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ハニートラピストと厄年の夏

少し前の話であるが、41歳の厄年真っ盛りに酷い痛風をやらかし、痛みが中々引かないうちに、今度は左手首が腱鞘炎になってしまった。

指の腱鞘炎は別名ドンケルバン病といい、この安直に人の名前からつけられた病名感100%のこの病は、親指を広げた状態で曲げると「ピキ」と痛みが走る。特定の状態で力を入れたら痛むだけなので放っておいたが、全く治らない。そして「ピキ」が「ピキピキピー」と常時鈍痛が走るようになってきた。

自然治癒力が低下している事を痛風発作時に痛感した為、私は生まれて初めて鍼灸整骨院の門を叩く事とした。鍼のイメージというと、入り口にデカデカと全身のツボが書いてあるポスターを飾ってあるようなイメージを持っていたが、その鍼灸整骨院はイオンにあり、先入観を覆す敷居の低さ及び清潔感である。

さてマッサージであるが、始める前に、30歳ぐらいの女性がシステムを説明してくれる。私はマッサージ台の上に座り、女性は膝付いて見上げて一生懸命話して下さる手前、一言も聞き漏らすまいと私は前傾姿勢で耳を傾ける。痛みを和らげる治療行為は保険対象、姿勢矯正的な施術は保険適用外となるようだ。

簡単な問答の後、早速施術開始である。

「右足と左足で3.5センチずれてますねー」
「背中がぐにゃっと歪んでますねー」
「さっきもすごい背中丸めてお話しされてましたし」

と失礼にも、矢継ぎ早な私の体に対するダメ出し連打である。
ちょっと待ってくれ、他二つは100歩譲って認めるとしても、「背中丸めてた」はそっちがひざまづいてマスク越しにゴニョゴニョ話すから前のめりになったんやがな!これだけは反論しておかねばならない

「いや、猫背はさっき一所懸命聞こうとして曲がってただけだと思うんですよね」

「うふふ、違います」

若干食い気味の即答であったが、うふふ?、うふふだと?この魔性の笑み。途端に俺の脳裏に、コロナ前の記憶がフラッシュバックする。
そうだ、これはキャバ嬢の微笑みではないか。

それにしても、このダメ出し3コンボは、体の不安を煽り通わせる為のセールストークなのか?それとも本心で言ってくれているのか?普通の病院では営業行為も禁止されているので、その心配はないが、なんせ敵は自由診療、私は10割負担なのである。
医者の良心なのか、それとも自分に課せられたノルマ達成の為のセールス行為なのか?うがった見方をすると、ハニートラップを仕掛けにきているかもしれない。油断大敵、なんせ私は10割負担なのである。

そんな私の冷静にして緻密な推理を邪魔するためなのか、ハニートラピストは、執拗なツボ押し攻撃を仕掛けてくる。腰をぐいぐいっと押されると、思わず吐息が出てしまったではないか。

続いて横になって肩のマッサージである。
腕を回した後に、肩を思いっきり後ろに押してくるが、肩が引きちぎられんばかりの力強さである。当然思いっきり胸を張ったような体勢になる。

「これが肩の本来の位置なんです」

いやいや、これじゃオードリーの春日ですよ。こんな見えすいた嘘をついてくる辺り、ハニートラピストとしてはまだまだである。
そんな私の心情を知ってか知らずか、今度は、左手で背中と肩の間に指をむんずと入れて、右手っで思いっきり肩を持ち上げる。世間一般にいう、肩甲骨剥がしという奴である。

何を隠そう、後でネットで調べて、これが肩甲骨剥がしという普遍的なマッサージである事を知ったが、これをやられた時は、本気で肩を外しに来てるんじゃないか?と思うぐらいの力強さであった。

このハニートラピストに肩をもぎ取られたら最後、奥の棚の陳列棚に名前と共に左腕が並べられ、ボトルキープならぬ肩キープと言われ、返してもらうために、毎日通わされる羽目になるかもしれん。そういえば、たまに上司のボトルから中身を拝借したものであるが、上司の五十肩を拝借するのはまっぴらゴメンである。

肩を持って行かれないように必死に抵抗した事が功を奏したか、敵も一旦諦め、はい、じゃあ逆になって下さいと言われ、今度は右肩でも同じ攻防である。

若干の余裕ができた私は、思わず軽口で冗談が口をつく。

「肩がもげますよこれ」

「あははーそんな事言う人初めてですー」

やった受けた!超いい雰囲気じゃないか!っと私はここで我にかえる。

いかん、これでは自らハニートラップにかかりにいっているようなもの。慄然と患者然としていなければ、と目を瞑り痛みに耐える患者を演じる。
そんな私の心情を知ってか知らずか、

「ちょっと痛い方の腕を動かしてもらえますかー」

とハニートラピストが、私に声をかける。君フライングでドヤ顔になってるよ、、と腕をぐるぐる回すと、確かにちょっと楽になっているではないか!

「わ!めちゃくちゃ痛みが引きました」

キャバ嬢と楽しむコツはオーバーリアクションである。

「うふふ嬉しいです」

調子に乗った私は、「もう一杯飲んでいいよ」と言う代わりに、自ら鍼治療ももやってほしいとお願いする。もっと痛いかと思ったが、ほとんど痛みは感じないレベルである。

施術しながら、ハニトラピストが耳元で囁く。

xxx様(私の名前)の場合、コリと姿勢矯正のために、できたら継続的に通って欲しいんですね、ご負担にならないように定額制度もあリますよー・・・。

その後、マッサージ台に寝たままでお灸タイムである。程よい和の香りに包まれ、なんともいい気分で、お灸が燃え尽きるのを待つ。

お灸の間は、そそくさとハニートラピストが、どっかに行ってしまい、私はといえば、お灸の煙を見つめながらの一人きりのシンキングタイム到来である。

それにしても、だ。 周りを見ると男の整体師ばかりのなか、私はとびきりのハニートラピストを当ててきた本意はなんなのだろうか?
いや穿った見方をやめて、素直にクリニックのシステムの偶然の産物と仮定すると、普通病院では、最初に診療してくれたハニートラピストが私の主治医となる。っとなると、毎日このハニートラピストが、マッサージをしてくれるのではあるまいか?私は超絶ラッキーチャンスを物にしたのではないだろうか?

そして定額通い放題?敵も去るもの、ハニートラップに通い放題サブスク制度を儲けるとは、何と良心的な。 いつの間にか私の脳内は、鍼灸整骨院診が、定額通い放題のキャバクラとなり妄想が膨らむばかりである。
ええい、ままよ!

「すいません、通い放題お願いします」

お灸を終え、片付けをしているハニートラ、もとい主治医の先生に宣言する。

その後、全て終わって、事後マッサージ的な肩揉みをしながら、私にハニートラピストが囁く。

「次は何時きてくれますか?明日か明後日来て欲しいんですけどぉ」

これは!キャバクラ嬢のお決まり文句。しかし積極的にすぎないか?いやいい、主治医の先生の言うことは絶対である。第一俺には怖いものは何もない、通い放題なのだから。ここは無理をしてでも明日来るべきだ。少しの間をおいて若干低めの声でジェントルマン然に返す。

「明日、大丈夫です」

「あ、私、明日休みなんですけど、しっかり引き継ぎしておきますね!」

おおおおい!ハーニー子!!自らハニートラップにかかりにいった私は一人赤面しながら、しかし、今更通い放題をやめますといえるはずもなく、結局1ヶ月めげずに通いまくったが、それっきり主治医のはずだったハーニートラピストには全く当たらず、代わりに毛むくじゃらの親父に毎日ゴリゴリ背筋を伸ばされて、サブスク代をドブに捨てた事は、コロナ禍の悲しい思い出である。

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