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昼休み、少女に会いに美術館へ行く

5年前まで勤めていた会社の近くには、「ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション」という美術館があった。半蔵門線水天宮駅からは、1分と近い。


浜口陽三さんの作品には完璧な秩序があった

浜口陽三さんは、カラーメゾチントという手法を確立した銅版画家だ。

浜口陽三は、1909年にヤマサ醤油株式会社の先々代の社長、濱口儀兵衛の三男として和歌山県に生まれました。生家は、1645年以来お醤油造りを続けてきましたが、陽三は家業を離れて東京美術学校(現東京藝術大学)の彫塑科に入学しました。1930年には大学を中退してパリに渡り、油彩、水彩、銅版画など幅広い創作活動を行います。第二次世界大戦により帰国し、戦後の1948年頃から本格的に銅版画の制作を始めます。


作品は日常のモチーフを描くが、宗教画のように厳かだった。

「水さしとぶどうとレモン」
1957 モノクロームメゾチント 29.5×34.5

レモンや水さしも天使の代わりに配置されていた。


そこでは、いつも誰かが時を止めていた。

「19と1つのさくらんぼ」
1965 カラーメゾチント 24.0×54.0

1つのさくらんぼは、お前はそこでよいと命じられ、永遠に列からはじかれたまま。


絶対君主の命令なので、もりもりと湧き上がるぶどうの間に、切りたてのレモンも突っ込まれる。

「1/4のレモン」
1976 カラーメゾチント 16.0×16.0

もはや酸っぱさも甘さも忘れ、世界が荘厳な秩序に埋められていた。


静寂で、乱暴なまでに完璧な作品群を内包する美術館は、会社からの逃避行の決定打として間違いなかった。


南桂子さんの作品には胸が騒ぐ

ところで、美術館では年に1回ほど銅版画家の南桂子さんの作品展も行われていた。浜口さんのパートナーだという。


南桂子さんの作品は、どこかで目にされたことがあるのではないか。

「湖畔」 
1976 エッチング 34.1×28.3

そこは静かで、風はいつも凪いでいる。ユニセフのグリーティングカードや帝国ホテルの客室を飾ったというのも肯ける。平和で穏やかだから。

ただそこに少女が現れると、妙な胸騒ぎがしてくるのだった。

「少女と落葉」
1968 エッチング 33.8×28.0

これはどうしたことか。目が離せなくなるさみしさだ。

少女のようで、老女のような。


その少女は二人に増えても、さみしい。


二人になったって、あてどなく、さみしい。

「2人の少女と蝶」
1979 エッチング 32.0×28.3

この少女は誰だろうか。


南桂子さんという人

紹介文では、浜口陽三さんと出会って、銅版画を知ったとある。

彼女を特集する雑誌などを読むと、家族など全てを捨てて、浜口さんを追ってパリへ渡ったというようなことが書かれていたりする。年表にある空白期間は何かを刻むように酷で目を伏せたい気持ちになるが、40歳を過ぎて銅版画を始め、80歳を過ぎてもなお、生涯作品を発表していたようだ。そして、いつの作品においても、描いた人物といえば、少女だけだ。それも同じ風貌の少女だ。


比較するのもおかしいけれど、浜口さんの作品に、何かが完璧に実在するという実感があるとすれば、南桂子さんの作品にあるのは、いろいろあったって何もないのではないかという空恐ろしい実感だった。


空があって、花があって、鳥がいて、少女もいて、そこには何もない。

「青い木」
1972 エッチング 35.7×28.2


案外大きな作品を前に、これは修羅場だよ、と思いながら、少女を見る。

そうだ、戻らなければ、と、ふらふら出口へ向かい、画集やらポストカードやら買ってみる。

とりあえず画集も買ったんだし、と、美術館を後にする。

そうして毎年南桂子さんの展覧会にそそくさと出かけるのだった。


少女に会いに

自分も銅版画を習うようになって、そこに集う方たちの作品に南桂子さんへの傾倒や思慕を見かけることがある。

ああ、分かると思う。わたしも、あのさみしさを無性に追いかけたくなる。

それで最近、前田常作さんという版画家の方の言葉を偶然読んで、自分の渇望の理由がわかった。

南桂子という画家は、すべてにおいて誠実につとめた、努力家でした。僕はこれに尽きると思います。自分の悩みとか、苦しみを表現して作品になった。なんか哀愁に満ちた、寂しげな、人生ってきついという、誰しもが感じるそういう感情が、作品には表現されています。そこが南桂子さんの造形の魅力だと思います。
雑誌『版画芸術』2006 No. 133 巻頭特集「南 桂子 銅版画夜想曲」より


そうか、「人生ってきつい」ってことを確かめていたのか。


少女はいつも目を見開いて、いつまでも黙っている。

どこにいたって寂しいものよ、とか答えてくれない。

それでも、わたしたちは少女に会いに行ってしまうんだろう。


「少女とシャボン玉」
1981 エッチング 32.7×29.0 (70歳の時の作品)

出典:
『ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション』(美術館販売の図録)
『船の旅 詩と童話と銅版画 南桂子の世界』 筑摩書房(2014)
『版画芸術 No.133』阿部出版(2006年9月1日発行)
『ポストカードブック 南桂子』玲風書房(2011)