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フランスの先生

子どもの頃、髪を切るときはいつも近所の『フランス美容室』。

オーナーの美容師が一人で切り盛りしてる美容室。
髪が短めで、女性にしては少し大柄なその身体には白衣を羽織っていた。
(白衣の記憶だったけど、だんだん思い出がハッキリしてくると、白衣じゃなく白っぽい大きなエプロンだった気がする)

そのおばさま美容師のことを、みんなで「フランスの先生」と呼んでた。

そこには母もおばあちゃんも通ってて、大人も子どももそこで切ってた。

お金だけ渡されて行ってたのか、後から家族が払いに行ってたのかはわからないけど、「フランスの先生んとこ行っといで(髪切っておいで)」と送り出される。

狭いお店だったけど、入ってすぐの待合ソファには順番待ちのおばちゃんたちがゴシップ週刊誌をじっくり読んでた。
私はおばちゃんたちが何を読んでるか気になってよく眺めてた。

待合ソファから奥に向かって2台、髪を切るソファが並んでいた。

こちらと区切られた奥のスペースは、仰向けに寝る洗髪台が1台あって、たいていおばちゃんのうちの誰かがいつも寝かされている。

寝ているおばちゃんそばで、フランスの先生が理科の実験で使うような白い鉢でなにかを練っている。
だいぶ粘りけがある感じ、溶けた飴みたいな。黄土色の明るい色だったりカーキの深い色みたいな。
温かそうなそのドロリを、おばちゃんの脚にぐーっと伸ばしながらたっぷり塗る。
顔にも塗られていた気がする。

薬品みたいな、少しツンと鼻にくる、独特な匂いで美容室が満たされる。
でも嫌じゃない心地よい匂い。
わたしもいつかあのあったかそうな、あのドロリを塗る日がくるのかなー、その前に今、少しだけ塗ってくれないかなーと期待してた。

あまりに眠くて、ソファで切られながらウトウト寝てしまい、お客さんのおばちゃんと先生に両脇で頭を支えながら切られたこともあった。
ウトウトがとっても気持ちよかったことだけ覚えてる。

いつもスポーツ刈りにしてた弟を、お母さんが1人で送り出したら、フランスの先生に丸坊主にされてかえってきた時は、幼いながらわたしもびっくりした。
お母さんは「いやよーこんな坊主いやよー」と、何もわかってない本人(弟)の頭を見てしばし取り乱してた。
そんなに悪くなかったのにな、弟の丸坊主。

今はもう美容室はないけど、フランスの先生、元気かな?
まだどこかでまた、あのあったかいドロリを白い鉢で練っているなら、今度はつけてもらいに行きたいな。
ドロリの正体はわからないけど、おばちゃんたち御用達だったから良いものじゃないかなって思ってる。

#子ども頃の思い出 #美容室

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