問われる失業給付〜「自己都合退職」を促す政府指針に映る矛盾
政府は今年5月、IT(情報技術)関連を中心とした成長分野の人材確保に向けて、新たな技能を習得するリスキリングや転職を促す「三位一体の労働市場改革の指針」をまとめた。検討を進める対策の一つが失業給付のあり方だ。具体的には、自己都合で退職した人に限り、受け取りまで2ヶ月以上の時間がかかる現行の給付制限期間の見直しを進めるという。現在の制度では、離職後すぐに失業給付が受けられないだけでなく、給付期間中は月2回以上、転職活動をしたことを示す「求職実績」が求められる。リスキリングのために専門学校、大学院などに通う、またはスキルを生かして独立や起業を図るために退職した人は、そもそも受給ができないか、企業への就職を目標としているかのように装うケースが出てくる。形骸化しやすい「求職実績」を求める制度の運用を改めなければ、リスキリングや自発的な転職者を支援する給付にはつながらない。失業給付の制限期間の短縮や撤廃は、問題の本質をごまかしていないか。
「学校に通う場合は失業の状態とは認められないため、受給資格はありません」「独立や自営を目指している場合でも、求職実績が必要だという条件は変わりません。受給するために、(就職)活動だけする方もいますよ」。地元の公共職業安定所(ハローワーク)の雇用保険給付課に足を運ぶと、男性担当者は悪びれる様子もなく端的に説明してくれた。
失業給付は、失業後にハローワークへ申請すると、直近の賃金の5〜8割ほどの金額を、雇用保険の加入期間などに応じて90〜150日間にわたって受け取れる。実際に申請をしてみると、求職実績を「つくる」ことは簡単だ。月に2回以上、ハローワークをセミナーや職業相談のために利用する、民間の求人サイトを通じた採用への応募することなどが条件となる。筆者も受給期間中、大手の就職サイトを利用したり、再就職に必要な国家試験を受験したりした。毎月決まった日時にハローワークへ直接提出する「失業認定申告書」に活動日や内容を記入するが、利用した神奈川県内のハローワーク職員からはインターネットによる応募を本当に行なったかどうかの確認や、試験に使った受験票の提示などは求められなかった。インターネットで検索をしてみると、「求職活動実績は5分でつくれる」とうたった動画まで公開されている。
厚生労働省が行なった2020年の転職者実態調査によると、実際に自己都合により転職した人のうち、離職期間がなく転職した人の割合は24%。離職期間があった人のうち、受給しなかった人の割合は8割にのぼっている。退職を選ぶ理由は「人間関係がうまくいかなかった」「賃金が低かったから」などさまざま。以前の職場で在職中に転職先を決める人、または離職中も貯金などで生活をやりくりする人が多数を占め、失業給付を利用しない転職者がほとんどであることがうかがえる。
実際に筆者が制度を利用して感じることは、失業給付は労働者が事業所に勤めることを前提とした仕組みであり、学び直しや多様な働き方を選択することは主旨に含まれていない。仮にそうした選択肢を選ぶ労働者を支援しようと言うのであれば、「失業状態」を証明すれば足り、形だけの「求職活動」を支給要件に求める実益はない。
失業給付は本来、解雇や倒産など会社都合による失業者を保護する制度だ。給付制限期間は、失業給付を目当てに転職を繰り返すことを防ぎ、保護に値する失業状態が続いていることを確認するために必要な期間だということが制度の建て前となっている。給付制限期間の短縮や撤廃は、給付目当ての離職者を出す課題とも隣り合わせとなる。現行の制限期間のあり方が、自己都合退職に向けた障壁だと捉えることは制度に矛盾するのではないか。
学び直しや多様な経験を積むために離職や転職を選ぶ人も目立つ近年。しかし、失業給付の制度はそうした離職者を支える仕組みとは縁遠く映る。多様な学び方や働き方を選ぶ労働者への支援策を議論し、失業給付制度の活用がふさわしいかどうかについては慎重に見極める必要がある。
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