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利根川・江戸川・鬼怒川・渡良瀬川・合流地点を探す16号線の旅、その2 野田と鈴木貫太郎と乳牛と。

柏のインターを出て、16号線を走り、野田に入ってすぐ、右折する。しばらく台地のくねくねした旧道だ。目立つのは、立派な屋根の農家。ワンブロックごとに大きな農家がみえる。
16号線沿いのにぎやかなエリア、物流センターが並ぶ空気と一変する。道はおそらく明治維新よりある道のようだ。地形に沿って高台を抜けている。先の方に利根川の高い土手が見えるが、そのすぐ近くまで、この高台は続いている。
下総台地の北の縁を走っているわけだ。
その下総台地を降りると、1キロほどの幅の低地があって一面田んぼだ。利根川の土手に仕切られた巨大な田園。
その真ん中を通る、「農免道路」という道を今度は走る。ひたすら田んぼのまんなか。途中になんども関門のように柱が3本立っていて、スピードを出して走る車を強制的に減速させる。柱にはずいぶん傷がついている。気をつけて通ろう。
農免道路の先は、県道7号へ。こちらが関宿へとまっすぐ向かう道。
県道7号は、農免道路より一段高いところを走っている。このため周囲は家と畑。寺なども見える。
さらに並行して西側には、17号が走っている。この17号、実はとっても重要な道路。下手に降るとしばらく16号線と重なり、千葉市役所の手前で再び別れ、流山街道となって、野田から流山への江戸川右岸の高台を走り、市川の国府台へと抜ける。で、この道には別の名がある。
日光東往還。
そう、日光街道の側道なのだ。
で、この17号=日光東往還が、利根川と江戸川が分岐する消失点に向かって、7号とどんどん近づいていく。ふたつの街道は細長い台地の左右の縁を走っている。そして、向こうに見えてくるのが、関宿城だ。
関宿城にアプローチしようと江戸川のほうから遡っていくうちに道に迷う。江戸川の土手沿いのちょっと離れた道を走る。軽く峠になっているところを抜けようとすると、向こうから70歳前後のご婦人がベビーカーの赤ちゃんをおしている。おそらくお孫さんだろう。
軽く会釈をして、峠を降りる。
左を見て目があった。
牛だ。
思わず車を脇に止める。
牛がいっぱいいる。なんと乳牛牧場である。
一軒ではない。複数の乳牛農家がある。
いずれも現役だ。牛は、車で訪れた侵入者を、実にうさんくさいやつがきたな、という目で見ながら、もお、とも鳴かず、のんびりしっぽを降っている。
と、さきほどの老婦人と赤ちゃんがもどってきた。
挨拶して、声をかける。
「牛、いっぱいいますねえ」
「ええ。このあたりは鈴木貫太郎さんが、推奨して、乳牛をやる農家が増えたんですよ。私もお嫁に来る前に、義母の代で始めたって。でも戦後からだったみたいですけどね」
「牛乳、買えるんですか?」
「ここだと衛生上の問題があって、売れないのよ」
と、老婦人が入ろうとするお家を見る。
黒いスレートの壁にガラス張り。実にモダンな素敵なおうちだ。
「あ、息子夫婦が戻ってきて、帰農したの。で、おうちも立て替えたの」
なるほど。関宿の乳牛農家が、なかなかにおしゃれである。
そして、老婦人はとても上品で、気さくなかたであった。
では、目の前の関宿城。そして江戸川と利根川の分岐点を目指そう。あとほんの数百メートルである。

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