森高千里のパンチラインだけで打線を組んでみた

森高千里は日本のポピュラー音楽史上、最高の作詞家の一人である。しかし、平成前半に訪れた森高千里の絶頂期を知らない令和世代にとって、彼女は「年齢を重ねてもきれいな女性」でしかないのではないか。もちろん、それも間違いではない。ただ、アーティストとして最前線にいた頃の森高は、現在のしとやかな佇まいからは想像できないほど攻撃的だった。挑発的だった。

別に、森高が表立って誰かを批判していたわけではない。80~90年代の当時から、森高を女性アイドルの一人として、適当に消費していたリスナーは大勢いた。そして、森高自身も消費される自分に自覚的だった。

森高が最高だったのは、消費される立場を受け入れながら、「安全圏から女性を消費する男たち」の欺瞞を颯爽と暴いてみせた点である。トップモデル並みのルックスで、森高は徹底的に自分を高く見積もった。森高を普通の芸能人のように値踏みしようとした誰もが、彼女にしっぺ返しを受けていった。

90年代までの森高は男尊女卑的な社会制度にあからさまな嫌悪感を示し、シスターフッドの中に生きていた。その森高のアティチュードは歌詞世界の中に息づいている。あの名バラード、「渡良瀬橋」でさえ、男性優位主義の恋愛観への抵抗の曲なのだ。

以下、彼女のシングル曲から、パンチラインで打線を組んでみた。1曲を除き、すべて森高が作詞担当である。

1番

夢のない男よりも夢のある女
あっけらかんと一人でその夢つかむかも…(「ライター志望」)

彼氏にバカにされ、あきらめろと諭されながらも、ライターを目指す若い女性。男性社会でのサバイブに挑む彼女には、彼氏の特権的な言葉など聞こえていない。恨み節でも根性論でもない。「あっけらかんと」という言葉に、森高のクールな美学が集約されている。


2番

しゃくだけど勉強にはにんじんと同じくらい栄養があるみたいよ
食べなきゃ(「勉強の歌」)

力の抜けた歌声に、派手なファッション。初期の森高は明らかに「遊んでる風」だった。そんな彼女が正々堂々と「勉強の大切さ」を歌った一曲。あくまでも有名になりたいという一心で「勉強はするべき」と語る彼女の自分本位さが清々しい。


3番

私はオバさんになったらあなたはオジさんよ
かっこいいことばかりいってもお腹が出てくるのよ(私がオバさんになっても)

おそらく、森高でもっとも有名なフレーズ。このパンチラインを「当たり前やろ」と漫才のネタにした関西芸人を、センスがないと断罪したい。「オバさん」という言葉で若さを消費する人間、すべてに時間は平等だ。無条件に、自分がいつまでも消費する側にいられるわけではないのだ。


4番

あんた一体なにがいいたいの 私をバカにして
そんないい方平気でしてると おじさんと呼ぶわよ
私はロックはダメなの ストレートよ(「臭いものにはフタをしろ!!」)

ディスコで若いヒロインをナンパしてきた中年男性。ストーンズのコンサートに行ったことを自慢げに語り、マウントをとってくる。そんなウザい男に究極の一言、「おじさんと呼ぶわよ」を突き付けるインテリジェンス。アルコールにかけた「ストレートよ」も、絶妙すぎる。この歌詞を、オールドスクールなロックンロールに乗せて歌っていたことが、森高の素晴らしさだ。若く、チャラく、小生意気な女性による至高のロックンロールは、90年代、すでに自己模倣に陥っていたストーンズよりも痛快。


5番

きみは大胆であなたはマメ
べつにそれはそれ 興味がないの(「ザ・ミーハー(スペシャル・ミーハー・ミックス)))

自分を「ミーハー」「軽い」と呼び、男をとっかえひっかえする女性。そこに悪びれた感情は一切ない。彼女は男たちの思惑など、興味がないのだ。だって、女性のささげた愛情の分だけ、見返りを求めるなんて男性側の傲慢だから。全盛期の森高は、ニッキー・ミナージュやカーディ・Bたち、女性ラッパーのスタンスを先どっていた。なお、楽曲はもろにニュー・オーダー。個人的に思い入れの強い一曲だ。


6番

上司にはすりすりすり手をすり
会うたびにすりすりすりすりすり
あいつはいつも飛んでるハエ男
あいつはいつも飛んでるハエ男(「ハエ男」)

シンプルな比喩でありながら、思わず口ずさみたくなるようなリズム感。「すりすりすりすりすり」という擬音の反復が、情けない男たちの様子を見事に表現している。そして、くだらない上司に、高圧的な彼氏に、不満を押し殺してきた女性たちの心を代弁している。



7番

明日明日私はだいじょうぶだよ
不思議だね気分爽快だよ(「気分爽快」)

メディアスターになり、CMやバラエティ番組でも森高を見かけるようになった時期の楽曲。露骨な攻撃性は減退したが、自分が好きな男と付き合い始めた親友を祝福するという、複雑な感情を「気分爽快」でまとめあげる作詞家としてのスキルを見せつけている。ビートルズ「She loves you」に唯一対抗できる、日本の楽曲だ。


8番

渡良瀬橋で見る夕日をあなたとても好きだったわ
きれいなとこで育ったね ここに住みたいと言った(「渡良瀬橋」)

最高の出だし。いかにも昭和歌謡っぽい情景だが、その実、過去形の連続である。おそらくは都会に住む男性と、地元を出られない女性の関係の終焉をセンチメンタルに歌い上げている。そこには「結婚こそが女の幸せ」という、価値観へのささやかな抵抗も垣間見える。


9番

好きなんだもの
私は今生きている(「17才」)

南沙織のカバーであり、作詞も他人によるもの。しかし、もはや森高バージョンのほうがよく聴かれているのではないか。いかにも純情でうぶな原曲のイメージより、森高のカバーは意志の強さを感じさせる。森高とは、昭和アイドルの健気さのアンチであり、自我を持ったアーティストだった。PVはアイドルのパロディでありながら、昭和的な親しみやすさからは無縁なのがユニーク。


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