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現代ドイツの合唱事情 vol.4 合唱にまつわるイベント -聴く人、歌う人、振る人、書く人すべてのために-

※この連載は2017年〜2018年にSalicus Kammerchorのサリクス通信に掲載されていたものに修正を加えた再掲となります。

組織力に裏付けられたドイツの合唱音楽イベント

 第1回で、ドイツのアマチュア合唱の多様性や社会との密接な関わりについて書きました。「合唱音楽イベント」を実行する段においては、日本における全日本合唱連盟をはじめとするような「アマチュア合唱振興会」が主体となることは、ドイツにおいても同じです。ただその「合唱連盟」、それも全国レベルの規模を持つものがドイツには複数存在すること、またそれぞれが強固なバックグラウンドを持っている(最大規模の合唱振興組織であるドイツ合唱連盟の理事長にクリスティアン・ヴルフ元連邦大統領が選ばれたという最近のニュースもあります)ところから、そのイベントの規模の大きさ、独自の内容を実現するに至っているようです。

 本稿ではそれらのうち筆者が体験したいくつかの大きなイベントについて紹介します。


"chor.com" ドイツ最大の合唱音楽イベント

 2年に1回開催されるドイツ国内最大の合唱音楽イベントが、"chor.com(コア・コム)"です。これは、先述のドイツ最大の合唱振興組織・ドイツ合唱連盟(Deutscher Chorverband e.V.)によって主催・運営されています。

chor.comのウェブサイト
https://chor.com/english/

 イベントの副題「Messe Workshops Konzerte」にもあるように、世界の楽譜出版社を集めた合唱譜メッセ、多種多様な合唱音楽にまつわるワークショップ、期間中町内の各地で開催されるコンサートによって構成されます。3年に1回、IFCM主催で世界各地にて開催される世界合唱シンポジウムというイベントがありますが、イベントの内容構成としてはそれのドイツ版、と考えるとわかりやすいかもしれません。ただしそのイベント自体の深度はむしろ世界合唱シンポジウムを上回るものかもしれません。

 特に4日間で170を越える数のワークショップでは、

・出版社主催の新曲リーディングセッション
(その場で譜読み稽古をしながらの曲紹介)
・欧州他国作曲家自らによるドイツ外の合唱曲・合唱文化の紹介 ・作曲法の実践講義
・プロオケ/プロ合唱団のマネージャーによる音楽団体マネージメント講習
・合唱指揮マスタークラス(2人の世界的合唱指揮者、プロ合唱団をモデルとするコースが2本同時並行)

など定番なものから、

・倍音歌手 Anna-Maria Hefele による倍音唱法の実践及び、倍音歌唱(フォルマント操作)の合唱歌唱における意義
・若い声楽家向け「プロ合唱団員になるには?」
・ドレスデンの21世紀多声音楽
・旧約聖書をテキストに、いま作曲することとは
・合唱活動が新聞等メディア露出に成功するコツ(地方紙記者による講習)

などかなりニッチで、必要な人にとっては決定的に重要な機会となるような多様で深いワークショップが開かれています。

 筆者は所属する男声アンサンブルと、作曲家ヴィタウタス・ミシュキニス氏(ちょうど今、全日本合唱連盟のJCAユースクワイアの客演指揮で日本を訪れていますね)のコラボレーションによる氏の男声合唱作品をプレゼンするワークショップに出演参加しました。​​​​​​​

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 コンサートもものすごく豪華で、街中の4~5つの教会、コンサートホール、ライヴハウスなどで昼から夜まで様々な合唱団/アンサンブルが30~60分のライトなコンサートを随時開いています。Voces8Calmus Ensembleドレスデン室内合唱団SWRシュトゥットガルト声楽アンサンブル西ドイツ放送合唱団など錚々たるグループが集まってきます。

 筆者は先述の男声アンサンブル"Ensemble Vocapella Limburg"の一員として、夜のコンサートを歌いました。前年にこのアンサンブルがドイツ全国合唱コンクールで優勝したこともあり、それを機にこのイベントへ招聘されたようです。コンクールが目的化せず次のチャンスへ直接的に繋がっていくための受け皿としても機能しています。


"Deutsches Chorfest"(ドイチェス・コアフェスト)街と完全につながる合唱イベント

 こちらもドイツ合唱連盟によって運営される、4年に一度の合唱の祭典です。こちらは「合唱音楽」というよりは「合唱活動」にフォーカスを置いたイベントと言えばよいのでしょうか、事前審査を通ったドイツ全国の数百のアマチュア合唱団と、シュトゥットガルトにゆかりをもつプロ合唱団によるミニコンサート、音楽ジャンルで12部門に分かれて行われるコンクール、その場の参加者で一緒に歌うオープンシンギングコンサートなどが主軸となっているイベントです。

Deutsches Chorfestのウェブサイト
http://www.chorfest.de/

 日本で言うところの「〇〇県合唱祭」のようなものが内容としては近いのかもしれません。ただし、その規模が比較不能なほどに違い、前回2016年に行われたシュトゥットガルトでは、"Stuttgart ist ganz Chor."(シュトゥットガルトが完全に合唱。)というエネルギーの高いスローガンが掲げられ、街の57の会場で同時多発的に合唱演奏が行われていました。その57の会場というのも教会、学校、コンサートホールに限らず、シュトゥットガルト中央駅構内や、病院、カフェ、難民宿舎など本当に街中さまざまなところで行われ、また街の中心のSchlossplatzにはオープンステージを特設しそこでも様々なグループが入れ代わり立ち代わり演奏をするという状況で、まさに「街が完全に合唱(ganz Chor)」状態で、街をただ歩いていればいま合唱イベントが行われていることに気づかないほうが難しい、という状況でした。また、場所によっては24時までぶっ通しでコンサートをしていました。

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(開会前のオープンステージの様子)

 結果として、期間中50万人近くの観客動員数があったとか。東京でも100万規模の動員を誇る「ラ・フォル・ジュルネ」というクラシック音楽イベントがありますが、アマチュア合唱が主体となってこの動員は、合唱文化の根付きの圧倒的な差を感じずにいられません。

 ちなみに、第2回で紹介したプロのバッハアンサンブル"solistenensemble stimmkunst"は、このイベントの時初めて生演奏を聴くことができました。


「歌う人」以外へのフォーカス

 他にも、日本から合唱団が挑戦することもあるマークトオーバードルフ国際合唱コンクール(コンサート会場の隣に巨大テントを設営してオクトーバーフェストよろしくビール飲みまくることでも有名)や、4年に1度のドイツ全国合唱コンクールや、指導者がヘルムート・リリンクからハンス・クリストフ・ラーデマンに代わりまた新しい姿を見せ始めているシュトゥットガルト・国際バッハアカデミーなど、ドイツ国内の合唱イベントは、大きなものに限ってもまだまだ紹介しきれません。

 ご覧頂いたように圧倒的な規模感のこれらイベントは、それに相応するお金・時間・人の膨大な流れがあるわけで、その点について例えば日本で追随的に同じことをやるというわけにはおそらくいかないし、単純な意味の手本には全くなり得ないでしょう。一方、彼らが実現しているイベントのなかの「ニッチさ」には注目すべき点が多く、「歌う人」ではないが合唱に関わる様々な立場のニーズをしっかり満たし、またその立場からみる合唱の魅力を地味にも確実に広げる活動が行われていることがわかります。日本の合唱イベントは基本的に「歌う自分」というところに回帰してしまう傾向があるとされるなかで、そうではない他者の視点をありのままに活かすとはどういうことか、と考えるときには、ドイツには参考になる事例が多数存在していました。

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合唱指揮者 // ドイツ・ザール音楽大学指揮科合唱指揮専攻卒 // 2015〜2017 ドイツ音楽評議会・指揮者フォーラム研究員 // 2017〜 完全帰国 // vocalconsort initium 主宰・指揮者 //http://yanagishima.de
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