商店街活性化の最終手段はリレー小説なのか(4/5)
●「みんなが馴染める町」とはよく言ったもので
短編映画の自主上映会を主題にしたのが半澤則吉さん(写真)の『キネマボーイズ』だ。自身も映画サークルで作品を制作していたのかと思いきや、内容はまったくのドフィクションで、映画は一度も撮ったことがないという。自分自身の経験も物語の中に織り込んでいる増山さんとは対照的に、半澤さんは実生活と距離を置いて書く人だった。小説家志望のライターという半澤さんの有り様も関係しているのかも知れない。
「短編を書くためにはキャラが立っている方がうまくいきます。ヒロインのマヨちゃんですが、ここまでキャラがうまく立てられたのは初めてなんですよ。キャラものとして上手くいきました。
本来は堅いものが書きたいんですが、今回は30分から1時間でサクッと読み切れる分量を意識しました。とは言え予定より字数が多くなってしまい、無理を言って写真を削ってもらっています」
2ヶ月程度で書き上げなくてはならないこともあり、半澤さんは書きためていた文章を読み返したという。そのなかにちょうどコーヒーに絡みものを見つけたため、冒頭の部分で流用しているそうだ。
「書き手三人の約束事として、『純喫茶エトアール』という店を必ず出す、というルールを作りました。最初のミーティングで『エトアール』は映画の上映もやる喫茶店、という設定になっています。エトアール商店会にはむかし映画館があったので、実際のお店と絡めて架空のシネマ・カフェを登場させる、という決めごとです。せっかくなので映画を前面に出そうとシネマ・カフェをフィーチャーしました。タイトルも増山さんの『天狗ガールズ』ありきで、ガールズとボーイズで対になっています」
ちなみに『純喫茶エトアール』は昨秋閉店したエトアール通りの「ポポロ」というスナックの外観と、阿佐ヶ谷の「よるのひるね(夜の午睡)」という「ときどき映画の上映もする古本カフェ」の特徴をミックスしているそうだ(ただし三人の間では、細かい部分まではイメージの共有が出来ていない様子だった。余談だが、増山さんと枡野さんはこの店で知り合ったという)。
ところで半澤さんがイメージする高円寺の特徴は、なんだろうか。
「『TSUTAYAがない町』ですね。むかしはあったんですが、閉店したんですよ。巨大チェーン店を駆逐する独特の雰囲気が高円寺らしさ。『そういうことじゃねえよ』という空気感。それが高円寺ですね。ユニクロもないんですよ。
それから若者だけじゃなくて、おじいさん、お婆さんもいること。僕の本に登場するそば屋の『信濃』とか増山さんの本に出てくる天麩羅屋の『天米』とか、超渋い老舗なんですよ。長年行き着けている中年や年配のお客さんたちが常連で、年をとっても居心地が良い。みんながなじめる町。そんなイメージですね」
「みんなが馴染める町」とはよく言ったもので、原宿ほどではないにせよ、高円寺を歩いていると他所では出来ない格好をしている人を見かけることがある。少々変わった人がいても後ろ指を指されない土地柄なのだ。だからダメ人間が住みつきやすい。『キネマボーイズ』を読んで思い浮かんだのは、筋肉少女帯の「踊るダメ人間」という歌だった。
高円寺と言えばバンドマンである。この町が音楽やサブカルの町になった直接の理由は、一昔前まで銭湯がたくさんあったことにある。風呂なしバンドマンにとって暮らしやすかったのだという(高円寺の銭湯はバンドマンだらけだったので「イカ天風呂」(みうらじゅん命名)とよばれていたそうだ)。
中央線にはクラシックの町・荻窪、ジャズの町・阿佐ヶ谷、ロックの町・高円寺という棲み分けがあるそうだが、しかしその一方で高円寺は文壇との絡みがほとんどない。そんな町で前代未聞のこんなプロジェクトが実現したなんて、考えてみたら不思議な話である。
「出版の仕事に携わっていると、編集が終わった仕事は過去の話、という感覚になってきますが、今回は自分の名前で出させていただく作品ということで読者からの反応は気になりました。残念ながら生の声はあまり聞けていませんが、著者献本が50部あったので友達や周囲の人には配りまくりました。今回は読みやすさを追求しているだけあって、反応が良いんですよ。配った内40〜50%の人はメールや電話で感想をくれます」
友人に褒められた箇所はあとがきを「5年後」と設定したことでうまく機能した部分だという。この作品はあとがきを上手く使った二重の入れ子構造になっているのだが、現実の店舗を舞台にしていることを踏まえ、あとがきには5年前にはなかった新しい店だけを登場させたのだという。
「取材のとき、いつ開店したのか訊いて廻ったんですよ。5年後の部分と整合性を持たせるためです」
反省点と言えるのは、増山さんの作品とリンクできると尚良かった、ということ。とはいえ『純喫茶エトアール』のメニュー「エトアール・オレ」はうまく引き継いでいる。増山さんによれば、この架空のメニューはエトアール通りのカフェ「meu nota(メウノータ)」の「桑の葉を使った飲み物」からインスピレーションを受けたのだという。「桑の葉」と聞いてもピンと来ない。人によって思い浮かべるイメージはちがう。そんな不思議な感じを出したかったそうだ。
現実の商店街とリンクした連作小説だけあって、聞けば聞くほどさまざまな仕掛けが隠されていることが明らかになり、読み捨ててしまうのはもったいないと思えてくる。高円寺好きな人だけが気づく地雷もありそうだ。現実世界とつよくつながった作品には、空想でこさえた作品とはちがう種類の深さがあるようだ。(5/5へ▶▶)
#高円寺 #半澤則吉 #高円寺エトアール物語 #インタビュー
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