カフェ本の記事

最近はこんな仕事もしています。
某カフェ本に掲載予定の記事。刊行は来年(!)の予定。まだ半年以上先という……。池袋の「cafe pause(カフェ・ポーズ)」の店長、高野さんのことを書いています。

このポストは諸々の事情により、消してしまうかも知れません。


「ここで働くのが好きなんですよ。仕事が多くてもちっとも苦じゃない。毎日すごく楽しいですね」
「カフェ・ポーズ」の店長・高野さんは幸せそうに語る。
「どこかで大きく成功してきた、というより、地道にささやかな成功を繰り返して今日まで来た、という感じですね」
 高野さんの「幸せそうな波動」が伝わった結果なのか、同店のお客様の滞在時間は長い。ときとして「勉強カフェ」と揶揄される所以である。二時間ごとのオーダーを原則としているが、促されるまでもなく追加オーダーを頼んで下さるマナーの良いお客様ばかりだ。それがまた良い方向に作用する。
 同店がオープンしたのは十一年前。元は印刷会社の事務所だったという古いビルの一階。その角部屋をカフェにしたのがはじまりだった。
 南池袋の大型書店「ジュンク堂」の脇から雑司ヶ谷方面へつづく「東通り」は、別名「おいしいものストリート」とよばれている。大通りから二本目の角を曲がるとそこが「ポーズ」だ。しかし開店当初の池袋はカフェ不毛の地だった。スターバックスなどのシアトル系カフェのブームが到来したのは、開店後一、二年してから。先行者利益というのだろうか、ネット検索すると、いまでも池袋エリアのカフェとして、高野さんの「ポーズ」は上位ランクに表示されるという。
「ポーズ」はこれみよがしなカッコ良さを追求していない。だから一瞥しただけでは、お店のこだわりは分かりづらい。そっけないくらいシンプルで、目を引くような仕掛けはなにもない。しかしそれが狙いなのだという。
「かわいい什器をおいてしまうと、絵画の邪魔になってしまうんですよ。あくまでもうちはギャラリー・カフェなので」。
 そう。ここはギャラリー・カフェなのだ。
 かつてはギャラリーらしさをもっと押し出していた。展示スペースとして値ごろ感を押し出していたため、展示利用の申し込みが多かった。しかし「店の片隅に作品を数点飾るだけ」などといった利用者が増えてきたため利用条件をきびしくした。その結果、現在は年間七〜八件の利用(一回につき展示は二週間)にとどまっている。
 逆に力を入れていきたいと考えているのは、アコースティックなライブ・イベントだ。高野さんはミュージシャンで、副業としてこの店で働き始めたのだった。今年でもう九年になる。愛用のサックスをこの店で吹き鳴らしたこともある。マイクレスだったにも関わらず、コンクリートの壁を打つ残響が気持ちよかったという。
「人を楽しませるのが好きなんです。エンターテイナーだと思って音楽をやってきましたが、フィールドがカフェになっても気持ちは変わりません。来てくれたお客様に満足して帰っていただきたいですね」
 店名の「ポーズ」は休止とか休憩の「ポーズ」。テレビゲームのプレイ中に一時停止ボタンを押すように、思考をカツッと切替えてゆっくりしていって欲しい、という意味が籠められている。
「ポーズ」では接客に手は抜かないが、お客さまとの距離を大事に考えて、過剰な接客は控えている。たとえば頻繁に水を注ぎ足したりはしない。口悪く言ってしまえばほったらかしなのだが、単独客にはその無関心に扱われている感じがちょうどいいのだ。
 ここで提供している軽食は、オーソドックスな喫茶店メニューである。日替わりランチや生パスタ、それにトースト類といたって普通だ。しかし、その分かりやすさこそ支持されている部分なのだ。
 この店の工夫やこだわりは、じつにさり気ないところで見つけられる。たとえばドリンクに入れる氷。製氷機でつくったりせず、氷屋さんの氷を使っているという。コーヒーに添える砂糖も一般的な角砂糖ではなく、固さや大きさに癖のあるフランスのペルーシュだ。カップ類も派手さこそないが、出てきた瞬間ささやかな面白みを感じさせてくれるものを選んでいる。そういう一歩引いた演出に力を込めているのだ。
 土日限定のタルトは手作りで、その日の気分にあわせてトッピングを決める。カクテルのベースとなるリキュールにも手を抜かず、いいお酒だけをつかう。エスプレッソマシーンはイタリアン・バールの伝統を継承するラ・チンバリー社製だ。
 高野さんが気を使っていることはほかにもある。スタッフが楽しそうに働いてくれることだ。ひじょうに優秀だった、という先代の店長の背中を思い出しつつ、働きやすい職場づくりに心を砕いている。現場に口出しせず、高野さんのやり方を尊重してくれるオーナーの信頼に応えることも忘れたくない。
「カフェ・ポーズ」に来ても特別なことは何も起こらない。店を出て帰宅の途につくとき、ずいぶん居心地が良かったことに、ふと気がつくだけなのだ。

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