談笑と断章のルポルタージュ - 新規事業のチームメンバーが急逝した話-

僕が彼を最後に見たのは、工場の倉庫で仕事仲間2人と談笑してる姿だった。
そして、次ににを観たのは、玄関のポスト越しに見た倒れた姿だった

その日の僕


その日の僕はいつも通りだった。冷凍ご飯をレンジで温めて、業務スーパーで買ってきたビビンバをかけて食べる。スキンケアをして、着替えて、コーヒーを飲んで身支度を整えたら家を出る。決まったいつものルーティンだ。
自転車で山を下り、ジムの駐輪場に自転車を停めて出勤先の工場に向かうために駅へと歩く。通勤ラッシュのピークが過ぎた始発駅で乗る列車の座席はいつも通り空いていた。

電車に揺られている間は通勤用の本を読む。通勤にしては少し長い50分、読書をしてるとあっという間の50分が過ぎた頃に工場の最寄駅に着く。少し長い駅構内を歩いて、改札を出たら、バスに乗り換える。最寄りのバス停への到着までは20-30分。乗り換えアプリ通りの時間に最寄りのバス停につかないのもいつも通りだった。

その日の彼


その日の彼はいつもと同じように見えた。白いニット帽に、左耳につけたシルバーのイヤーカフ。タータンチェック型のシャツに、ネズミ色のジャージ。そしてお気に入りでいつも履いているNIKEのシューズ。

でも、その日の彼はいつも通りの彼ではなかった。

いつもより赤い耳と頬。息をするたびに上下する肩。いつもより噛み合わない会話。いつもより早く椅子に座ると瞼を閉じる。

僕はその身体の動きを知っていた。
本当に力が出ない時、本当に疲れている時、本当に追い詰められた時、それは身体に出る。目線、呼吸、歩調、抑揚 etc... その全てが彼の身体にエネルギーがないことを示していた。

当然一緒に働く仲間たちは彼に声をかけた。


-大丈夫なの。体調悪そうだよね。
-いつもよりしんどそうだね。
-顔赤いですよ、休んでください。
-寝れてますか?

「いやいや、大丈夫だよ」
......

その日の最後


その日の工場での作業は完全な分業制だった。いつもは彼の指示を待っていたが、その日は指示を仰がず、僕が彼から学んだことを勝手にメモしたテキストに従い、下準備を、作業を、後片付けをテキパキとこなしていった。

そうすることで、彼は別の作業をやる。そうすれば彼の負担が減る。早く仕事が終わる。彼が早く帰って休むことができる。

その甲斐あってか、夕方の頃には作業がほぼ終わっていた。後は彼の仕事終わりを待つだけとなった。

一足先に自分の作業を終えて事務スペースに引き上げた時、彼は仕上げのためにクリーニング台にたち、服にプレスをかけていた。何か手伝いができないか、彼の前で待っていると「今日はもう上がっていいよ」と声をかけてくれた。

それが最後の会話だった。
そして最後に彼を見たのは工場の横にある倉庫で仕事仲間と談笑している姿だった。

工場の社長、修理屋の社長、そして彼。楽しそうに話していた。最後に「お疲れ様でした!先に上がります!」と言った。すると彼はIQOSを片手にもう片方の手をこちらに上げて応えてくれた。それが彼を見た最後の姿だった。

断章


家に帰る頃には彼の調子がおかしいことなんて忘れてしまっていた。

その日から1日後。今週は工場での作業がないことをGoogleカレンダーを見て確認した。

その日から2日後。彼に翌日に控えたMTGのリマインドを送った。そして急な工場での作業がないか確認した。
返信は来なかった。

その日から3日後。10月27日(金)午前。彼は朝イチの社外の方を交えたZoomのMTGに出なかった。そこで僕は思い出した。最後に会った日、彼の体調がおかしかったことを。


最後に観た日、午前


ZoomのMTGが終わった頃、社内、社外から私の元に同時にDMや電話が来た。

「彼との連絡が取れない」
「何か知ってない?」
「別の社長からも連絡が来てた」

連絡を受けたときには、既に彼の家にいくために駅に移動し始めていた。その少し前、工場の社長と電話で話した。


-2日前から連絡が取れていない。
-LINEを送っても、電話をしても返答がない。
-今から自宅に凸ります。一度家に行ったことがあるので。

その時工場の社長は僕にこう言ってくれた。

「覚悟して行った方がいいよ」

果たしてその言葉通りに、冒頭に書いた通りに、僕は玄関のポスト越しに彼
の姿を見ることになる。

最後に観た日、午後


いつもより10分ほど長く電車に揺られた。いつもの読書ではなく携帯をずっと見つめていた。社内外の仲間たちにこれから家に向かうことを知らせ、不動産業の経験のある友人に家に入る方法を教えてもらっていた。すると、気がついたら彼の家の近くの最寄駅に着いていた。

真っ先に向かったのは駅前の交番だった。体調不良の同僚の家に行く。もしもの場合はどうしたらいいか、事情を説明すると110番するように、と言われた。

その時に、向き合う心の準備はできていた。一方で家へ向かう道中、妄想もしていた。体調が悪くて家族を頼って寝たきりになっている。体調が悪くてベッドから起き上がれずに連絡できないでいた。チャイムを鳴らし、扉をたたき、名を呼べば、「どうした?」って答えてくれるんじゃないかと。
3分後、ついぞ妄想は現実になることはなく、別の現実が僕の網膜に焼き付くことになる。

彼をポスト越しに観て、真っ先に110番をした。
そして、社内外の仲間に僕がみた現実を共有した。
警察と救急隊が到着するまでにタバコが3本なくなった。
救急隊は早々に引き上げた。それは文字通り、彼が救急の管轄外になったことを意味した。
そこから、警察の現場検証が始まった。
事件性の有無を確認するらしい。
警官ではなく、刑事が向かっていると伝えられた。
その間もタバコが5-6本なくなった。
警察の現場検証が終わる頃にはタバコの箱は空になっていた。
時を同じくして、心配して駆けつけてくれた社長と合流し、今後の流れを警察と話した。その後解散となった。

最後に

昨日と同じように明日も「いつも」の風景が続いていくと思っていた。そんなことはなく突然「いつも」は終わり。「これから」が始まった。彼がいない世界、いないチームでの新規事業のスタートだ。本当にスタートするか、どこまで進むのかは今日の時点ではわからないった。

事業にとって彼は大きな存在だった。いつも海外展開の話、どうやって国内で成功するかの話をご飯を食べながらしていた。

彼と出会って、たった3ヶ月の関係だった。だけど、とても濃い3ヶ月だった。多くのことを学び、これから事を起こしていくためのエネルギーをもらった。

本当にありがとうございました。

R.I.P