見出し画像

忍術漫遊 戸澤雪姫 その13 『千変万化の働き』

雪姫と小光は顔を見合わして、

雪「小光どの、此奴も兄姉の仇の片割れ、手に掛けるが宜い」

小「畏りました」

と、小光は内田金蔵に向って、

小「コレ内田金蔵とやら、其方は兄上の仇敵の片割れ、サア立ち上がって尋常の勝負をせよ」

と、言いつつ懐剣スラリ引き抜いた。内田金蔵は大いに驚いた。

内「フーム、さては諏訪部大八郎は死んだか……。イヤ身共等はただ頼まれて加勢をしたばかり、どうか勘弁して呉れ」

小「卑怯で有ろう。兄上の御無念を晴らすのじゃ。サア覚悟しや」

と、ヤッと斬って掛かる。金蔵も仕方がないから、抜き合わしてチャチーンチャチーンと斬り合ったが、小光の一念凝った刃には敵わない。到頭夫れへ突き伏せられた。

小「兄上の遺恨、思い知れ!」

ブツリ絶息をさす。

雪「目出度い、目出度い」

道「小光どの、天晴れでござんす」

子「して、この死骸はお嬢様、何ういたしましょう」

雪「構わないから谷間へ投げ込んでお仕舞い」

お道と二人で谷間へ投げ込む。跡は雪姫は、

雪「サアこれから一つ静屋と言う宿へ行って、残りの者を討取らねばならぬ。早くおいで……」

と二人は急いで其の場を立去らんとする折りしも、先刻谷間に投げ込んだ二人の奴が逃げて帰り、四人に此の事を話したと見え、二人を先に立て総勢六人の浪人が、ドンドン此方をさして駆け着けて来る様子、雪姫は目早くこれを見付けて、

雪「オオ丁度幸い、来たらしい……」

乳「エッ、何が参りました」

雪「お前等には見えまいが、向うに今の仲間が六人来た。大方妾等を手込めにする為に来たので有ろう。乳母や、妾は隠れるからお前ら二人が遣っておやり。妾は例の奥の手で悩ましてやるから……」

道「ハイ、畏りました。ナニお嬢様、六人位なら妾一人で結構で」

雪「イエ、お前の仇ではない。小光どのの仇討だから、なるべく小光どのに討たさねばならぬ」

と、言いさま雪姫はパッと姿を消した。夫れとは知らず、六人の奴はドンドン紅葉谷に乗り込んで来て、ヒョイと見ると二人の女が木の根に腰を掛けて居るから、

△「オオ此奴だ此奴だ。オヤッ一人は居ないぞ。三人の筈だが……ハテナ……」

□「なんでも宜い遣っ付けろ…。オヤオヤ待てよ、あの若い女はこの間海田で坂田先生に加勢して討たんとした諏訪部大八郎と言う奴の妹小光とか言う奴ではないか」

△「ウム違いない違いない、あれだあれだ……夫れにあの年増もどうやら見た事が有る……ウム此奴はあの時美しい強い巡礼と一緒に加勢に飛び込んだ奴で有ろう」

△「然うだ然うだ此奴だ。するともう一人居た美人というのは、大方あの時の強い巡礼で有ろう」

甲「違いない。先刻投げられた手の中を見ると、あの時の奴だ。此処で会ったこそ幸い、遣っ付けろ」

乙「遣っ付けるより、やっ付けられん用心をせんければならぬ。して内田はどうした」

△「一向に居ない。大方谷間へ投げ込まれたんだろう。サア掛かれ掛かれ……」

と大勢を頼んで六人は、バラバラと二人の側へ近寄り、

□「ヤイ巡礼、汝はよくも今乃公と此の男を谷間へ投げ込んだな。サア勘弁ならん。叩き斬ってやるから覚悟をしろ……」

と、六人はスラリスラリ太刀引き抜いた。小光とお道は同じく懐剣を抜き放し、

小「其の方らは兄上の仇じゃ。覚悟をしや……」

と、小光は先に斬り込んだ。お道も共に突っかかる。六人は引きつ囲んで討ち取らんとするが、女ながらも然う安々とは討取れない。千変万化と働いて居る。

向うの木陰にスッと姿を現した雪姫は、九字を切って口中に何かを唱えると、斯(こ)は如何に忽ち大きな蜂が六疋、ブンブン空中に現われ、一匹づつが六人目掛けて、飛びつき飛びつき顔から手足の嫌いなく、チカチカ刺す。口でこそチカチカだが、熊蜂にさされると命に関わると言う位いのもの、痛いの痛くないのではない。

□「アイタ…。痛い痛い、蜂奴が鼻を刺した刺したアイタ」

と六人はキリキリ舞いを始めた。小光はしてやったりと飛び込み様、見る見る六人を突き倒して仕舞った。首尾よく六人を討ち取る事の出来た小光は大いに喜んで、雪姫とお道に礼を述べ、嬉涙に暮れる。

雪「サア一人位なら打捨てて置いても宜かろうが、斯く七人も手に掛けては、捨て置く事は出来ぬ。小光どの、代官所へ届ける事にしょう。」

と、これより三人は代官所へやって来て届ける。なんしろ仇討の事だから、代官所も別に咎めない。殊に雪姫が加勢と聞いて毛利城内の出来事を知っている代官は、

代「宜ろしい。御身達は引き取らっしゃい。死骸は此方で取片付けをなす。夫人で七人も討取られるとは天晴れで有る」

と、誉めこそすれ別に咎める道理はない。三人は代官所を引取り其の夜は宿に泊って、翌日草津に渡り、だんだんと道を急ぎ、周防岩国に歩(や)って来た。錦帯橋(きんたいきょう)を見物して、二日此所に逗留したが、別段変った事もない。夫れより次第に中国地を下り、九州に入り込み、難なく筑前名嶋の城下へやって来た。当時此処は小早川左衛門尉隆景の居城で三十五万石だ。三人は城下の楠屋と言う宿に泊まり込み、翌日城下の様子を探ると武者小路の角に、坂田庄蔵と言う看板を掛け、無念流の剣術を指南して居る道場が有る。雪姫と小光は武者窓からソッと覗いて見ると、真正面の高い所に、年頃三十位のデップリ太った赤顔(あからがお)の男が座って、大勢に指図をして居る。

雪「小光どの、あれが坂田庄左衛門でございますか」

小「イエ、お姫様違います」

雪「妾もあの時見かけぬ男だと思って居るが、不審でならぬ」

と、誰かに聞こうと思って居ると、一人の町人がやって来て、武者窓から覗き込む。これ幸いとお道が気を利かせて、

道「モシ、チョイとお尋ね申します」

町「ハイ」

道「あの道場の検査台の上に座って居る先生は師範台でございますか、夫れとも大先生で……」

町「イヤ、あれは巡礼さん、先生ぢゃないんで、師範代で……」

と、

道「アア左様でございますか、有難うございます……」

と、夫れより三人は宿へ戻って来て、翌日はお道と小光が道場の前へ来て、行きつ戻りつ武者窓をヒョイヒョイ覗く。すると二階の窓から眤(じつ)と往来を未卸していたのが仇の坂田庄左衛門だ。

庄「ハテナ、巡礼が行きつ戻りつ武者窓から覗くのが可笑しいわい……」

と、思ったから、門人篠原源六と言う奴を呼んだ。この源六、剣術は下手だが、小才の利く弁舌の宜い奴だ。所謂(いわゆる)猿知恵の有る男だ。

庄「源六」

源「ハイ何か御用でございますか」

庄「最前から武者窓を覗いて居るあの巡礼、どうも合点がいかぬ。笠を被っているから分からないが、咎(とが)める事は出来ん。なんと怪しい奴ではないか」

源「ナニ先生、咎めたって構やァしません。無闇に人の窓を覗くと言う法はないでしょう。然も女の癖に妾が行って咎めてやりましょう」

庄「ぢゃァ咎めて来て呉れ。夫れで若し笠を取らなかったら、夫れで宜い。何か文句を言って、一つあれに口を利かせて見て呉れ」

源「宜しうございます……」

と篠原源六奴(め)、ドンドン表へ飛び出して来て、

源「コレコレ巡礼、先ほどより此所を覗いて居るが、手の内を呉れと言う事ならやりもしようが、チョイチョイ覗かれては邪魔になる。一体何を覗くのだ……」

お道は生意気な奴だ。なんとでも返事は出来るけれども、敵と狙う身の上故、短気をしては不可ないと思って、

道「ハイ、私は良夫を尋ねて歩きますもの、これは娘でございます。お道場が御繁盛ゆえツイツイ覗いていたのでございます。御免遊ばしませ」

源「黙れ、人に物を言うのに笠も取らぬ法や有る。事に笠の下には頬被り、顔は態と隠して居るとは怪しい奴だ。笠を取れい」

道「イエイエ、妾は病気が有りまして、笠を取る事は出来ません」

源「ヤア、イヨイヨ怪しい奴だ、ウヌ……」

源六、廃(よ)せば宜いのに、猿背を伸ばして、お道の笠に手をかけようとすると、お道はパッと一足退いて、源六の手をチョイと取り、ヤッと引くと、ドシーン、前にのめった。其の間に二人は急ぎ足にその場を立ち去って仕舞った。源六は俯伏しに倒れて、余り高くもない鼻を打ち、鼻血をタラタラ流しながら、

源「アイタ……ウームウーム」

△「オヤオヤ、源六どの何うした、何うした。アッ鼻血を出して顔を真っ赤にして……ウフ……」

源「アイタアイタ、オイオイ鼻血が出て痛い乃公を笑うとは酷い」

△「酷いと言ったって其の顔を見たら笑わずにはいられん。一体どうした」

源「フーム、女巡礼にやられた……」

○「ナニ女巡礼だ、アハ………貴様もまた意気地のない……女にやられるとはあんまり弱すぎるではないか」

と、言われて源六面目なくコソコソと二階へ上って来て、

源「アイタ……先生先生」

庄「馬鹿ッ鼻声を出すな。弱いと言ってこれくらい弱い奴はない。して如何で有った」

源「どうで有ったと言って、先生此の通りで……」

庄「鼻血の事を尋ねるのぢゃァない。女はどうで有ったと言うのだ」

源「ウーム、夫れは斯様斯様で、一人は娘だと申しましたが、色の白い美人で十七八才、一人は母親で三九才か四二才で……これもシャンとした目許でございまして、」

庄「馬鹿、然んな事を尋ねるのではない。どういう面相だ。若い方は……」

源六の口振りに依ると、どうも諏訪部の娘小光らしいから、庄左衛門、悸(ぎょ)っとしたが、翌日また二階から様子を見て居るに、モウ来ないで有ろうと思うた巡礼が、またやって来た。ところが今度はどうも昨日の巡礼とは格好が違って居る様で或るから、よくよく見ると、どうやら海田で大八郎小光を遣っ付けようとした時、不意に飛び込んで来て、投げつけられた女に違いないから、流石の庄左衛門も心中恐れを抱き、

庄「大変だ、大八郎は見えないのは、海田の時に重傷で死んだのか、まだうごかれないので有ろう。あの巡礼の強い奴が相手に加担しては、乃公等(おれら)が何人かかった所で敵はない。彼奴が道場に目をつける様になっては百年目だ。乃公は海田を逃れ、只今では姓名をかえて小早川家に住み込み、町道場を賜って、気らくに生活して居るが、彼奴等が当道場を狙う様では、此処にも安閑として居られない。困った事が出来た、困った事が出来た」

と、坂田庄左衛門も小光ばかりでは恐れないが、相手には自分達の苦手で有る二人の強い巡礼が後押しらしいから、なんとかして自分の生命が救(たす)かりたいものだ。どうぞして奴等を返討ちにして今後安らかに暮したものだと色々考えた。其の中、何か思い付いた事が有ったと見えて、早速門人の篠原源六を呼んだ。

ちょっとした解説:死骸一人分くらいだったら谷にでも捨てておけはいいだろといった雑な態度は、現在の物語では見られないもので、なかなか面白い。仇討ちの助っ人が強すぎるため、なんとか逃げようとする、あるいは対策を取るというのもよく使われる設定、雪姫様たちが身辺調査をしているような描写は、犯罪実録が流行して後によく見られるようになった場面だ。

私について https://ichibeikatura.github.io/watashi/