第15回: インド開拓の心得 (Jan.2019)

 “メニューのない店” と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。得体の知れないものを供されたり法外な値段を請求されたりといった懸念が先に立ち、十分な評判・口コミがあるか、よっぽど懐に余裕がない限り、ちょっと足を運びにくいと感じるのが一般だろう。私自身は当地を “メニューのない店” と紹介することがある。

 80km行けば言葉も食も風俗も全てが異なるインド、全国を隈なくカバーする物流網などない。複数都市に展開するチェーン店でも品揃えは異なる。同じレストランで同じ料理を頼んでも、シェフによって味も見た目も違う。"気に入って前回と同じものを注文したのに、似ても似つかないものが出てきた" 経験も一度や二度ではない。本当に満足のいく食事を楽しむには、その日に入った食材やお勧めを聞いてメニューにないものをリクエストし、値段を聞いてオーダーして、意に沿わなければ作り直させる、くらいの覚悟が必要だ。

 日本と当地の間で仕事をする際、当初の確認に時間を要するのが常だ。視察・観光先の案内から、市場の商品や特注品の買い付け、事業買収・提携先探しまで、“適当に良さげなのを見繕って提案・見積もりを” という依頼が最も悩むパターンだ。日本人の平均的な期待を可もなく不可もなく満たす選択肢はまず存在せず、何を優先するかで選択肢は無限にも皆無にもなる。ショックが少ない "Mild Spicy" なオプションは、端から事情を知らない外国人向けに仕立てられている。おっかなびっくり初めの一歩からカモられていては、二歩目以降が思いやられる。

 一昔前に比べれば大分充実したとはいえ、未だ二次情報は "虹" 情報。その時その瞬間、あっちからこっちを見たら、たまたまそう見えた、という幻に等しい。過去に誰かがまとめた情報を分析するより、最新事情に精通する人に自らの関心をぶつける方が早い。業種・業態問わず目まぐるしく環境が変わる中、いつ誰が何の目的で見るか分からないWebサイトを綺麗にするよりも、目前の相手への対応が優先される。ネット検索で得た幻の “虹" 情報を信じて現地を訪れ、がっかりするのもインド初心者の典型的な経験だ。

 “Global基準の偉大なLocal市場” であるインド。訛や言い回しがどうあれ、ビジネスの基本は英語。瞬時に配信される世界の最先端事例を誰もが話題にする一方、生活習慣に基づく身の回りの需要、現実的な懐事情、消費者の手に渡るまでの物流環境・商習慣などは地域事情が色濃く反映される。経営者が物知り顔で語る世界情勢や高邁な理想と現実とのギャップは日本から想像する何倍も大きく、Japan Standardを謳う企業を訪れて “たいそうなことを言ってた割に、やっぱりこの程度だったか。。。” とがっかりさせられることも少なくない。

 まずはこの手のショックを一通り経験するのは通過儀礼だが、どう咀嚼し消化・昇華できるかでその後は変わる。日本のモノサシで測り続ける限り、文字通りの規格外。念を押して “Mild Spicy, Please” と頼んだはずが "激辛" で出てくるのもいつものこと、シェフが味わったことすらない “Miso Soup” が日本人の期待する味で供されるわけがない。現地に馴染みのないものであれば尚更、相手が何を提供しようとしているか、積極的に擦り合わせる努力が不可欠だ。常識的に、適当に、ましてや “言わなくても分かるだろ?分かれよ” などといったところで、経験がない以上、想像力や配慮でカバーできる範囲を超えている。

 とはいえ、“英語と数字とロジックが共通言語という意味では世界標準" のインド。何でもありの庶民生活が広がる傍ら、"それなりの層" と付き合うなら礼儀・マナーは当然の前提だが、不得手な日本企業・日本人が意外と多い。依頼して訪れたはずが、碌に挨拶もしない。相手の勧めるまま過ごして質問もなく、口を開いたと思えば "そろそろ?" と帰り支度。関心と違うならそう伝えるべきだが、それすらしない。どれくらい腹が減っていて、どんな食材をどんな味付けで食べたいか、苦手な食材は何で予算はどこまでか、自ら望むものを相手に明確にする練習を “メニューのない店で食事する” くらいから始めてもいい。

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