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逆噴射のはらわた

 どうもこんにちは。うさぎ小天狗です。

 今年の逆噴射のやつが終わってみれば、「ひとり五作まで」というくくりをはみ出したものが残りました。いずれも完成にいたらなかったのですから、本来ならしまっておくべきかと思いますが、去年のようにあーだこーだコメンタリーごっこするほどの投稿数もないし、のこったものをここにまろびださせておきます。

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黒いりんごの中から出てきたものは、赤い茎のようなかたちをしていた。ちょうどあちこちに吹き交う風にあおられる草の茎に似て、くねくねとうねるのだった。目はなく、口もはっきりそれと分かる形ではないが、りんごを掘り進んできたことから、どこかにそれがあるのだとはわかる。それよりなにより、気色悪いのは、赤くきらきらした小さい小さい鱗に覆われた細長い体の周囲にびっしりと生える、繊毛というにはまばらな、七色に光る触手だ。かすかに甘い大気に触れ、びっくりでもしたのか、一瞬ひくついたかと思うと、くねる体のなかに縮み込んでいったものの、彼が唖然と見つめているうちに、そろそろとまた伸び始めてきた。その動きを見ているうちに、彼は自分のうちになんとも言えないものが湧き上がってくるのを感じた。むずむずして、気色悪い感じは変わらないのだが、なぜか目を離せない。

 なんか気持ち悪いものを描こうとしたようです。エデンのりんご? 知恵の実の中身が蛇だった的な? そういう構想でもあったんでしょうか。

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一日じゅう歩いて、足は棒のようだった。金もなく、今は仕事もないので、歩く以外には、図書館で本を読むくらいしかすることがない。そして、図書館に行くにも、歩かなければならないのだった。

 なんでしょうか、このしょぼくれた出だしは……実際なにを書こうとしたのか、全然覚えていないのでした。

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台風が通り過ぎると夢が氾濫する。

 これは明らかに台風の通過前後に考えたものらしいです。ちょうどそのころ読んでいた、ますむらひろし『夢のスケッチ』的な感じを想定していたみたいですが、具体的な「氾濫した夢」が思いつかなかったとみえる。

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 ある、お天気のいい昼下がりのことです。

 ジョナサンとハンナのモーティマー夫婦のリビングでは、開けた窓から入ってくる風に、白いレースのカーテンが揺れています。
 犬のクーキーは、そのカーテンの下に寝そべっていました。
 いつものように目を閉じて、床にあごを付けて、ぼんやり周りの音を聞いています。
 今、おうちにはクーキーしかいません。
 だから、クーキーに聞こえるのは、カーテンのこすれる音と、時計のコチコチいう音、それに窓から入ってくる外の音だけでした。

 イヌが主人公の話がしたかったようですが……続きが思いつかなかったのかな。

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 分隊はG6地帯をH5地区に向けて進んでいた。正午を過ぎた頃だった。しんがりを歩いていたマイケルの頭がいきなり消え去った。首の切り株から吹き出した血がジョーのヘルメットをバタバタバタッと打った。だからジョーは振り返った。そして第二の犠牲者になった。だけどジョーはマイケルと違い、頭を食いちぎられる前に叫び声を上げることができた。ぼくたちはそれで敵の接近を知ることができた。サンキュー、ジョー。彼の魂よ安らかなれ。ただ、別の神様だかその使いだかに頭を食いちぎられた信者の魂を、ぼくらの神様が安らかにさせてくれるかどうかはよくわからない。ぼくらの頭を守ってくれるのはぼくらの神様じゃないから。ぼくらの頭を守ってくれるのは〈グローリー〉だけ。とにかくこれがなくちゃ始まらない。
 ジョーの悲鳴を聞きつけた部隊の生き残りは慌てて散開した。ぼくもむせかえるような草いきれの中に身を投げた。ベストのポケットから〈グローリー〉を取り出して、この六角形のタブレットを舌の下に置いた。目を閉じて〈グローリー〉が効いてくるのを待つ。この瞬間が一番怖い。目を閉じているうちに殺されてしまうかもしれない。目を開けたらどんなものを見ることになるかわからない。だけど〈グローリー〉はぼくらの心をごきげんにさせてもくれる。なんだかわからないものを怖がる心を鎮めて、なんだかわかるものに襲いかかる勇気をくれる。〈グローリー〉、〈グローリー〉。早くしてくれ。
 やがて銃撃が始まって、ぼくも目を開く。そして見た。密林の捻くれた木の幹が作るゴシック大聖堂めいた薄暗い空間に跋扈するものたちを。両目がドリルみたいに突き出した巨大な頭から直に一本の右足が生えている(左足はどうした?)もの。ナメクジとヘビとコウモリのあいの子(うへっ)みたいなもの。虹色の靄のようなもの。牙と腕と女性器だけでできているもの。青緑の鱗に覆われた両胸の、人間なら乳首がある場所にそれぞれ生えた一対ずつの手で手拍子を繰り返しながら梢から梢へと飛び移るもの。最後のやつの両足の間にある口から血が滴っていたから、こいつがジョーとマイケルを殺したんだろう。そう思うと怒りが湧いてきてぼくはライフルの引き金を絞る。ジョーとマイケルは大切な仲間だったんだ。どこがよかったか思い出せないが大切な仲間だったんだ。そうだジョーはいいやつだった。とにかくぼくはお前たちを許さない。ぼくは怒りを込めた銃弾を絞り出す。ところかわまずまき散らす。するとハンソンとニックの背後に迫っていた虹色の靄のようなものに当たってそいつはバラバラに引きちぎられた(ざまあ)。〈グローリー〉がぼくらに力を与えてくれる。悪霊だか精霊だか神様だか知らないが、そいつらを見る力とそいつらを殺す力を与えてくれる。〈グローリー〉なしではそいつらを見ることができないし、〈グローリー〉なしの銃弾にはそいつらを殺す力はない。おお、〈グローリー〉、感謝します。汝殺す神なり、復讐するは我にあり。ぼくは勇気づいて膝立ちの姿勢から立ち上がり辺りを見回す。ハンソンとニックの銃弾がナメクジとヘビとコウモリのあいの子みたいなのを引き裂き、トーマスの散弾がドリルみたいな両目ごとどでかい頭を吹き飛ばした。ヤッホー大勝利、そう思った途端、視界の隅で銃火がひらめいて、銃弾がぼくの頭上を通り抜ける。あまったるいなにかがぼくを頭からずぶ濡れにした。いや、現実にずぶ濡れになったわけじゃなくて、もしそれが液体だったらそうなっていただろうってこと。恐ろしい人食いおまんこの怪物はアンダーソン分隊長が殺してくれた。ぼくは救われた。おお、〈グローリー〉、感謝します。
 そしてぼくらはまたあるき出した。もちろんジョーとマイケルのベストのポケットから彼らの分の〈グローリー〉をいただくことも忘れない。神の国だか地獄だか精霊のはらわただかに行っちまった二人にはもう必要のないものだ。〈グローリー〉は生き残ったぼくらにこそ必要だ。ぼくらには使命がある。その使命を果たして文字通りの〈栄光〉をつかむために〈グローリー〉は欠かせない。逆に言えば〈グローリー〉さえあればぼくらの未来は〈栄光〉そのもの。ラン・チチ・チチ・タン! うっふっふ。これぞ神の恵みだ。神の恵み〈グローリー〉がぼくらに囁く。魔女を殺せ。密林を必殺の呪海に変えている魔女を探し出して殺せ。なぜなら魔女は悪いからだ。マイケルとジョーを殺したからだ。正確にはマイケルとジョーを殺したのは魔女の呼び出した密林の神だか精霊だか悪霊だかなのだが、ということは呼び出した魔女も悪い。呼び出さなければマイケルとジョーは死ななかったんだから。
 アンダーソン隊長から〈糸〉を追うように命じられ、ぼくはライフルを構えてあるき出した。〈糸〉はさっきのやつらと、やつらを呼び出した魔女を結ぶ契約を〈グローリー〉によって拡大した知覚が捉えたものだ。練り消しゴムを引っ張って引っ張った糸が細く細かい繊維になってほぐれて千切れて消えそうになるあの感じが〈糸〉にはある。それを追うのはぼくが一番うまい。〈グローリー〉との相性がいいんだろう。そう思うと少し嬉しいんだ。それに〈糸〉を追っている間は〈グローリー〉を切らさなくてすむ。ほんとうはベースを出る時から〈グローリー〉を使いたい。だってそのほうがいいでしょう。さっきみたいに不意打ちされることもない。でも〈グローリー〉の常用は軍規できつく戒められている。軍規を破ると〈グローリー〉は取り上げられてしまう。だからしたがわざるを得ない。
〈糸〉は右に伸びていく。舌の下で〈グローリー〉が溶けていくのを感じながらそれを追う。隣には同じく〈糸〉を追うジャクソン。彼はぼくの次に〈糸〉を追うのがうまい。その後ろにはハンソンとリチャード。リチャードは黒い顔の中で白い歯と両目をむき出して辺りを警戒している。彼の黒い顔には怒りがある。同じものがぼくの顔にもあるだろう。みんなもそうだ。ぼくらは〈グローリー〉によって怒りの神とコネクトした。今やぼくらが怒りの神だ。そらそら、怒りの神がおまえらの土地を行くぞ。おまえらの森を焼き払い、おまえらの草を根枯らせ、おまえらの民を支配してやる。ぼくらに逆らうからだぞ。思い知らせてやる。
 右へ伸びる〈糸〉を辿ってH5地区へ出た。アンダーソン分隊長の隣を進むサミュエルが地図で確認した。そこで〈グローリー〉が切れた。アンダーソン分隊長に確認するとオーケーが出たので次の一粒が舌下に収まった。目を閉じるまでもなく眼鏡をかけるみたいに視界がクリアになるのが感じられる。ぼくは眼鏡をかけたことがないが、目の悪い人が眼鏡をかけるときっとこんな感じになるんだろう。ちょっとくらくらするのがまた面白い。進んだ。進んだ。おお〈グローリー〉、ぼくらは恐れない。君がついていてくれるからね。だからぼくたちは無敵の兵士になれる。この戦争が始まって最初の数ヶ月に殺されたたくさんの兵士たち(彼らの魂の安らかなれ)と違って、ぼくらは見えないものに脅えることはないんだからね。初期の〈グローリー〉の実験で発狂した弱虫ども(彼らの魂を赦したまえ)と違って、ぼくらはやつらに脅えることはないんだからね。おお〈グローリー〉、きみは素敵だ。君がぼくの魂を研ぎ澄ましてくれる。ぼくの魂を輝かせてくれる。君がいてくれる限り、ぼくは無敵だ。
 ずっとこうしていたい。そりゃ薄暗くてじめじめして、人食いおまんこや皮膚を焼く靄や全身の血を噴き出させる猿の邪眼や頭を子供にしてしまう乳房なんかのいる密林は嫌いだ。でも、〈グローリー〉はここで戦うためのものだ。ぼくの故郷に精霊も悪霊もいない。神はどうだろう。神はいるかもしれないが、〈グローリー〉がなくても問題ない。ぼくは神を殺したいわけじゃない。ただ〈グローリー〉と遊んでいたいだけなんだ。〈グローリー〉がくれる力で、こそこそと茂みに隠れて近寄ってくるやつらを撃ち殺したいんだ。そうだろ〈グローリー〉、君はぼくを無敵の兵士にしたいんだろう。君の望みどおり無敵の兵士になるのはとても気持ちがいい。バスの後ろの座席の進行方向左の隅っこででぶのオーリーにずっと右足を踏まれ続けて、青あざをこさえているよりよっぽどましだ。

 勢い任せで書き続けて、最初のところを切り取ろうとしたみたいですが、「空隙」とかぶるミリタリSFっぽかったので、投稿は見合わせました。イメージとしては、五十嵐大介『魔女』と、ルーシャス・シェパード『戦時生活』みたいな感じを狙ったもよう。

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学生時代、大学の近くに住んでいた頃のこと。
大学の最寄り駅は、駅前に商店街があり、その商店街を抜けたところで交わる国道を渡りその十字路を渡ってすぐの左折路を入ると、左手に雑木林、右手にマンションの建つ坂道があって、坂道をまっすぐ下ったところに、住んでいたアパートがあった。
ある晩、バイトが終わってからの帰り道、何気なくそのマンションを見上げると、二階の窓に猫がいた。室内の明かりに照らされた猫の黒いシルエットは、ガラス窓とブラインドの間に寝そべって、毛色も顔つきも見分けられない。
しかし、その風景が、まるで一枚の絵のように決まっていて、思わず足を止めてしまったその時、猫は不意に起き上がると、二本の後足で立ち上がり、二本の前足を振りあげて、寝起きの人がそうするように、その場で大きく伸びをした。
え? と思ったのもつかの間、猫の動きが止まり、顔がこちらを向き、黒いシルエットの中に金色の光が二つ、きらりと瞬いたのを見て、慌てて坂を駆け下りた。

自室に戻り、荷物を下ろして、ようやくひとごこちついたところで、あれはなんだったんだろうと考えた。
マンションの向かいは雑木林、光源などあろうはずもなく、何かが反射したとは考えにくい。
それに確かに見られた気がする……などと思ってしまうと、どうにもいたたまれない気分になり、翌日も朝から講義があったので、早々に眠ることにした。
布団をかぶって

 ……それでどうした! というところで力尽きたもようです。

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 以上となります。
 まろびでたはらわたですが、なんか面白がっていただければ幸いです。

 では、また。

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(うさぎ小天狗)

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