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病院の怪談

高校時代、体育の授業中に右の鎖骨を折ってしまい、入院することになった。手術が立て込んでいたせいで、僕は自分の出術日まで、右腕を胸元に固定されたまま 10日間ほど過ごすことになった。入院当初は激痛に苦しめられたが、数日するとだんだん慣れて来た。慣れてくると暇を持て余すようになる。ある日の夕食後、暇を潰すために病院の中を探検していた。エレベーターに乗って適当にボタンを押す。

エレベーターの扉が開くと、その病棟には灯りがない。僕自身は探検している気分だ。エレベーターを降りて歩き出した。

その病棟は本当に真っ暗だった。しかし、完全に陽が落ちていなかったし、消火栓の赤い光と、非常口への誘導灯の緑色の灯りを頼りに歩くことができた。病室のドアはどれも閉まっていて、患者の名前もない。ナースステーションも稼働していない。稼働していないナースステーションは不気味だった。廊下には埃が綿になって溜まっている。この病棟は使われていないのだと思った。

ふと気付くと、ピッ、ピッ、ピッ、という機械音が規則正しく鳴っている。音のする方に向かっていくと、ひとつだけ扉が開いている病室があった。その病室は 4人部屋で、ひとつだけ患者の名前がある。病室の入口に立って中を覗くと、右奥のベッドに医療機器に繋がれた患者がいた。

暗がりで暫くその患者を見ていたが、様々な思いが頭を過った。この人はいつからここにいるのか? この状態がいつまで続くのか?

廊下に埃が溜まっているような病棟だ。面会に来る人はいないだろう。1日に 1回でも、看護師はこの病室に来ているのだろうか? 医療機器が警告音を発したとして、ナースステーションも稼働していないこの病棟に、この病室に、果たして看護師は駆け付けて来るのか? そもそも、このような場所にこの人が置かれていることを知っている人は、どのくらいいるのか?

打ち捨てられた病棟で、忘れ去られた人を見た。何とも言えない気分だった。できるだけ人が多い場所に戻ろうと 1階に降りた。エレベーターを出て、振り返ってフロアの案内板を見ると、あの場所は脳神経外科の病棟の一部だった。

僕がこれまで目にした中で、最も恐ろしく、悲しく、寂しい光景だ。

※この文章は、以前 Blogger で公開していた文章に修正を加えたものです。
●Blogger: https://yaoyuanxialei.blogspot.com/2021/07/blog-post.html -- 2021-07-15


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