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今、祈ることは必要なこと。ー戸倉山薬師如来 コロナ終息法会に寄せてー

長野県伊那市と駒ヶ根市にまたがる戸倉山(1681m)。
その山頂(東峰)には、薬師如来が祀られています。
「山と仏」のTwitterアカウントを開設したところ、ここを紹介してはいかがですかとフォロワーさんからオススメをいただきました。

私たちの宗派のお寺に七蔵寺というお寺があります。
(現在は住職兼務の寺院となっています。)その七蔵寺と、長野県下諏訪町にあった萩倉薬師(現在は跡地のみが残っています)と合わせて三蔵薬師と呼ばれていたー
このように聞いていました。


新型コロナウィルスの生活が長期化する中で、
「山と仏」としてコロナ早期収束を祈る法会を行いたいと、
ずっと考えていました。

そこで、
かつて行基菩薩が手彫りの如来像を安置したと伝わる戸倉山。
その山頂にお祀りされている薬師如来さまの前で、
疫病退散法会を行いたいと考えました。
僧侶一人。
ただ、山頂のお薬師さまにお経をお唱えするというものです。
(オススメしてくださったフォロワーさんが来てくれましたが、
日程が合わなければ本当に一人ぼっちで拝んで帰ろうと思っていました)

なかなか見てもらえないものとは思うのですが、
それでも動画で配信しようと思いました。
なぜかと言うと、

私にできることは祈ることであり、
今、祈ることが必要であり、
祈ることが皆さまの救いと癒やしになる。

と考えるからです。

私たちは昔から、
疫病の流行など大きな災いがあるときに、
神仏に祈りを捧げてきました。
奈良の東大寺にお祀りされている大仏さまが建立された目的の一つが、
疫病の終息でありました。
弘法大師空海さまのお書きになった書物の中に「般若心経秘鍵」という本がありますが、
疫病が流行して、当時の天皇陛下自らが写経をしてその終息を願ったと書かれています。
昔は今のようにワクチンの開発もありませんし、医療技術も発展していなかったのですから、
できることは祈ることしかなかったという側面があるでしょう。
しかし、それだけではなかったと私は考えています。

新型コロナウィルス感染との生活も一年となります。
コロナが長期化する中で、直接的な感染の問題だけでなく、
感染者や医療従事者への差別、自粛をめぐる考えの対立などの問題が起こっています。
背景には未知のものへの恐怖や、何かと我慢を強いられる生活の中のストレスなど、私たちの心の要因があるのではないでしょうか。

では、どのようにして対処していくか、
と考えたときの一つの答えが
「神仏に祈りを捧げる」
ということであると私は考えます。
なぜなら、人知を超えた災いや未知のものへの恐怖は、遥か昔から現在に至るまでずっと起こってきたことです。
その中で私たちは祈りを捧げてきました。
願いを寄せるだけではなくて、
もう一つの意味があったのだと思います。
祈ることで揺るぎない心の拠り所を得て、恐怖や不安と向き合ってきたのだと私は考えるのです。


このように考えまして私は、
「山と仏」でお伝えしたいこととして「祈りの共有」を考えています。
「僧職系登山男子」としては、
やはり「山での祈り」をお伝えしたい。

そこで、今回の
「戸倉山薬師如来 新型コロナウイルス終息祈願法会」
となりました。

どうかご覧いただきまして、
心の片隅でかまいません。
ほんのちょっとでかまいません。
何かに祈るような、そんな気持ちを抱いていただければと思います。
それが、私たちがこれから生きていく上で、
必ず「心の拠り所」になると、私は信じています。

合掌

小雪童



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