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SUNN O))) & BORIS『ALTAR』ライナーノーツ(2006年)

2006年にリリースされたSUNN O))) & BORISのコラボレーション・アルバム『ALTAR』の日本盤に付けられたライナーノーツを公開します。
2023年4月22日(土)のRecord Store Dayでアナログ盤LPリイシューが決定しました(RSD限定カラーとなる Lava Red Vinyl仕様)。
もう17年!…と驚きますが、今聴いてもすごく新鮮なアルバムで、それにも驚かされます。文章はやや稚拙ながら、頑張ったと思います。
アルバムを聴きながら読みましょう!
【初出】
Inoxia Records – IXCD-0006 (CD)
Daymare Recordings – DYMV-999 (3LP)


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大理石を前にした彫刻家は、まだ一刀も入れる前から、その中に内包されている形が見える。彫刻という芸術は、内包された形を取り出し、解き放つ作業なのだという。
SUNN O)))とBORISのコラボレーション・アルバムも、日米の異才が"音"という大理石を前にして、一本の鑿を持って掘り刻んだ彫刻である。そしてその彫刻は、祭壇(ALTAR)を形どったものだった。
『ALTAR』は音楽界において独自のポジションを築いてきた2バンドの初共演作である。彼らの音楽性は"ヘヴィ・ドローン""パワー・アンビエント""サブテレニアン・メタル""トータル・アンプリファイド・ギター・ミュージック"などと呼ばれてきたが、いずれもまったくの的外れではないものの、正確に表現しているとも言い難い。それよりも、彼らの作品に耳を傾けることによって、その世界観が見えてくるだろう。
まず最初に、両バンドが辿ってきた道程を振り返ってみよう。

BORISが結成されたのは92年、東京でのことだった。MELVINSの曲タイトルから名前をとったこのバンドの結成時のラインアップはAtsuo(ヴォーカル)、Wata(ギター)、Takeshi(ベース/ヴォーカル)、Nagata(ドラムス)という4人編成だったが、96年にNagataが脱退、Atsuoがドラムスも兼ねることになる。それまでデモとコンピレーション盤にいくつか参加していた彼らだが、トリオ編成となって全1曲60分のEP『 ABSOLUTEGO』をリリース。早くから日本に留まることなくインターナショナルな活動を視野に入れていた彼らは同年アメリカで短期ツアーを行っており、THRONESやKARPと共演している。
97年8月には灰野敬二とライヴ共演を行い(この音源は翌年『BLACK: IMPLICATION FLOODING』としてCD化された)、また初の単独フルレンス・アルバム『AMPLIFIER WORSHIP』を発表した彼らは、ロックもドローンもノイズも股にかけたボーダーレスなスタイルで知られるようになる。00年にはパワー・アンビエント色の濃い『FLOOD』をリリースする一方で、ライヴではヘヴィなロックンロールもプレイ。後者の楽曲の数々は02年に『Heavy Rocks』として発表された。
この時期から"ロックの中心に向かう"BORIS(大文字)と"ロックの外周へと向かう"boris(小文字)という二極化コンセプトを打ち出した彼らは03年にはBORIS名義の『あくまのうた』とboris名義の『Feedbacker』をリリースするが、両名義は相矛盾することなく、ひとつのBORIS/borisとして共存している。
05年にはBORISのヘヴィ・ロックにborisのノイジーなアンビエンスを加えたハイブリッド作『PINK』を発表。さらに二枚のディスクを同時にプレイすることによってサウンドスケープを拡張させる『dronevil』『dronevil final』、架空のサウンドトラック集『マブラノウラ』、アナログのみの『目をそらした瞬間 -the things whitch solomon overlooked-』シリーズ(現時点で3枚が発表されている)、バンド初期から交流のあるMERZBOWとの『megatone』『04092001』『SUN BAKED SNOW CAVE』という一連のコラボレーション作品、アートワークまでを含めたトータル・コンセプトを貫いた06年の『VEIN』など、BORISの音楽の旅路はまさに聴覚の冒険と呼ぶに相応しいものである。そして、彼らの冒険記の最新章が本作『ALTAR』なのだ。

SUNN O)))の歴史は91年、グレッグ・アンダーソンとスティーヴン・オマリーが出逢ったことから始まる。当時グレッグはFALSE LIBERTY、BROTHERHOODなどのハードコア・バンドを経てENGINE KIDでプレイしており、シアトルで大学からドロップアウト。スティーヴンはまだ高校生で、80年代後半からファンジン『Descent』を発行していた。二人は意気投合、94年の終わりにTHORR'S HAMMERを結成。このプロジェクトは短命に終わり、スティーヴンはBURNING WITCH、グレッグはGOATSNAKEを結成する一方で自ら主宰する『Southern Lord』レーベルを設立するが、98年初めに再合体。シアトルの伝説のヘヴィ・ドローン・バンドEARTHへのトリビュート・プロジェクトを結成することになる。このプロジェクトは彼らが愛用するアンプ・メーカーの名前、そして"EARTH=地球"に対する"SUN=太陽"の意味で、SUNN O)))と名付けられた(読みは"サン"。右側のO)))はアンプのロゴにもある、音波を図案化したもの)。
彼らは98年4月に初レコーディングを行い、この音源は00年に『THE GRIMMROBE DEMOS』というタイトルでリリースされるが、公式デビュー作となったのは00年1月にレコーディングされた『00 VOID』だった。全編二人のギターによる地べたを這う重低音ディストーション・ノイズの塊は、伝染病のようにじわじわと聴く者の意識を侵食。かなり初期段階から単なるEARTHフォロワーを脱し、トニー・コンラッド、スティーヴ・ライヒ、60年代マイルス・デイヴィスなどの音楽性を呑み込みながら、『FLIGHT OF THE BEHEMOTH』(02)、『WHITE 1』(02)『WHITE 2』(04)と作品を追うごとに孤高の世界観を確立させていった。05年の『BLACK ONE』はストイックな地獄ドローン・サウンドをエンターテインメントの域まで昇華させた金字塔だ。
SUNN O)))がカルト宗教にも似た支持を受けるのは、そのライヴ・パフォーマンスに負うところも大きい。背後には大量のアンプの壁、ドライアイスが垂れ込め、ぼんやりとしか見えないステージ上に彼らは修道僧のようないでたちで姿を現す。そして轟音の波で観客をトランス状態にいざなう、"ロック・コンサート"よりも"儀式"に近いものなのだ。
BORISと同様に、彼らの作品も正伝と外伝がボーダーレスだ。ライヴ会場オンリーの作品やオリジナル・アルバム限定アナログ盤が多数リリースされており、マニア垂涎の的となっている。音楽のダウンロード販売が珍しくなくなった21世紀において、このパッケージに対するこだわりは徹底したものだ。
なおスティーヴとグレッグはCATHEDRALのリー・ドリアンとのプロジェクトTEETH OF LIONS RULE THE DIVINE名義でアルバム『RAMPTON』を02年に発表。さらにスティーヴはKHANATE(06年9月に解散)、ISISのアーロン・ターナーとのプロジェクトLOTUS EATERS、またデザイナーとしてもEMPERORや日本のSIGHの作品のアートワークを手がけるなど、多彩な活動を行っている。

両バンドの交流は長く、94年、BORIS初の海外ツアーのシアトル公演まで遡る。このとき対バンのTHRONESを見に会場を訪れたスティーヴンとグレッグがBORISのステージに魅了され、バックステージで声をかけたのが始まりだった。その後、彼らは連絡を取り合い、SUNN O)))が結成された際にも初ライヴのビデオをAtsuoに郵送するなど、常にお互いの動向は気にかけていた。
彼らが初めてステージを共にしたのは03年4月、ロンドンのカムデン・アンダーワールドでのこと。彼らはお互いに対する音楽的リスペクトを深め、AtsuoはSUNN O)))の準メンバーとして、しばしば彼らのステージに上がるようになる(連日の2ステージはかなり体力を消耗するものだそうだ)。この頃から両者はコラボレーション作品の構想について話しあうように。『ALTAR』というタイトルはかなり初期から決まっており、両陣営はメールのやりとりをしながらイメージを増幅させていったが、実際にレコーディング作業が行われたのは05年のアメリカ・ツアー直後だった。
レコーディング作業は、インプロヴィゼーションを主体としたものだった。「Etna」「Blood Swamp」はグレッグが書いたリフを基にインスピレーションを膨らませていった楽曲だが、他はまったく何もない状態からほぼワンテイクで録音。その上にオーヴァーダビングを加えていくというスタイルをとっている。彼らにとって、曲は書かれるものではなく、生まれなくてはならなかったものだった。冒頭に書いたとおり、『ALTAR』は両バンドが意識して楽曲を"書いた"作品ではなく、インプロヴィゼーションによって空気の中から音を取り出し、解き放つ作業なのだったのだ。このプロセスは神の啓示、あるいは宗教的エピファニーにも通じるものであり、その意味で『ALTAR』というアルバム・タイトルは相応しいと言えるだろう。
イタリアのシチリア島にあるエトナ火山の爆発的なエネルギーをイメージした「Etna」、SUNN O)))の二人の熊を思わせるヒゲ面と『あくまのうた』を引っかけた「Akuma No Kuma」など、アルバムの曲はいずれも自由な発想とインスピレーションに基づいた産物だ。中でも「The Sinking Belle (Blue Sheep)」は制限のない状況下ゆえに生まれた曲で、両バンドどちらの単独作品でも聴かれなかった、いわゆる"ポップ・ソング"に接近しているのが興味深い。なお、この曲は"(ニール・ヤングとの共演で知られる)クレイジー・ホースをバックにホープ・サンドヴァルが歌ったらこうなる"と表現されており、JESSE SYKES AND THE SWEET HEREAFTERのヴォーカリスト、ジェシー・サイクスが歌っている。
「Akuma No Kuma」でヴォーカルをとるのは、両バンドと縁の深いTHRONESのジョー・プレストン。彼のルックスもまたヒゲぼうぼうの"悪魔の熊"風である。
「Blood Swamp」には元SOUNDGARDENのギタリスト、キム・セイルがゲスト参加している。彼はグレッグのシアトル時代からの友人で、両バンドの熱心なファン。かねてから共演を熱望していたが、それが遂に実現することになった。
初回限定盤のボーナス・ディスクに収録される「Her Lips Were Wet With Venom」にはEARTHのディラン・カールソンが参加。SUNN O)))/BORIS/EARTHという夢の顔合わせが実現してしまった。その内容も28分を超える地獄ヘヴィ・ドローンで、まさにファン待望のドローン・サミットだと言えるだろう。

06年5月にはニューヨーク・タイムズ紙で『Heady Metal』なる特集が組まれ、SUNN O)))とBORISが大きく扱われるなど、その音楽がメインストリームを揺るがそうというタイミングで発表される『ALTAR』。ALTARという語句はALTER(変革)とも密接に関わっている。SUNN O)))の作品にはしばしば"Maximum Volume Yields Maximum Results(最大の音量が最大の効果をもたらす)"というメッセージが記され、Atsuoも本作について「とにかく大音量で聴いて欲しい」と語る。そうすることで、『ALTAR』は聴く者の精神への変革をもたらす力を持つことになるのだ。
轟音ドローンに彩られた神の祭壇。ボリュームの目もりをひとつ上げたら、人生が変わるかも知れない。

2006年10月
山崎智之
Tomoyuki Yamazaki



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