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ライオンの夢

新宿から387円。待ち時間を入れても1時間1分。新宿駅は溢れんばかりに人でごった返しているのに西武新宿駅はガラガラ。ゴールデンウイーク4連休の真ん中、今井達也vs.リバン・モイネロのプロ野球最高の投げ合いでもチケットが取れてしまう。埼玉という地理がそうさせるのか。

所沢から西武池袋線に乗り換えると、ぶつかりそうな距離の家々の間を抜け、下山口駅を越えると木々の緑が深くなる。野球場が近づくシグナル。車内アナウンスでは「野球観戦をお楽しみください」と車掌さんも背中を押す。

阪神、阪急、南海、西鉄、近鉄。そして西武。野球と鉄道の関係は深い。列車は人々を野球場に運び、多くの浪漫を地続きにする。野球場へ続くレールはファンの希望の轍であり、電車は浪漫の揺りかご。球場は物語の母胎、白球はドラマを孵化する卵なのだ。

朝10時50分に西武球場前に着き、改札を出ると眼の前が野球場。12球団で最も鉄道と密接な球場である。

多摩湖へ少し歩くと食事処がある。11時前でも開いている。貸し切り。観戦前に狭山ラーメンで腹ごしらえ。

900円。今では少なくなったが、海苔とナルトがあったほうがラーメンはアートだ。東京の洗練された芸術品も美味しいが、やさしい醤油こそ真髄。

ご主人はレオファンだが、今日の先発も知らない。昭和で時を止めた。令和の野球に興味がない代わりに令和の野球ファンを送り出す。背中から聞こえてきたのは「ありがとうございました」ではなく「行ってらっしゃい」

西武ドームは横浜スタジアム、グリーンスタジアム神戸に次いで3番目に得点が入りやすい。ホームランの出やすさも東京ドーム、神宮についで3番目。二塁打は、ハマスタ、千葉マリン、大阪ドームに次いで4番目。三塁打も千葉マリン、甲子園、京セラドームに次いで4番目と日本で最も長打が出やすい野球場。最強のヒッターズ・パーク。

西武ドーム名物「ここに当たれば1億円」が今年からライトからレフトスタンドに移動した。右打者でここまで飛ばせるのは山川穂高、万波中正、岡本和真くらいか。アレックス・カブレラがいれば、すぐに撤去しただろう。

西武ドームのもう一つの特徴がブルペン丸見え。野球場はこうであってほしい。ピッチャーの神聖な儀式をファンと共有できる。

緑が深く、空気が重い。場内が暗い代わりに白球が見やすい。観客も選手も打球を見失うことがない。内野席に座ると、外野スタンドに差し込む光が眩しい。時おり忍び込んでくる春風が首筋を美しく冷やしてくれる。カラスが飛んで糞を落としていく草野球の匂い、昔の野球の粗野を残してくれる球場。

昨年からフカフカの人工芝になった西武ドーム。ライオンが走り回る草原を届けてくれる。


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