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石老山


「石老山(せきろうざん)」は、神奈川県の相模湖にあり、高尾駅から1駅と、中央沿線で最も身近な山の一つに数えられる。

山名が示すように、古い岩と苔むす石が連なり、標高702メートルと低山ながら、都会の喧騒から逃れる駆け込み寺として最高だ。

令和元年の10連休、5月5日のこどもの日に、東京は最高気温25℃を記録した。2日前に鳳凰山から戻った足は酷く、左足の親指の皮は剥け、右足の小指の爪は剥がれかけていた。

休養にあてるべきだが、GW最後の快晴。せっかくの休みを与えられているのにゴロゴロしては申し訳ないと、山へ向かう決心をした。こどもの日にシルバーすぎる名前の山に登るというギャップも面白い。

本来なら高尾駅までは新宿駅から京王線で向かうが、この日は早朝5時に大久保駅から550円を払う。1895年(明治28年)のまさに今日、大久保駅が開通したからだ。

明治から大正、昭和、平成、そして令和へと、中央沿線を巡る登山は受け継がれている。登山は山へ到るまでの歴史に浸ることができるから味わい深い。

高尾駅からは大月行きの中央本線で隣の相模湖駅まで。この山を知るきっかけとなった横山厚夫さんの著『一日の山 中央線 私の山旅』には秀逸な描写がある。

「高尾から相模湖まではほんの一駅の呆気ないくらいの乗車なのだが、途中の小仏トンネルが劇的な山国への暗転を演出してくれるのがありがたい。その自然豊かな車窓風景にほっと息つくとともに、小仏トンネルによって気分がぱっと切換えられ、山旅への期待がいっそうふくらんでくるのを感じるのだ。」

山好きは皆、横山さんの感慨がよく分かるだろう。小仏トンネルを抜けた瞬間、急に山が濃くなる。眼前が深い緑に包まれる高揚感は、川端康成の『雪国』の冒頭を思い出させる。

登山口から1100年以上の歴史を持つ顕鏡寺を通る奇岩の道は、新緑と一輪草などの花々に迎えられる。耳をすませば、野鳥の合唱が響き、頂上までの路はオーケストラ会場になる。都会の垢を落とすのに、これ以上の場所はないかもしれない。

歩きやすい整備された路を進み、1時間半ほどで登頂。眺望はないが、テーブルが用意され、静寂にしばし気を安らげる。この日は山頂コーヒーのデビュー。


映画『岳』のようにパーコレーターで抽出。豆を入れて沸かすだけだが、山での優しさは格別だ。孤高のグルメに新たな一品が加わった。


行動食の豆大福を食した後は、周回して登山口へ。のどかな風景に癒されながらの下山。空を見上げると、そこには環水平アークとハロ現象のミックスが祝福してくれた。


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