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北野映画のルーツとは

北野武。
ある時はコメディアン。
ある時は文藝ライター。
そしてある時は映画監督。
多彩な顔を持つ彼だが、今回は彼の映画のルーツについて紐解いていきたい。
そのためには彼自身のルーツを掘り下げなければならないだろう。

経歴

コマネチ!

本名は北野武。芸名はビートたけし。
漫才師、映画監督、俳優、画家、作家、歌手。
1947年1月18日生まれ、東京都足立区にある北野塗装店の御曹司として生まれる。明治大学工学部名誉卒業。
歴史に残る高視聴率番組と歴史に残る低視聴率番組を数多く生み出す。
1989年『その男、凶暴につき』で映画監督デビュー。
1997年『HANA-BI』でベネチア映画祭グランプリを受賞。
2006年 ガリレオ2000賞文化特別賞を受賞。
2008年 モスクワ国際映画祭特別功労賞を受賞。
2010年 フランス芸術文化勲章コマンドールを受章。
2016年 レジオン・ドヌール勲章を受章。
2018年 旭日小綬章を受章。
2022年 ウディネ映画祭ゴールデン・マルベリー賞
   (生涯功労賞)を受賞。
2022年 タシケント国際映画祭功労賞を受賞。

(以上、公式サイトより引用)

一つずつ見てみよう。

漫才師として

たけちゃんマン


まずは、皆さんご存知、漫才師としての顔。

彼は浅草フランス座で深見千三郎に師事し漫才師としてデビューする。
足立区出身ということで漫才文化がすぐ隣にあり彼によく馴染んだのだろう。
そのあとの活躍は語るまでもない。

そして、彼の映画特有の風刺表現のルーツは彼の漫才のスタイルにあるとも言ってよい。

漫才にせよ、彼の番組にせよ、非常にシニカルな笑いが多い。
報道番組での東京オリンピックの開会式の批判など社会風刺的な笑いを得意としている。

例えば「龍三と7人の子分たち」は引退した元ヤクザの龍三親分が、オレオレ詐欺に引っかかったことから、昔の仲間 “七人の子分たち” を呼び寄せ、若者たちを成敗しようと世直しに立ち上がる姿を描いたアクションコメディ映画である。

元ヤクザでありながら、オレオレ詐欺に引っかかってしまう高齢者というテーマが非常にシニカルで面白い。

こういったところは、確実に彼の漫才師としてのルーツが反映されているだろう。

俳優として

メリークリスマス!ミスターローレンス!

彼は映画を撮る前に俳優としてデビューしている。
よく知られているのは、大島渚監督の戦場のメリークリスマスである。
俳優としての評価も高いが、「俺たちひょうきん族」などでのコントの経験も演技の世界にスムーズに入ることができた要因であろう。

豊臣商事会長刺殺事件を題材にした、ドラマでの演技も非常に鮮烈で印象深い。

画家として

アキレスと亀

さて、次は画家としての顔について。

彼の絵を見ていると驚かされるのがその色彩センスである。
色が非常に多彩で鮮やかな絵が多い。

彼の父親の菊次郎は梅島の塗装職人であり、息子である武も幼少期によく仕事について行っていたそうだ。
彼の色彩感覚のルーツは父親にある。

そして、ここでキタノブルーについて少し話そう。

キタノブルーとは青い色彩を印象的に使うことにより、画面に独特の雰囲気を出す色彩設計のことであり、「ソナチネ」がその最たる例である。

ただ、青い色彩表現を用いるのは彼が初めてというわけではない。

フランスのJ・P・メルビル監督のフィルムノワールも、全編を青い画面で統一する事で、独特の雰囲気を出しているし、フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の作品なども、青などの寒色を効果的に使うことによって、やはり独特のムードを表現している。

作家として


作家としての北野武。

彼は作家としても非常に著作が多い。

代表的な作品は映画化もされている「菊次郎とさき」だろう。
老年期に入った父・菊次郎さんと母・さきさんとのエピソードをエッセイ風にまとめたもので、内容は暖かく昭和の懐かしい雰囲気が満載な作品である。

「菊次郎の夏」の人情味あふれる暖かい表現はこの作品を読めば納得がいく。

また、彼の著作には随筆が多い。やはり論理性よりもアーティストとしての側面が強く感じられる。

歌手として

浅草キッド

そして歌手について。
有名なものは「浅草キッド」なのは言うまでもあるまい。

軍団のグレート義太夫を、曲作りの補佐として作った作品であるが、浅草での芸人修業のエピソードを歌った内容で、多くのお笑い芸人が共感しただけでなく、この曲を愛する様々なアーティストがカヴァーしている。
映画「火花」では、菅田将暉×桐谷健太がカヴァーしたものが主題歌になっている。

また、彼の曲作りやメロディラインのルーツはジャズに由来するのではと考える。

北野武は修行時代「びざーる」「ビレッジバンガード」というジャズ喫茶で働いている。
「ビレッジバンガード」は連続射殺事件の犯人、永山則夫が働いていた所として有名で、村上春樹や中上健次などもこのことについて述べている。

話が逸れたが、彼の音楽的なセンスはジャズへの造詣の深さもその一助として大きな役割を担っている。

ここで彼の劇伴に使用される久石譲との関係について述べておきたい。

久石譲について

久石譲


劇伴家としての久石譲のキャリアで、ジブリ作品に次ぎ、認知されているのは、北野武監督作品への参加であろう。
「あの夏、いちばん静かな海。」から「ソナチネ」「キッズ・リターン」「HANA-BI」「菊次郎の夏」「BROTHER」「Dolls」まで計7作品の劇伴を担当している。

宮崎駿と北野武


久石譲が劇伴を担当した作品ではメロディアスな楽曲はテーマ曲にのみに留まっており、抽象的なミニマルな楽曲を主体とすることが多い。
とあるインタビューで「宮崎駿と北野武それぞれの作品へのアプローチの違い」を聞かれた久石譲は、「宮崎監督作品はメロディが主体、北野監督作品はよりミニマルなサウンドで」と答えている。

宮崎駿と北野武。両者の劇伴に対する考え方の違いは非常に興味深い。


北野武の暴力性

その男、凶暴につき

さて、ここまで肩書き、職業としての側面から彼の映画作品への影響を考察してきたが、彼の映画を象徴する「暴力性」については掘り下げられていない。

彼の映画の暴力性については、ガキ大将的側面が大きく影響していると考える人がいるが、私はそうは考えない。

以下「ソナチネ」のセリフより引用する。


「平気で人を殺しちゃうってことは、平気で死ねるってことだよね。」

「強いのね。私、強い人、大好きなんだ」

「強かったら、拳銃なんか持ってねぇよ」

「でも、平気で撃っちゃうじゃん」

「怖いから、撃っちゃうんだよ」

北野は実は臆病なのだ。
彼の暴力描写は臆病で繊細な彼の真相心理を覆い隠すペルソナなのである。

他作家の北野武の暴力性に関する見解


芥川賞作家の柳美里は北野の暴力性をこう評している。

「横の関係、友情の関係なんです。
その横の関係には一瞬の至福があるわけですが、それを壊すのは縦社会の論理です。
縦の線と横の線がぶつかった時に暴力が起こる。
なぜひとが暴力をふるうのかについては、さまざまな理由と動機がありますが、私は北野映画の暴力の根底にはプライドがあると思うんです。
プライドを持てば、そこに暴力が生まれるといってもいい、けれど日本のような平和主義、ことなかれ主義の国では、プライドを棄てなければ生きづらいんです。」

他にも北野武の暴力性について論じるものは多く、映画監督のべ・テスも彼の暴力についての書籍を執筆しているほどだ。

北野映画のセリフの少なさ

あの夏、一番静かな海


そして最後に、北野映画はセリフが少ない。
少ないが内容が入ってくる。
なぜだろう。

彼は自著の「間抜けの構造」より映画について以下のように論じている。

因数分解

そのあたりのことは、よく「因数分解」という言葉を使って説明している。

 例えば、Xっていう殺し屋がいるとするじゃない。そいつがA、B、C、Dを殺すシーンがあるとする。

 普通にこれを撮るとすれば、まずXがあらわれて、Aの住んでいるところに行ってダーンとやる。今度はBが歩いているところに近づいて、ダーン。
それからC、Dって全部順番どおりに撮るじゃない。

 それを数式にすると、例えばXA+XB+XC+XDの多項式。これだとなんか間延びしちゃう感じで美しくない。XA+XB+XC+XDを因数分解すると、X(A+B+C+D)となるんだけど、これを映画でやるとどうなるか、という話が「映画の因数分解」。

 最初にXがAをすれ違いざまにダーンと撃つ。それから、そのままXが歩いているのを撮る。それでXはフェードアウトする。

 それからは、B、C、Dと撃たれた死体を写すだけでいい。
わざわざ全員を殺すところを見せなくても十分なわけ。
それを観て、「Aを殺したのはXだとわかったけど、その他のやつらを殺したのは誰なんだ」と思ってしまうバカもいるとは思うけど、そういうやつははなから相手にしていない。

 これを簡単な数式で表すと、X(A+B+C+D)。

 この括弧をどのくらいの大きさで閉じるかというのが腕の見せどころで、そうすれば必然と説明も省けて映画もシャープになる。

この考え方は、彼が工学部出身ということも大きな要因を占めているだろう。
駄作にありがちな、説明くささがないのは、彼が理系出身という事も大きい。

まとめ

以上、北野武自身のルーツを紐解くことにより彼の映画を解剖してきた。
彼の映画には彼自身の人生のルーツが色濃く反映されている。
そんな背景を踏まえて彼の映画を鑑賞してみると、また違った側面で楽しめるだろう。

また、現在は新作の「首」を製作中であり、今後も彼の活躍に目が離せない。

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