松野探偵事務所 (2)
松野探偵事務所にドアの軋む音が響いた。
ソファーで昼寝をしていた松野が目を覚ました。
事務所の入り口に中年の女性が立っていた。
「小川田君、お客さんだよ。」と、奥の部屋に向かって言う。
「はーい。」
「…ここ探偵事務所ですよね?」
客は不安そうに質問した。
「ええ、そうですよ。」
「なんというか、ねぇ…。」
片づけどころか掃除すらした事無いような部屋に客は困惑した。
「すみませんね、男二人暮らしですから、気付いたらこうなってしまうんですよ。…とりあえず、汚いですがそちらにお座りください。」
「ここに、ですか…?」
戸惑う客に松野は構わず聞く。
「それで、ご依頼は何でしょう?」
「…あっ、えっと、ちょっとした困り事なんですけど…。」
「困り事、ですか…。」
小川田がお茶を持って来た。
「やっぱり探偵さんは御用聞きじゃないですよね、すみません。」
「いえいえ、お気になさらずお話の続きを。」
「最初はただの噂話だったんです。」
数週間前、主婦たちの井戸端会議。
「隣の部屋から物音が聞こえたの?」
「そうらしいけど。」
「私が聞いた話じゃ、いつもは物静かな部屋から急に物音が聞こえたって。」
「その部屋って誰が住んでるの?」
「名前は知らないけど、普通の会社員だって。」
―翌日―
「昨日の話、男の人だって。」
「物音がした部屋の人?」
「そう、それでさ、頭の方が”あれ”だって。」
「そういうことね。」
―数日後―
「あの人ってどうなったの?」
「あの人って?」
「頭が”あれ”の人。」
「あぁ、あの後部屋から出てないらしいよ。」
「まだ騒音被害続いてるみたいだけど、このままでいいの?」
「大家さんには相談したの?」
「もう話してるでしょ。」
「…警察、呼ぶ?」
警察に相談することにしたが…。
「事件性はないですね。今のところ出来るのは注意くらいです。」
「そうですか、わかりました…。」
これで騒音被害が治まる事はなかった。
「それで探偵さんにお願いしようと思ったんです。」
「なるほど…。」
「先生、結局どうするんです?」
松野は少し悩んだ。
探偵として仕事は出来るが、面白そうな依頼ではないからだ。
「騒音被害で悩んでるんだ、引き受けん訳にもいかんだろう。」
「ホントですか⁉ありがとうございます。」
二人は騒音のする部屋に向かった。
「ここですね。」
「どんな奴かな。」
インターホンを押したが反応がない。
「…留守ですかね?」
「普通の会社員だろう?昼間は居ないんじゃないか?」
「先生、話聞いてました?部屋から出てないって言ってましたよ!」
「まあ怒るな、小川田君。」
すると、部屋のドアが開いた。
「ああ!!うるせぇ!!」
薄汚れた寝間着に乱れた髪の男が出てきた。
「朝から何なんですか⁉」
「え、えっと…。」
「まさか騒音の原因がうるさいとは。」
「騒音の原因?それはあんた達だろ?もう帰ってくれよ。」
男はドアを閉めてしまった。
小川田は扉を叩いて、
「あの!話があるんです!」
と言った。しかし、男は出てこなかった。
「小川田君、今日はもう帰ろう。あの調子じゃ難しいだろう。」
「でも、このまま帰っていいんですか?もっと情報集めません?」
「そうだな、他の人に話を聞こう。」
松野と小川田はその部屋を後にした。
二人の後姿を部屋の男は見ていた。
「やっと帰ったか…。」
つづく
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