「さる業界の人々」 南 伸坊  ちくま文庫


 私が、単行本の仕事に就いたのは偶然でした。たまたま入った会社で雑誌の記者をやって、次に雑誌開発の部署に回されて、バブル崩壊で出す雑誌もなくなって閑職状態だったとき、社内にできた単行本部署に回されたのでした。

 本を読むのは大好きだけど、生まれてこのかた一度も「本の編集」を仕事にしようと思ったことがなかった私。会社としても事実上初めての一般書籍部門。仕事を教えてくれる先輩も著者もコネもゼロ。こちらのスキルもやる気もゼロ。さてどうしようと思っていたそのとき、この本に再会したのです。

 最初に読んだのは80年代初頭。「さる業界」とは、エロ本業界のこと。登場人物は、エロ本業界で編集長を務めるSさん(サン出版の櫻木徹郎さん)とS君(白夜書房の末井昭さん)。ワレメはもちろん毛も出しちゃダメ、出したら桜田門が黙っちゃいない70年代終わりに、いかに「売れる」「ヌケる」つまり消費者=野郎の飽くなき欲望にヒットするエロ本をつくるのか。2人の友人であり、イラストレーターにしてコラムニストにして漫画雑誌『ガロ』編集長もやっていた南さんが聞く。エロ本の「エロ」の側にしか興味のなかった童貞高校生の私は、エロ本を「作る側」の面白さを知りました。

 以来、私は南さんのファンになりました。南さんのイラスト+文章を通すと、道ばたの看板が、新聞記事が、美術が、芸能人の顔が、エロ本が、誰もが目にする「そこらへんにあるもの」すべてが、「面白くなっちゃう」。で、単行本編集者になった90年代半ば、文庫化された本書を本屋で見つけて、久しぶりに読んで、はじめて気づいたのです。

 編集者に必要なこと、この本に全部書いてある。

 なにせ本書の冒頭はこう始まるのですから。「これからは、編集者だ!!」

 面白いことは限られている。だからすでにある「面白い」を組み替えたり並べ替えたりして、新しい「面白い」を生む。そんな面白がりの尖兵が、編集者なのだ、と。エロもそう。男のエロは本能。男はずっとエロが好き。一方エロの表現はすぐ飽きられる。風俗サービスの内容もAVタレントも。欲望の根っこが不変だからこそ、アプローチは常に新しくないとニーズに応えられない。そこで出番です、編集者の。手持ちのネタで、創意工夫で、新しいエロの山道を切り開く。

 なるほど。「エロ」をいろんなものに置き換えれば、なんだって「編集」できるじゃないか。周りを見渡すと、会社にはさまざまな専門誌がありました。ビジネス。パソコン。医療。美術。エンタテインメント。建設。それぞれコンテンツの山脈。しかも「書籍」というアプローチでまだ誰も登っていない処女峰。本書を登山道具に、私は社内の「山脈」に登るところから本作りを始めたのです。

 目の前のモノとヒトとを組み合わせながら新しい「面白い」を生む。あらゆる仕事は、編集です。私にとって、南さんのこの本こそが「仕事のバイブル」であります。


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