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トランジッションデザインを使った東京都民のための循環型ファッション廃棄プロジェクト#1

この記事は、2023年6月から11月にかけて行われた、サービスデザイン修士課程の卒業プロジェクトの概要について説明するものです。トランジッションデザインの方法論は一つではなく、本事例はあくまでも一例になります。


プロジェクト概要

本プロジェクトはサービスデザイン修士課程の個人の卒業制作として、「東京都民のための循環型衣類の手放し方」について、都市の歴史「江戸」の再解釈と多様な人々との共同デザインを通じた、トランジッションデザインのプロジェクトです。

なぜ「ファッション廃棄」と「トランジッションデザイン」?

世の中では、ユニクロの古着販売を始め、多くの企業がサーキュラーファッションのサービスを開発しているが、衣類の循環型廃棄は未だにスタンダードとは言えない

実際、日本人の6割が「サステナブルファッションに興味がある」と回答するも、実際に衣類廃棄を循環型な方法(リサイクル、古着など)で実施しているのは3割にとどまっているというデータがあります。(環境省、2023) 

そこで、多くのサービスがあるにもかかわらず、なぜサーキュラーなファッション廃棄はスタンダードにならないのか?と考えました。

いくつかのリサーチを通じて、(ファスト)ファッションのビジネス構造や衣服自体の製品特性がこの難しい状況を作っており、1つの解決策では状況打開が難しいと判明しました。そのため、本プロジェクトでは、単一な解決策(サービス)をつくるのではなく、システムレベルでの変革を起こすためのトランジッションデザインを活用し、社会変革のための戦略・移行経路の設計することを意図しました。

さらに、江戸時代の東京は循環型廃棄の仕組みが構築されていた。しかし、鎖国の終焉、近代化、大量生産・消費化に伴い、その循環型の仕組みが現代の東京では消えてしまった。 そこで、もし、江戸の文化を現代で再解釈したらどうなるだろうか?と考えました。

トランジッションデザイン?

トランジッションデザインについての細かい説明については別の記事で説明したいと思いますが、そのひとつの目的は、単一の解決策を発明するのではなく、短・中・長期的な解決策群を意図的に実行することで、より「望ましい未来」への移行を実現することです(Irwin, 2015)。

トランジションデザインの定義と同様に、私のプロジェクトも、多くの組織が取り組んでいるような循環型のファッション廃棄のための単一の解決策を生み出すのではなく、「問題の文脈の中で創発的な可能性を探し、すでに進行中の草の根的な解決策を増幅させる(Irwin, et al, 2020, p.56)」ことによって、社会・市民の価値観やシステムの変化にアプローチしたいと考えています。

Irwin, et al, (2020) が説明するように、トランジションデザインは多様な学問領域を取り入れます。このプロジェクトでは、主に以下のような考えを採用しようと考えています。

Indigenous Wisdom (Slow knowledge)
「産業革命以前の先住民社会は、その土地に根ざし、その土地の文化に埋め込まれた『スローナレッジ』(Orr, 2004; Papanek, 1995)によって、何世代にもわたってその土地で持続可能な生活を営んできました。トランジションデザイナーは、こうしたデザインへのアプローチや自然環境との共生関係から学ぶべきことが多い(Irwin, et al, 2020, p.48)」。私のプロジェクトは、循環型廃棄物都市「江戸」を現代の文脈に再解釈するものです。

Cosmopolitan Localism
コスモポリタン・ローカリズムとは、地域に根ざしたコミュニティが地域や世界を超えてつながり、資源や知識を共有すること。地域の生態系やコミュニティ、文化の多様性に害を与えることの多いグローバリゼーションに代わるものです。このコンセプトは21世紀の邪悪な問題に対する包括的な解決策を提供し、人類と地球のために地域コミュニティとグローバル・コミュニティの結束を提唱しています(Kossoff, 2019, p.52)。ファッション廃棄の邪悪な問題に対処するために、私のプロジェクトはこの概念を含んでいます。

Pluriverse design
欧米で開発されたアプローチであるTransition Designを東洋の文脈にローカライズするために、コラボレーションとその土地独自の手法を重視する自律的なデザインを提唱する'Pluriverse design' (Escobar, 2018)を用い、東京都民と共同デザインすることで、私のバイアスを減らしながら、よりローカライズされたプロジェクトにしました。

Transdisciplinary approach through co-design
SandersとStappers (2008)は、共同デザイン(コデザイン)とはデザイナーと非デザイナーがデザイン開発において協力することであると述べています。共同デザインでは、これまでの伝統的な役割に囚われることなく、個々人に「生活の経験者・達人」としての地位を与えます。望ましい未来を探求するために、誰もが自身の生活経験に基づいた専門家であるという理解に基づき、私は様々な分野の専門家と共同デザインを行いました。


上記を踏まえ、私のプロジェクトは以下の問いから始まりました。

どうしたら都市の歴史(江戸)から学び、
サーキュラーなファッション廃棄実践への行動移行を
東京都民と共創できるだろうか。


プロジェクトの大まかな流れ

今回はトランジッションデザインを使って、望ましい未来に向けた移行計画を立てた後、計画した短期移行を実現するためのサービスを設計しました(サービスデザイン)。

もう少し具体的にお伝えすると、
1.個人のファッション廃棄とサーキュラリティを取り巻く現状を理解し、妥当な「介入点」を特定する →2.その介入点に至った歴史的背景・メンタルモデルの変化・違いを探索する →3.その過去の価値観を持ち込んだ、望ましい未来のビジョニング共創・それを実現させるための短中長期でのバックキャスティングと介入施策立案(ここまでトランジッションデザイン) →4.移行計画を実現させるための短期サービスの開発・提供(サービスデザインの手法をメインに使用)

プロジェクトのスケジュール。1.現在の把握、2.過去から学ぶ、3.未来ビジョニングと移行計画策定(バックキャスティング)、4.移行計画実現のためのサービスづくり

今回は都民にとって望ましいサーキュラーなファッション廃棄の未来を考えたかったので、都民の方(厳密には首都圏民)と共創や専門家からのフィードバックのプロセスを入れています。

計30名以上の国内外の方にご協力いただきました

実際のプロセス

1. プライマリーリサーチ

Who:だれがこの問題に関わっているのか?関係者間で合意できるところとできないところを明らかにする。何がそれを阻んでいるのか。

インタビューやデスクトップリサーチを踏まえて、ステークホルダーマップを策定。彼らの「希望・欲求」と「恐怖・懸念」を可視化し、関係者間で合意できるところ、対立する項目を特定。そこから、地図上の全ステークホルダーは、循環型ファッションに関心を持っているが、資本主義によって形成された現在のビジネスモデルや社会構造によって実現が困難となっていることが判明した。


2. 厄介な問題のマッピング

Where: このサーキュラーなファッション廃棄を妨げている現状をマッピングし、どこが介入可能性があるのかを理解する。

地図上で問題解決のツボとなりうるポイントは、「ファストファッションの台頭による衣料品の価値低下」へアプローチすることです。都民のファストファッションの価値低下によって、気軽にゴミとして廃棄され、サーキュラーな廃棄方法が面倒に感じる状況につながります。一方で、ゴミ処理としても人件費の高騰や海外での廃棄物への輸入規制などで逼迫した状況となっており、ここにアプローチするためには市民側での適切なリサイクルが必須になっています。

3. Multi Level Perspective (MLP)

What: 「衣服の価値低下」の根本原因を、過去から現代社会を3層(社会、都市、個人レベル)に分けて振り返り、探ること。

私はMLPを用いて、過去の江戸時代から現在に至るまでの時間軸、社会・地域・個人のレベルで価値観の変遷を追うことで、このファッション廃棄に対する認識を変えた理由を探りました。都民との共創プロセスを経て、MLPをまとめました。ここで分かったのは、「大量生産・消費により、人々は不要になった衣類を、新たに価値を与えるべく『手放す』のではなく、価値のないものとして『処分する』という価値観に変化した」ことです。

4. 因果階層分析(Causal layered analysis)

Why: 江戸と比較しながら、問題の根本原因となる価値観はどのように生まれたのかを探る。変革のキーワードとは?

江戸では、資源がなかったため、思慮深さ・こだわりや不完全さ・質素さを価値とする「粋」の文化が生まれました。一方、大量生産・消費の現代では、物質的に新しいもの、完璧なものが価値あるものとみなされます。さらに、未来に眼を向けると2050年には日本の埋立地が利用可能な限界に達する可能性があるなど、将来的に廃棄が不可能になる未来の兆しがあります。東京都民は近い将来、ファッション廃棄に対して「粋」の価値観を持つことでこの未来に適応出来るかもしれないと考えました。

もし2050年、東京でゴミが気軽に捨てられなくなり、
「粋」な循環型の服の廃棄が求められるようになったら?

5. 未来構想ワークショップ

What:ゴミが気軽に捨てられなくなった2050年の東京で、過去の価値観を活用した望ましい未来の社会のようすを描く。

上記の問いを元に、具体的にどのような未来になりそうかを都民と共創するワークショップを実施しました。その10名の参加者の共通する概念として見えてきたのが「地域の人・環境と共に暮らす」という未来像でした。

6. 介入施策 策定

When: 共創した望ましい未来のシナリオに到達するための、短中長期でのバックキャスティングを行う。いつどのようなサービス(介入施策)があれば、それは実現できるのか?

ワークショップでは、X軸に日常生活の領域 (Domains of Everyday Life, Kosfoff, 2015)とY軸にPESTLE分析のフレームワークを活用した介入施策策定のマップを用いて、その社会を実現するために、どのようなサービス・介入施策が5,15,30年単位で社会に必要かをマッピングしました。その後「メモリーウエア」という服に洋服についての記録を残すサービスが最も多くの参加者にとって望ましいコンセプトと判明し、そのコンセプトをベースに、次のステップでは、2050年の望ましい未来実現のための短期介入点としてのサービスのプロトタイピングを行いました。

7. プロトタイプ

How: 短期の移行計画を実現するためのサービスをつくるためにプロトタイプを作り、フィードバックをもらい、改善する。

プロトタイピングやストーリーボードを用いたサービスの3バージョンのテストを通じて、業界専門家からはビジネスの側面から、想定ステークホルダーからはサービスのコンテンツについてフィードバックをもらい、サービスのアップデートを行いました。

アウトプットについては記事で紹介します。


参考文献

Bureau of Environment (2018). 新海面処分場の埋立終了後、ごみはどこに埋め立てるのですか。|東京都環境局-Where will the waste be landfilled after the new offshore disposal site is finished? |Bureau of Environment, Tokyo Metropolitan Government. [online] www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp. Available at: https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/faq/resource/chubou/rekishi/answer_01_07.html [Accessed 15 Nov. 2023].

Jones, P. and Ael, K. van (2022). Design Journeys through Complex Systems : Practice Tools for Systemic Design. Amsterdam: Bis Publishers.

Kamihira, T. (2020). コ・デザイン —デザインすることをみんなの手に-Co-Design - putting designing in everyone’s hands. Tokyo: NTT publisher.

Ministry of the Environment, Government of Japan (2023). 環境省_サステナブルファッション-Ministry of the Environment_Sustainable Fashion. [online] Ministry of the Environment. Available at: https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/ [Accessed 15 Nov. 2023].

Systemic Design Toolkit (2021). Systemic Design Toolkit. [online] Systemicdesigntoolkit.org. Available at: https://www.systemicdesigntoolkit.org/.

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