみんな偽善というものが好きなんだろう。
自分が倫理的に優れていて、社会的にも必要とされていると信じたいんだ。
その証左として「可愛そうに思う心」を大事にしたいと考えている。心は大事だ。何よりも優先される。
そういう個人的な感受性でもって自分はまだ美しい人間像であることを信じたいんだ。

例えば事故の被害者などを見て痛ましいと思う気持ちを抱く。例えば小動物を見て可愛いと思う気持ちを抱く。それを共感することで人間は安心する。
共感を抱けないものはコミュニティーから外されるわけだ。

ただ、痛ましいと思っても別に誰かが手を差し伸べてくれるわけではない。わたしの場合はまさにそれだ。
仮にわたしが女であったならば内容は少し変わるのかもしれないが、基本は誰かが何かをしてくれると勝手に思うだけ。
なぜ? 答えは簡単だ。ともかく彼らは厄介事を持ち込みたくはない。だから必要以上に踏み込みたくはない。
安全圏から同情できる内容を見つけて、誰かと共感して自分たちを可愛がりたいだけ。

端的にいえば『悦』に浸りたいだけなんだろうさ。

別にそれに関してわたしは何も思わない。好きにすればいい。それが自分の人生で必要ならば、なんでも利用すればいいと思うだけ。
それを恥するべき先入観は抱く必要はない。厚顔無恥になるべきだろう。遠慮して不幸になるなら猶更だ。
しかしわたしのような未熟な対象はなかなか割り切れない。これに対していちいち上から目線と、ぶち曲がった正義感で突っかかってくる人間に対しては若干の苛立ちを覚えてしまう。
苛立ちというか、純粋に善意という名の悪意を四方八方から突き立ててくるのだから、誰だって近づきたくないという感情の方が正しいのだろう。

近づきたくないということは、それがその人物の弱みだと勘違いするものがいる。そして弱みを見つけると徹底的に踏みにじりたくなる人間が一定数居るものだ。
彼らはこういう言葉を並べた。親の愛情を受けられなかったから。ウチみたいにお金がなかったから。教育を受けなかったから。等々。
憐れむふりをして彼らとわたしのその比較を想像で埋めていく。そうやって何かを埋めるように比較して自分は優れているんだと言い聞かせる。
それだけなら別に対した話ではない。まともに取り合わなければいいだけだ。問題はこの先である。
彼らの結びの言葉は決まってこうだ。

『社会不適合者は首を吊って死ね』『いるだけで秩序が乱れる』『犯罪を犯す前に死ね』
『ああ、かわいそうかわいそう。でも見ていて不愉快だから消えてくれ』

現代社会でも良くある話だろう? ただ愉悦に浸ってくれればそれでいいのに、勝手に社会悪を決めつけると持ち前の正義感でどんどん過激な発言をする。
これが人間の大半の感情なんだろうというと、そんなことはない! そんなの一部だけだと声高に叫ぶ人種もいるがそんなことは知ったことではない。
事実、わたしの周りには人間しか居なかった。ならそれは間違いでも何でもないだろう? わたしは嫌というほど解らされたわけだが、綺麗ごとで否定する人間は何を持ってきてくれる? そうじゃないと解るだけの何を持ってきてくれるというのか。結局、何も持ってこないよ。
だって彼らにあるのは自分にとって都合がよく、たまたま与えられたものしか持っていないんだから。それが常識でそれが正義で、それを持っていない人間を人間として認められない。
程度が知れる薄っぺらい話さ。でもそれを彼らは後生大事にしているんだから、救えない。いや、救われないのはわたしの方だな。

ならばわたしは元より見ず知らずの他人に期待をしない。
他人の言葉に耳を傾けたりはしない。

その徹底した対応が、周囲にこう影響する。
人が善意で伝えてあげているのに、アレはいうことを聞かない。なら、誰か本当に殺してくれないか。
アレが存在するだけで自分たちの生活は脅かされる。なら、誰か排除してくれないか。とね?

別にわたしがなにかをするわけでもないのに。
極端な話だろう? しかし当時の女性は暇だったんだろう。近づかないが明らかな敵意。それがいろいろな場面を廻りめぐって、わたしは孤立する。
いまにして思えばだが、居場所を失ったのもこれの影響なんだろう。
そうしてわたしの中に淀んだ感情が小さく芽吹いた。

わたしを使うことで会社が迷惑するのならば、それも仕方ないのかもしれない。

そう、これは建前だ。
無感情、無関心、それでも認められれば誰かに尽くしたいと考える本心のなかでわたしはとうとう居場所を失う。
唯一の居場所を取り上げられてしまう。

憐れむ? ふざけるな。
誰だってこんな状況だったら、同じようになってだろうに。と、発狂する。

わたしだって、好きでこんな風になったわけじゃないのに。
わたしだって、努力して変わろうとしたのに。
場所も変わって、変われると信じていたのに。

それでも望みは届かない。

何もしてないわけじゃない。
わたしは変わりたいと願った。出来る限りで努力もした。
あらゆる邪魔を跳ね除けて、擬態に擬態を重ねて、言葉を操って、心を偽って。
そんな中、お金も稼いで他の誰よりも動いた。

それでも手に入れられるものはない。

まだまだ代償に捧げるものは必要なんだろう。
壊れた家族が生きるためにもお金は必要で、わたしはまだその家族の枠の中に居なければならない。
飛び出したいと思っても、飛び出した先で自立するにはまだまだ足りないモノがある。

努力のベクトルがきっと違っていたんだろう。そう自分を慰める結果に終わった。
しかし、それとはまた別の感情もある。

そもそも普通ってなんだよ。望むものってなんだよ。変わりたいってなんだよ。と、あざけ笑う自分もいる。
結局、誰も彼も与えられたもので優劣を付けたがるだけでその本質はなにもないんだ。なにもない人間が必死に自分は違うと吠えている。
周りと同じだからと安堵する。それは気の毒な話だ。と、わたしの中で結論付ける。
彼らの中で唯一無二はない。手を取り合うという名の同調こそが凡て。他と違うということがひどく許せないだけだ。
たまたま他と違う家庭に生まれ、他と違う教育を施され、他と違う雰囲気を持つ。ただそれだけのわたしはきっと世の中に居てはいけないのだろう。
しかし、それは彼らの言い分だ。

テレビでやっていた戦隊モノの役割分担。
勧善懲悪という都合のいいおとぎ話に酔いしれたい。そんな他人からすれば都合の良い舞台装置は必要なんだろう。
彼らが正義で、わたしが悪役なら、その設定は覆らない。
どんなに努力したって悪役は、正義の味方にはならない。

これで他人はわたしを憐れむのか。
これで他人はわたしを排除しようとするのか。

すっと胸に溶け込んで腑に落ちる感覚はいまでも明確に覚えている。
人間はどこまでも汚い。それを明確に示す女性という生物がとても汚い。他人が汚物や、虫に生理的な嫌悪を抱くように、わたしは女性に同じ感情を抱いていた。
いまは甘んじてその役割を受け入れよう。だけどわたしは決してそちら側にならない。決してなるものか。
意固地になる感覚はより強固になる。

これは当時の主観だ。客観的に分析するとわたしがどれほど厄介か見えてくる。

未熟で、無学で、それでいて学ぼうとしない。傍若無人でありながら口にせず、目つきや人相も悪い。
ファッションに価値があると誰も教えなかったので、服も適当のボロボロ。髪もぼさぼさ。その上で地毛が赤いから染めているようにも見える。
本人は隙を見せれば付け込まれてまた問題を抱え込むと本気で信じているから、他人のどんな言葉も届かない。
他人の言葉を聞かないから、会話が成立しない。そもそも本人が会話をしようとしない。
時折発狂を繰り返し、常識では括れない行動をとることがある。
その上で周りを敵だと思い込んでいる。平和な時代で「殺されてたまるか」と本気で考えている。
これほど厄介なものはないだろう。

現代のわたしでも匙を投げそうだ。

だからだろうか。後の話だが、これがわたしの弱点になってしまう。
押してダメなら引いてみろとはよく言ったもので嘘でも世辞でも『肯定されること』に慣れていないが為に、問題を呼び込む明確な欠点を作ってしまう。ようするに『褒めておけば操りやすい』ということだ。
だが、中学、高校の時分がここまで歪めば大したものだろう。皮肉を込めてそう思うわけだ。


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