ほかには できなくてもいい
この1カ月近く、1日3回は泣いていた。
本やネットの文章の一節に泣き、ドラマのセリフに泣き、歌を歌って泣く。雨季のような、泣きの季節に入っていて、まぁ、よく泣く。
みっともないけど、涙があふれて止まらない。ひとはそれを「浄化よ」と励ましてくれるが、わたしは「更年期よ」とネタにする。
今日の涙のわけは
母親が子どもにしてやれることってなんだろう?と、ふと思った。
子どもの誕生は子どもの意思で決まる。 母親はそれをコントロールできない。
何時何分に、産道の外に出てくるかは、子宮の外側の誰にもわからない。
丸2日の陣痛の果てに出てくる子もいれば、落っことしそうなくらいの勢いで出てくる子もいる(わたしがそれ)。
誕生までの間、母親が出来ることといえば、その時をただ待ち、痛みに耐え、赤ちゃんの動きに呼吸を合わせ整え、生まれてきたら抱きしめることくらい。
より良い食事、より良い環境、より良い習い事、より良い学校、より良い塾、より良い……と、必死に我が子にしてあげられそうなことを探して、与えようとするけれど、実は母親が貫くべきは、
待って、抱きしめる。
そんなシンプルなことなのかもな。
なーんて思いがよぎって、泣いた。
我が子を思って聴くと泣ける曲。
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