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文化の壁があったとき。漫画 「音盤紀行」とカウンターカルチャー

レコードから辿る物語「音盤紀行」 

NETFLIX、Amazon Prime Video、Spotify、月額数千円も払えばあらゆるメディアコンテンツにアクセスできる時代。タブレットのアプリをタップすれば、世界中で作られた作品を選び、好きな時間にチョコレートとコーヒーを片手に楽しむことができる。

国境を越えるのはハードルが高いが、メディアコンテンツであれば簡単に国を超えることが当たり前。そんな毎日を暮らしているため、気にならなかったのだが、どうやら数十年前まで異文化のコンテンツを楽しむにも苦労があったらしい。

青騎士からでている「音盤紀行」のとあるエピソードが、文化の壁が存在したことを僕に気づかせてくれた。青騎士という名前に聞き覚えがない人のために紹介すると、青騎士はコミックレーベルの名前だ。ハルタコミックスからスピンアウトして最近できたブランドで、ハルタコミックスは風景や情景描写が繊細で、背景設定もよく出来ている僕の好きなコミックスのひとつでもある。

「 音盤紀行 」 毛塚了一郎 青騎士コミックス

そんな青騎士というレーベルが出す「音盤紀行」もハルタのDNAを受け継いでいる。音盤と題にある通りテーマは「レコード」。レコードを通して、さまざまな時代の人の物語が描かれている。その中でも、つい最近出版されたコミックス第一巻に収録されている「電信航路に舵を取れ」が特に印象に残ったエピソードなので、あらすじと共に紹介したい。

前段の前段:作品の背景

エピソードの舞台は70-80年代のヨーロッパ。実在する国や時代は実在と架空が入り混じっている。背景を少し説明すると、この時代は東西冷戦の真っ最中、共産主義と資本主義のイデオロギーの対立による代理戦争が世界各地で行われており、国によっては対立するイデオロギーや国の文化が規制されて、抑圧されていた時代だった。

国の発展は国による管理統制が肝だ、そのためにもみんなで共に経済を作りみんなでお金を分け合おうという思想と、国の発展は人々による自由な意思と交流が生み出すものであり、経済も自由であるべきだという思想の対立。ざっくりいえば東西冷戦はそのような思想間での対立で、その思想に周りの国を染めて自国の経済圏を作ろうとアメリカとソ連という大国同士が世界中の国で陣取り合戦をしていた。

陣取り合戦の勝利条件は相手の国を自国色に染め上げること。つまりナワバリバトルである。その手段は必ずしも武力のみが手段ではなく、一つの戦略的手段に「自国文化の広報」を他国に行うものがあった。

端的にいって仕舞えば自国の生活、文化、コンテンツ、あらゆるものを世界の電波や流通に乗せ他国に届けることである。ウチの国こんなに豊かな生活ができるんだぜ?こんなカルチャーが今流行ってるんだぜ?この服オシャレだろ?買いたいと思わないか?そんなメッセージを新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、映画などを使って、他国民に周知させる。こう行った文化・コンテンツを通した外交を「ソフトパワー」と呼び、それに対して武力による外交を「ハードパワー」と呼ばれていたりもする。

当然のことながら、一度作られ発進されるメディアコンテンツは対策を打たない限り、他国に容易に届いてしまう。当時インターネットがまだ発達していなかったため、ある程度は他国文化が自国で普及するのを止めることができた。歴史の教科書で習う「焚書」や「検閲」が実際に存在した時代。当然のことながら「音楽」も一つの対象だった。

実在のナラティブ

少し脇道に逸れるが。僕が大阪にいた頃、もう年配のご夫婦が会長、社長を務めていた教育の会社にお世話になっていた。バイタリティある女性社長との宴席でこんな話を聞いたことがある。

事業に専念する前、音楽を嗜んでいた頃、東ドイツにコンサートにしに行ったそうだ。かたや共産主義の思想に染まった国、方やアメリカの属国であり資本主義が主たる日本。そんな対立する両国にも「第二次世界大戦の敗戦国」、「日本の文明開花と近代化を支えた技術の輸出・輸入国」という細い絆があった。

その絆を確かめるように日本の合唱団が東ドイツの教会で歌を歌う。観覧者は皆灰色基調の同じ服。そんな人たちが歌に心を通わせ、笑顔になり、共に歌を歌った。あの経験はいまだに忘れられない

音楽には国境を越え、心を共鳴させる力がある。言葉にすればありふれた名言だが、実体験をともなった社長の語りにとても感動した記憶がある。音楽は国境を越える。それは良い形でも悪い形でも。その悪い形を表現したエピソードが「音盤紀行」に納められていた。

閑話休題:やっと音盤紀行の紹介

「音盤紀行」その中でも「電信航路に舵を取れ!」というエピソードは端的に言えば海賊ラジオの話。海賊+メディア名と聞くと、映画やアニメの違法無料ダウンロードサイトを想起するが、海賊ラジオも似たようなもので、「放送免許を持たず、船上からラジオを流す船」のことを指す。「この国の文化やコンテンツを知ってはならない」という政府からの抑圧。されど、人々はヨソの国の文化コンテンツを求めている。そんな欲望に応える形で、海賊ラジオは海の上から他所の国の音楽を届けていたようだ。

「ラジオなら国境を隔てられず、どこにだって誰にだって音楽を届けられるんだ」

引用元 毛塚了一郎
 「音盤紀行」 より

海賊ラジオのDJを務める少女ニッキはそんな言葉と信念から、資本主義国である西側のポップミュージックを東側の共産主義の国に船上から朝まで届けている。そこには絶対に私たちが正しいと言った思想の押し付け合い、わたしたちの思想で相手を染めたいと言った対立はない。届けたい音楽がある。聴きたい音楽がある。そう思う人の声に応える海賊ラジオの乗船員の純粋な行動だけが、描かれている。

海賊ラジオの少女DJの船に留学のために偶然乗船した少女の交流を通して文化の壁を音楽で超えたエピソードが「電信航路に舵を取れ!」というエピソードのあらすじだ。他にも似たような状況を陸地で描いた「密盤の夜」、異国でのロックバンドとレコードショップの少年の交流を描いた「The Staggs Invasion」、祖父の遺産を通してレコードに触れる「追想レコード」の全4編の物語が「音盤紀行」第一巻に収録されている。

レコードと音楽を通した人種、国境、時間を超えた交流を素朴に描いた作品、この音楽が良いとロックバンドや音楽ジャンルを押し付けがましく語るものでもない、ただ「音楽は壁を越える」というコンセプトのもと人の交流を描いたストーリーなので、ぜひ興味のある人は紙の書籍で買って読んでみてほしい。

余談 ハルタ系はいいぞ


「北北西に雲と往け」「乙嫁語」など現在刊行中の単行本をB5の大判で出版するハルタコミックス系。一般的に名作であれば手に取りやすいように、文庫版で出版するもの、もしくは連載終了後に「愛蔵版」という形で大判を出版するものだけれども、ハルタは「作者が描く細かい描写を読者にリアルタイムで届けたい」という思想(僕の解釈)で、現在進行形で大判を出してくれる書店だ。そのくらい、絵もいいし、ストーリーもいい。そんなブランドだからこそ、「紙の書籍で買って読んでみてほしい」と最後に書いた。電子書籍でサクッと読んで楽しむ本というよりは、手元に置いて、自室を見渡すたびに目に入る、ああ、こんな本があったなと都度思い出してほしい、そんな作品だ。

この中に巻数足らずがあります、さぁどれでしょう!?


余談2 もしくは本筋かもしれない何か

実はつい最近僕もレコードを始めた。弟が随分前にレコードを始めており、その姿を見てどこかのタイミングで自分もレコードで音楽を聴きたいと思い、数ヶ月前に電気屋さんで貯めたお金を使って機材一式を揃えた。

レコードとスピーカーを通してどうしても聴きたい曲があった。それはfela kuti 。アフロビードという音楽ジャンルの創始者で、DJやクラブミュージックとしても、よく使われているようだが、僕が知ったのは大学時代の友人の影響だった。

一夜を過ごしたこともある女友達がレコードプレイヤーのあるBARで「今日買った曲を聴けるか」とマスターにきき、その日買ったfela kutiのLPを店内で流したのがきっかけだった。曲名は「Zombie」。

サックスとトランペット、そして特徴的なリズムで女性コーラスと男性ボーカルのfela kutiが刻むリズムにすっかり虜になってしまった。そんな一夜の記憶を忘れていた頃、約10年の時を超えて弟のレコード趣味を聞いて、felakutiの存在を思い出し、心の底からレコードを始めたいと思ったのがレコードに手を出した理由だった。

なぜこの音楽に心惹かれるのか、それは独特な音楽性もありつつも、その歌に込められるメッセージに共感したからだった。歌に込められているのは政府へのレジスタンス、時代への反骨心。「音盤紀行」の紹介で取り上げたエピソードが「国と文化の壁」を超えて届ける自由を表現されているならば、fela kutiの音楽は国の抑圧という壁に抗うための音楽だった。

音楽は国の文化の壁を超える。それだけでなく、人の連帯をも生み出す。そんな力を感じさせてくれる魅力がfela kutiにはある。それが僕がfela kutiという音楽を推す理由だ。

思えば彼が活動した戦前〜冷戦という時代は、国家間での思想の対立もあれば、国内での内紛も勃興する時代だった。特にfela が活動していたナイジェリア、アフリカという地域全体では植民地支配からの独立やアフリカの自立といった思想が徐々に広まっていった。

この時代の思想や文化には現代には魅力がある。僕が愛してやまない、人生が変わる書を認めた思想家のイバン・イリイチもこの時期に積極的に活動していたし、解放の思想を紛争の内部からうたったフランツ・ファノンも少し時代は古いがアフリカのアルジェリア独立運動で活躍した革命家である。

( フランツファノンの思想はアニメ「PSYCHO-PASS」の劇場版で主人公の一人狡噛慎也が作中でゲリラ活動をする中で言及し、語った思想家でもある。興味のある方はぜひPSYCHO-PASSと共にファノンの主著、「黒い皮膚・白い仮面」を読んでほしい。 )

大きな何かに対する対抗心。個人ではどうしようもないかもしれないそれを文字で、音楽で、表現し、人の連帯を促した批判と解放の思想。命を賭した作品には、人を動かすだけの熱量がこもっているのかもしれない。楽しい、心地よい、といった現代のポップミュージックにはない魅力がそこにはある。もちろん心地よさやリズム的な快適さも大事で、大好きで、いつも聞くプレイリストには現代アーティストの曲が並んでいる。そこに熱量がないとは言わない。けれども、felaが生きた時代の音楽には現代とは違った熱量、別の質の熱量があると思っている。おそらくその熱に打たれて、今日もfelaの音楽を聴き続けてしまうのだろう。

だから僕はレコードを聞く。