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COVID-19時代におけるBTS――「Dynamite」「Butter」「Permission to Dance」

 2020年、新型コロナウイルスのさなかにリリースされたBTS「Dynamite」にはたいへん勇気づけられた。「Dynamite」のMVを最初に観たとき、いかにも2020年的な80年代リヴァイバルの流れを感じた。ジョン・トラボルタのポーズがなされ、これから80年代が始まろうという熱気に満ちたディスコの時代が演じられる。とは言え、そのパステルカラーに満ちた世界は、ヴェイパーウェイヴ~フューチャーファンクを通過したうえで見出された80年代でもあり、それはアメリカ白人的なノスタルジーが入ったものにも思える。オルタナ右翼の評論家、リチャード・スペンサーは、「オルタナ右翼は80年代への回顧に魅了されている、それというのも80年代こそは穏やかな日々、すなわち白人のアメリカの最期の日々だったからだ」(木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義』星海社新書からの孫引き)と述べているという。
「Dynamite」におけるドーナツやアイスクリームのモティーフは古き良きアメリカの姿を示しており、アメリカのネットカルチャーの文脈からすれば、「Dynamite」のMVは、ドナルド・トランプ支持者による「Trumpwave」やマイク・ディーヴァ(マイク歌姫)のKawaiiカルチャーとも親和性の高いと言えるかもしれない。

 他方、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞を獲得した当時の雰囲気からは、人種的多様性の観点から東アジアの作品を積極的に認めていこうとする気運も感じられた。大和田俊之さんは、「アジア系」の「分かりやすさと新しさの配分がイメージ/ステレオタイプの再生産と書き換えを通して」、BTSをはじめとする「エイジアン・インヴェンジョン」現象を支えたことを論じている(『アメリカ音楽の新しい地図』筑摩書房)。こうしてみると、韓国のグループにもかかわらずアメリカをまるごと示しているようにも思えるが、いずれにせよ実感としては、BTSは韓国という以上に世界的なポップスとして2020年を代表しているようだった。
 2021年の年末、ラジオで浅田彰氏によるBTS特集(『Radio Sakamoto』の坂本龍一代打)、細馬宏通さん・安田謙一さんによる『しりすぎてるうた』のBTS「Dynamite」特集が放送され、年末年始をかけてまたBTSを聴いていた。とくに、『しりすぎてるうた』の「Dynamite」分析にはいろいろと啓発されるところが多く、その後にリリースされた英語曲である「Butter」「Permission to Dance」まで、自分のなかでつながっていくものがあった。

暗い時代を明るく照らす――「Dynamite」

NHK-FMで放送された『しりすぎてるうた』は、「Dynamite」について話すにあたって、小林旭「ダイナマイトが百五十屯」からスタートしたが、そういえば壮士演歌の先駆に、民権派の壮士からなる青年倶楽部の「ダイナマイト節」というものがあった。自由党のスローガンである「国民民福増進して民力休養せ」という一節を歌い、「もしもならなきゃダイナマイトどん!」と展開する。

 このように「ダイナマイト」は壊すものとして用いられることが多いのだが、細馬さん・安田さんによれば、BTSにおける「Dynamite」は明るく照らすものとして歌われている。なるほど。さらに「なるほど!」と思ったのは、「Dynamite」が「dy【dai】」「mi【mai】」というふたつの【ai】音からなっている、ということ。以下、『しりすぎてるうた』での分析を整理するかたちで書いていきたい。サビ始まりの「Dynamite」は、以下のような歌詞で開始する。

'Cause ah, ah, I'm in the stars tonight
今夜僕は星の中にいるから
So watch me bring the fire and set the night alight
だから僕の火花で夜を照らすのを見ていて

 サビ(フック)になると、この部分が「like dynamite」という言葉に収斂していくので、なかば必然的に「tonight」「night alight」は【ai】音でライミングされることになる。ということで、曲中の【ai】音を拾っていくと次のとおり。

「I」「tonight」「fire」「night」「alight」「life」「Shining」「diamond」

 これらの語を音韻的に結びつけるのが「dynamite」という語である。和歌の掛詞的な発想だと、これら同じ韻の語群は曲中のなかで縁をもつので、つまり、これらすべてが音韻的に「like dynamite」(dynamiteのようだ)ということになるのだ。こうして、言わば「ダイナマイト(dynamite)の火(fire)を用いて、夜(tonight, night)を照らし(light, alight)、輝かせる(shining)。それが僕(I, my)の人生(life)である」といった主題が音韻的に明確化される。リリース時の「新型コロナウイルス感染症でつらい思いをしている人と元気づけたい」というコメントとあわせて考えると、暗い時代を明るく照らすこの主題は、より重要なものに思える。
 では、暗い夜を明るく照らすものとしてダイナマイトのようなもの(like dynamite)があるとして、それは具体的になんなのか。フックの部分は次のように展開する。

Shining through the city with a little funk and soul
ファンクとソウルでこの街を照らす
So I'ma light it up like dynamite, woah
だから輝かせるよダイナマイトのように

「明るく照らす」のは、具体的には「funk and soul」によってである。つまり、ディスコ調のこの曲自体が「明るく照らす」ものなのだ。さらに、これはこれまでもたびたび指摘があったが、次のような一節にも出くわす。

Word up talk the talk just move like we off the wall
言葉はいらない 狂ったように踊るだけ

 この「言葉はいらない、踊るだけでいいのさ」というメッセージは、BTSにおいてしばしば歌われるものである。「off the wall」は「型破り」みたいな意味だが、もちろんここにはマイケル・ジャクソンの名盤・名曲の名前がかかっている。つまり、この一節には「言葉はいらない マイケル・ジャクソンのように踊るだけ」という意味が含まれている。ちなみに『しりすぎてるうた』では、冒頭のジョングクのヴォーカルの「rolling stone」「LeBorn」あたりの発音(「ッア」と息が抜ける感じ)がマイケル・ジャクソンに類似的だということが指摘されており、これはとても面白かった。
 以上、『しりすぎてるうた』の内容を自分の文脈で整理したが、この刺激的な放送を聴いたのち、いろいろと自分のなかでストーリー化されていった。

BTSからマイケル・ジャクソンへ――「Butter」

 ブルーノ・マーズを思わせるファンク・ディスコである「Butter」は次のように始まる。

Smooth like butter Like a criminal undercover
バターのようななめらかさ 悪党の偽装調査のように
Gon’ pop like trouble Breakin’ into your heart like that
ゴンとトラブルのように跳ね上がる そんな君の心にこっそりと入り込んで

 歌詞の内容は、「バターのようになめらかに君の心に入り込んで君を踊らせるのさ」というものだ。しかし、ここでバターのようになめらかに滑りこまされているのは、「smooth」「criminal」という2語である、と言うべきだ。「Smooth Criminal」はもちろん、マイケル・ジャクソンの曲名である。したがって、ここには明確にマイケル・ジャクソンが意識されており、このイントロ部では、この曲がマイケル・ジャクソンを隠している(undercover)ことが示されている。「Dynamite」におけるマイケル・ジャクソンへの目配せを思い出せばなおさらだ。
 この露骨とも思えるマイケルへの意識づけから始まると、「Butter」中のあらゆる言葉がマイケルの記憶と結ばれる。「I look in the mirror」には「Man in the Mirror」が、「High like the moon rock with me baby」にはムーンウォークと「Rock with You」が、それぞれ思い出される。そうなると、もはや「beat」は「Beat it」で「bad」は「BAD」なのか、と思いたくなる(ちなみに、Usherも登場する)。
 とくに、これまたマイケルのようなヴォーカルで歌われるフックにあたる部分で、「スーパースター」という言葉とともに出てくる「mirror(鏡)」「rock with me」というモティーフは重要だ。

Oh when I look in the mirror I’ll melt your heart into 2
Oh 僕が鏡を見る時  君の心を二つに溶かして
I got that superstar glow so Do the boogie like
スーパースターのような眩しすぎるほど輝くから 同じように動いてみて

 引用を交えた表現を読み解く基本にのっとって、引用元の主題を参照してみよう。「I gonna make a change」という一節から始まるマイケル・ジャクソンの「Man in the Mirror」は、おおざっぱに言うと「鏡のなかの自分から変えていこう」という曲。そして、フックが「I wanna rock with you (Alright), Dance you into the day (sunlight)」という「Rock with You」は、「一緒に踊ろう」というパーティーソング。だとすれば「Butter」には、「自分を変えて一緒に踊ろう」という主題が潜在していると言える。しかも、鏡がはさまっているので、「Do the boogie like」と呼びかける主体/呼びかけられる主体が同一(ともに自分)である、というやや複雑な構造がある。すなわち、「Rock with You」=「Rock with Me」――ここには、君と僕が「鏡」をはさんでイコールで結ばれる構造があるのだ。
 実際、MVではBTSがBTSに呼びかけられて踊るような構成になっている。とくに3ヴァースめ、ジャージで歌い踊る姿は、下積み・練習生時代のころに戻ったような演出で、「No ice on my wrist I'm that n-ice guy(僕の手首はキラキラしてないけど/僕はいつだってイケてる男さ)」という歌詞から考えても、「スーパースター」以前のBTSを回想しているかのようである。加えて言えば、ここでのラップがトラップ以前のパーティーラップ風(Naughty By Nature「Hip Hop Hooray」を思い出すが、他にもありそう)であることも、BTSがアマチュア時代である印象を抱かせる。浅田彰は『Radio Sakamoto』の放送で、この部分について「世界のトップスターとか言われているけど、実際は田舎の高校で踊っていたときと変わんないんだよ、という感じ。それがかっこいい」と話している。「Butter」の3ヴァースめは、音楽評論家のキム・ヨンデが言うような「つねに音楽を自分たちのものであると意識し、成長を続けるBTSのアイデンティティは、決して揺らいでない」(『BTSを読む』柏書房)姿勢を打ち出しているのだ。
 スーツできらびやかにキメた現在のBTSが、アマチュア時代のBTSに向かって「Get it, let it roll(さあ始めようか)」と呼びかけている。マイケル・ジャクソンのようになりたかったアマチュア時代に向けて。なんと巧みな成長物語の演出か。言わば、マイケル・ジャクソンのように「スーパースター」になった未来のBTSが、下積み時代のBTSに向けて激励をしているかたちなのだ。さらに言えば、「Got ARMY right behind us when we say so(僕たちがそう言えば すぐ後ろにはARMYがいる)」とも歌われるので、この「一緒に踊ろう」のメッセージは、BTSのような「スーパースター」を目指していままさに踊っているファン(ARMY)にも向けられているとも取れる。「スーパースター」らしいメッセージ!

COVID-19時代にダンスすること――「Permission to Dance」

「Permission to Dance」のMVの冒頭は、マスクをしたカフェの女性店員がバターののったパンケーキをもつところから始まる。この冒頭において、COVID-19のことが強烈に意識される。その他、BTS以外の人たちは途中までみんなマスクをしている。2020年以降、わたしたちは好き勝手に会話することもままならない時代を生きている。
 ポップス(POPS)とはなにか。それは、大衆的な(poplar)音楽であるとともに、お菓子のように気軽な、子どもから大人まで楽しめる消費物でもある。口のなかでパチパチと弾ける綿菓子とかキャンディとかがあるが、あの「パチパチ」というオノパトペが「pop, pop!」ということだ。ポップコーンの「ポップ」である。

図1
図2

 この「お菓子」のニュアンスは日本語だとイメージしづらいかもしれないけど、よく考えると、日本でも使用されるものでも「キャンディ・ポップ」「バブルガム・ポップ」「ドーナツ盤」といったお菓子の比喩で成立しているポピュラー音楽の用語もある。菊地成孔・大谷能生も、この観点からアメリカ音楽を考えている。

ビルボードは、音楽産業の中から出て来た会社ではありません。そもそもサーカスや移動遊園地の情報を紹介するマガジンであり、そういった場所で売れるガムボール――コインを入れて一個ずつ買うチューインガム――のフレイヴァー別の売上数を集計するノウハウを持ち、そのノウハウをそのままシングル盤のジュークボックスでのカウントに使ったのを皮切りに、現在の「音楽商品実力の判定」という役割を確立して行ったのです。
 レコード音楽がそもそも玩具であるというテーゼについて、その原理的な話はしてきた通りですが、「ビルボードがその売り上げをカウントする」という、現在まで続くスタイルの確立により、それが玩具や駄菓子であることがここで駄目押し的に決定づけられたと言って良いでしょう。ドーナツ盤、キャンディポップといった名称には、その余韻が働いています。(『アフロ・ディズニー』文藝春秋)

「Dynamite」のMVに感銘を受けたのは、パステルカラーもさることながらドーナツとアイスクリームがくり返し登場するからだった。BTSは本気でアメリカの「お菓子」であろうとしているのだとな、と思った。そう思ったら、次の英語曲は「Butter」というタイトルでパンケーキにバターとハチミツがかかっていた。だとすれば、「Permission to Dance」冒頭のマスクとパンケーキの組み合わせは、なんと切ないものだろう! マスクをしていては、歌も歌えないしお菓子も食べられないのではないか。「Permission to Dance」はそんな状況にこたえた曲である。フックは次のように歌われる。

I wanna dance The music’s got me going
踊りたい 音楽が僕を動かす
Ain’t nothing that can stop how we move Yeah
何も僕たちを止めることはできない

なにが「僕たちを止め」ようとするのだろうか。2ヴァースめには「There’s always something that’s standing in the way(いつも邪魔する何かがある)」とあるが、なにが「邪魔する」のだろう。これは抽象的な話ではない。ひじょうに具体的に、COVID-19に覆われた社会が、歌うことや踊ることを「邪魔」するのだ。マスクから始まるこの曲は、フェスやライヴができない、もっと言えば仲間どうしで歌い踊ることができない現状を歌っているようだ。フックは次のように展開する。

We don’t need to worry
僕たちは心配なんていらない
‘Cause when we fall,we know how to land
落ちてもどう着陸すればいいか 知っているから
Don’t need to talk the talk
言葉はいらない
Just walk the walk tonight
今宵を楽しもう
‘Cause we don’t need Permission to Dance
僕たちが踊るのに 許可はいらないのだから

 注目すべきは、リズムが変わって「talk the talk」と歌われる部分。この表現に聞き覚えがある。そう、「Dynamite」で「Off the Wall」が登場したあの部分である。

Word up talk the talk just move like we off the wall
言葉はいらない 狂ったように踊るだけ(「Dynamite」)

「talk the talk」の直前には「Word up」とある。ヒップホップでもおなじみのフレーズだが、「言葉はいらない」という意味である。このとき、「talk the talk」「word up」の縁語として機能している。だとすれば、「Permission to Dance」では、「Dynamite」にもある「言葉はいらないから踊ろうよ」というモティーフが「talk the talk」の流用を通じて、主題として全面化されていると言える。
 MVでは手話を用いたダンスが披露されているので、この「言葉はいらない」の主題には、耳が聞こえない人や話ができない人に向けられたメッセージも含意されているだろう。しかし、MV全体の展開からすると、違う意味合いも見えてくる。
「Permission to Dance」のフック部分をもう一度見てみよう。「talk the talk」は、続く「walk the walk」で韻が踏まれている。「talk the talk and walk the walk」というのは慣用表現で、「言葉にして実行する」みたいな意味である。日本語で言えば、「有言実行」と同様の意味だ。しかし、ここは否定形の入った「don’t need to talk the talk(言葉はいらない)」なので、「有言実行」ならぬ「無言実行」といったところか。そして、フック部分の最後、この「実行」にあたる部分に「dance」が代入される。すなわち、「言葉は不要だからダンスをしよう。ダンスに許可(permisssion)はいらないんだ」と。
 つまり、こういうことだ。このCOVID-19に覆われた社会において、たしかに「talk the talk」には「許可(permission)」が必要になってしまった。でも、「Dynamite」でも「word up」と歌っていたように「言葉はいらない(don’t need to talk the talk)」なのだ。だから、踊ればいいんだ(just walk the walk)。だって、「僕たちが踊るのに 許可はいらないのだから(‘Cause we don’t need Permission to Dance)」
「we don’t need」というフレーズは反復されながら、「言葉はいらない」「ダンスの許可もいらない」とふたつのメッセージを提示する。このふたつのメッセージを受けて、MVの後半ではみんながマスクを取ってダンスを始める。「Permission to Dance」のハイライトは、やはりみんながマスクを取る瞬間だろう。一時的にでもCOVID-19から解放されよう。だって、「We don't need to talk the talk」なのだから。「Just walk the walk tonight」――2020年から2021年を通じて、暗い夜が明るく照らされるように、BTSの曲に少なからず元気づけられた。

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