見出し画像

中国の行政処罰法の改正について

 中国の改正行政処罰法(以下、「改正行政処罰法」という)は、2021年1月22日に可決され、2021年7月15日より施行されることとなる。今回の改正は、行政処罰法の施行から25年を経て初めて行われた抜本的な改正と言われており 、近年の行政法執行改革の重要な成果を、法律として定着させたと同時に、行政処罰における理論上と実務上の諸問題にも対応した内容となっている。
 以下では、本改正内容に基づき、日系現地法人がコンプライアンス制度の構築や社内コンプライアンス規定を整備する際に留意すべき点を整理する。

一. 行政処罰の定義と種類

(1) 行政処罰の定義の明確化
 現行の行政処罰法に行政処罰の定義はなく、典型的な行政処罰がいくつか列挙されているのみである。そのため、行政当局の管理・監督行為(例えば、市場参入の禁止や制限措置、信失墜行為に対する懲戒など)を行政処罰として扱うべきか否か、またどのように執行すべきか等につき、実務上の対応にばらつきがあった。
法執行機関である行政当局自体が、行政処罰を正しく認識していないことにより生じていた様々な問題に対応するため、改正行政処罰法第2条で行政処罰を定義した。同条によれば、行政処罰とは、行政機関が法に基づき、行政管理秩序に違反した公民、法人またはその他の組織に対し、権利・利益の減損または義務の増加により懲戒を与える行為を指す、とある。このように、行政処罰の定義が明確にされたことから、今後はより適切な法執行が期待される。

(2) 行政処罰の種類の追加
 上記(1)と関連して、改正行政処罰法は、実務上でよく見受けられていた処罰を、行政処罰として明記した。具体的には、下表太字部分を参照されたい。当該修正により、かかる処罰は、行政処罰法に基づき行われること、また行政不服申立や行政訴訟の救済対象となることが明確になった。

現行行政処罰法第8条 

(1) 警告
(2) 過料
(3) 違法所得の没収、不法財物の没収
(4) 生産停止・営業停止の命令
(5) 許可証の暫時没収または取消、免許の暫時没収または取消
(6) 行政拘留
(7) 法律、行政法規が定めるその他の行政処罰

改正行政処罰法第9条

(1) 警告、公示批判(中国語:通報批評)
(2) 過料
(3) 許認可証書の暫時没収、資格等級の降格、違法所得の没収、不法財物の没収
(4) 生産・経営活動への制限、生産停止・営業停止の命令、会社閉鎖の命令、業界への参入制限
(5) 許可証の暫時没収または取消、免許の暫時没収または取消
(6) 行政拘留
(7) 法律、行政法規が定めるその他の行政処罰

なお、上記の「公示批判」は、違法行為として世間一般に知られるため(公示される)、企業イメージに悪影響を与えるおそれがある。また、「資格等級の降格」は、主に施工や設計など、資格の等級が事業内容に直接影響する業界に適用すると考えられる。

二. 行政処罰の罰則の改善

(1) 軽減事由の追加
 改正行政処罰法 第32条に、行政処罰法上の自主的報告制度が新設されており、同条3号には、行政機関が把握していない違法行為を自主的に通報した場合は、減罰か、軽罰基準に従い処罰すると定めている。これは刑法上の自首制度に類似する制度である。つまり、企業が違法行為を起こしても、迅速に社内調査を行い、自主的に法執行機関へ報告することで、処罰の軽減化が期待できるのである。
なお、同条2号では、第三者に勧誘されて行った違法行為は、減軽事由にあたると規定している。

(2) 免除事由の追加
 改正行政処罰法第33条1項には、被害の軽微な違法行為で、かつ遅滞なく是正された場合は、処罰の免除事由とする旨が追加された。これにより企業は、初犯であれば、法執行機関から調査を受けても、積極的に是正し、被害を最小限に抑えることに取り組むことで、処罰を免れることが可能である。
この方法は、近年、各地で既に試行されており、北京や上海では行政処罰の免除が可能な軽微な違法行為のリストも公表している。
 しかし、同条2項は、「当事者に故意・過失がないことを証明するに足る証拠を有する場合、処罰を与えない。」と定めていることから、当事者が処罰を受けないためには、自ら証拠を提出し、故意・過失がないことを証明しなければならない点に留意が必要である。
実務上は、ケースバイケースで判断されることになると予想するが、企業は、予め社内のコンプライアンス体制を整備し、厳守し、実行することで、後々重要な証拠にできると思われる。

(3) 公平性の向上
 現行行政処罰法第24条は、当事者の違法行為一件あたり、二回以上の過料を科してはならない旨定めている。実務上では、同一の違法行為が複数の法律に違反した場合に二回以上の過料を科することができるか否かについて、異なる意見が見受けられていた。
これに対し、改正行政処罰法第29条は、「同一の違法行為が複数の法律規範に違反し、過料を科すべきである場合には、過料の金額が高い規定に従い処罰を与える。」とし、当事者が重複して処罰を受けることのないよう定めている。
 改正行政処罰法第37条は、「行政処罰を与えるときに、違法行為発生時の法律、法規、規則の規定を適用する。ただし、行政処罰の決定を下すときに、法律、法規、規則が改正され、または廃止され、かつ新たな規定に基づく処罰のほうが軽い、または新たな規定に基づき違法ではないと認められる場合、新たな規定を適用する。」と定めている。当該原則は、実務上でも広く認められており、最高人民法院公布の「行政案件の審理に適用する法律規範問題に関する座談会の議事録」(法[2004]96号)にも含まれている。
改正行政処罰法は、当該原則を初めて法律として定着させた。
 改正行政処罰法第34条は、「行政機関は、法に基づき行政処罰裁量基準を制定し、公正に行政処罰裁量権を行使することができる。行政処罰裁量基準は、社会に公表しなければならない。」と定めており、より透明度の高い法執行が確保され、当事者の合法的な権利・利益の保護が促進されると考える。

(4) 特定違法行為の訴追期限の延長
 現行行政処罰法第29条は、「違法行為が2年以内に発覚しなかった場合、行政処罰を与えない。法律に別途規定がある場合は、この限りでない。」と定めている。
改正行政処罰法第36条は、公民の生命健康安全および金融安全に関わるもので、かつ被害をもたらした場合は、上記の期間を2年から5年に延長すると定めている。この“生命健康安全と金融安全”について定義はないが、“生命健康安全”とは、医療、衛生、食品、薬品、環境などの分野に関わり、“金融安全”は銀行、証券などの分野に関わると考えられる。
関連分野に携わる企業は、コンプライアンス体制をさらに慎重に整え、調査などを受けたときに充分な証拠を提出できるよう、関連文書などを少なくとも5年以上保存する対策が必要と考える。

(5) 違法所得の定義と没収の範囲
改正行政処罰法第28条2項は、「当事者に違法所得がある場合、法により返却・賠償しなければならないものを除き、没収しなければならない。違法所得とは、違法行為を実施したことにより得た金額を指す。法律、行政法規、部門規則が違法所得の計算について別途規定がある場合、その規定に従う。」と定めている。
当該規定によれば、別途規定の有無にかかわらず、違法所得の没収はすべての行政違法行為に適用されることとなる。違法所得については、従来と同じく全ての収入を対象とするのか、それとも利益のみ(経費は控除する)が対象であるのか見解に相違があったが、本改正で、全ての収入が違法所得であると明確にされた。この点は、実務上でも、大きな影響を与えると思われ、特に留意が必要である。

三. 行政処罰の手続の改善

(1) 処理期限の明確化
改正行政処罰法第60条は、「行政機関は行政処罰事件の立案日から90日以内に、行政処罰決定を下さなければならない。」と定めている。
現行行政処罰法には、行政処罰の処理期限に関する規定はなかった。実際、一部の事件では、調査が長期間にわたり、解決が長引き、当事者の生産・経営活動に影響を及ぼしている。本改正で、事件処理の期限が明文化されたことから、行政機関による処理の長期化の阻止が期待できる。

(2) 事前告知の内容の拡大
 現行行政処罰法第41条は、行政機関とその法執行人員は行政処罰を下す前に、行政処罰の決定が基づく事実、理由及び根拠を告知しなければならないとしているが、処罰の具体的な内容を告知する義務はない。
実務上、一部の行政機関が行政処罰の具体的な内容を告知しないことにより、当事者は弁明や権利保護の機会を失うなどしており、不利な影響を被っている。この問題に対応するため、改正行政処罰法第62条は、行政機関とその法執行人員に、「行政処罰の決定に基づく事実、理由及び根拠」に加え、処罰内容の告知も義務付けた。

(3) 聴聞手続きの改善
 改正行政処罰法第63条は、聴聞手続きの適用範囲を拡大した。
同条は、決定を下す前に聴聞手続を行わなければならない罰として、比較的高額な違法所得の没収、高額不法財物の没収、資格等級の降格、会社閉鎖の命令、業界への参入制限などの比較的重い行政処罰を追加している。
また、改正行政処罰法第65条は、行政機関は聴聞の記録に基づいた決定を下さなければならないと定めている。これは、聴聞記録の重要性を強調し、一部行政機関の聴聞手続きが形骸化していることを牽制するものである。
当該改正は、当事者の合法的な権利・利益を保護する点で重要な意義があると考える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?