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翅を欠いた蝶は何処

録画した子供向け番組で、アゲハ蝶が映し出されていた。黄色にくっきりとした黒い筋、鮮やかな青と赤の斑点。接写で見るアゲハ蝶の翅は、意外に模様の粒が粗くて何だかゴブラン織みたいだった。

小学生の時、母が事務のパートをしていた会社のお姉さんが私に誕生日プレゼントをくれた。
黒い蝶のネックレスだった。
不透明な黒に灰色の斑模様の、ガラスのような石のような不思議な材質で出来た蝶は翅の筋が細く彫られていて、可愛らしいというよりはリアルだった。ずしりと重たい蝶には金色のしっかりしたチェーンが付いていた。

私はその蝶を一目見てとても気に入った。
如何にも小学生の女の子が好みそうなピンク色やキャラクターものでないのが嬉しかった。
今にして思えばあのネックレスが似合う服なんて持っていなかった気がするけど、私はそれを早く着けて出掛けたくてうずうずしていた。

ある日友達のところに遊びに行くのに、私はそのネックレスを着けて行った。友達の家でお人形遊びなどするだけならば、良かった。
しかしその日は友達と外で遊んでいた。女の子と言ってもまだまだ外で鬼ごっこなどして駆け回るような年頃だった。私は友達とオタマジャクシを見ようと、しゃがみ込んで田んぼを覗き込んだ。
その時、私の首に掛かったネックレスが側溝の縁のコンクリートにぶつかり、蝶はパキンと割れてしまった。田んぼに落ちた翅の欠片を私は慌てて拾い上げた。割れた断面は表面よりもっと真っ黒で、ツヤツヤしていた。
友達は掛ける言葉が見付からない様子で、何とも言えない表情をしていた。私は精一杯へらへらと、あー、壊れちゃった、と笑ってみせた。ここで泣いたりしょぼくれたりしたら、いよいよ自分が救いようもなく惨めになる気がしたのだ。
覚えていないけど、多分家に帰って大泣きしたのだと思う。

持ち帰った欠片を接着剤でくっつけたが、細かい欠片は拾えなかったので完璧に元通りにはならなかったし、その内に結局継ぎ目からまた割れてしまった。最後に記憶に残っている蝶は、大きな翅を2枚とも欠いて小さなハートを逆さまにしたような無惨な姿だ。
蝶にも、そしてあんな素敵なプレゼントをくれたお姉さんにも申し訳無い事をしてしまった。

今でも、あの時着けて遊びに行かなければ、と思う事がある。友達に見せたいという子供らしい欲を働かせなければ、もっとここぞというおめかしの時に取っておけば…そんな風に後悔してみても詮無い事だが、そのくらい魅力的な蝶だったのだ。
そうしていればあの黒い蝶はまだ完璧な姿のまま、今も私の手の中にあったかもしれない。

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