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忍術漫遊 戸澤雪姫 その06 『神出鬼没』

頭「コリャコリャ早くしろ。金はいつでもさらえる事が出来るが、これは序でだ。本来の目的は当家に逗留(とうりゅう)しているという二人の女だ。若い奴は俺の女房にして、年増は手前らが散々慰んで、飯炊きにでもしろ。サア早くしろ、早くしろ……」

雪姫はこれを聞くとムッと腹を立て、

雪「この雪姫を女房……汚らわしい事を云う奴じゃ。ヨシヨシここではいかぬ。私の寝所に誘き寄せて、一々生け捕ってやろう」

と引き返して来て、

雪「乳母や、今に来るよ。お前は灯りを消してここに隠れておいで。私がここにいて、チョイチョイ当てるから」

道「イエお嬢様、私は隠れているのは嫌でございます。せめて五人や十人は……」

雪「それではここに来て、入って来る所を一々お当てよ。私は張本(ちょうほん)[首領の意]を吃驚させるから」

道「畏まりました……」

お道は入り口の横手にかくれ、懐剣を帯の間に挟み、じっと待ち構えている。泥棒共は家内の奉公人に至るまで悉く縛り上げ、出口入口に二人三人と張り番をさせ、それより奥の離れ座敷へやって来た。

△「サア今度は正念場だぞ。美しい娘と年増がいるんだ。手荒いことをしねぇように召し捕るんだ」

○「ヨシヨシ高の知れたる女二人、なんの手間暇がいるもんかい。サアサア来い来い」

と、離れ座敷の入口に来ると、内部は真っ暗でサッパリ分らない。

△「オーヤオヤ、こいつはいけねぇ、真っ暗だよ。何が何やらさっぱり分らねぇ」

○「分らねぇでもいる事はたしかだ。待て待て」

と、一人が耳を澄まして立ち聞くと、内部ではスヤスヤと寝息の音がする。

○「いるいる。大丈夫だ」

□「冗談ぢゃねぇ。サア召し捕るんだ。静かに静かに……」

一人が四つん這いになって入り込んで来る横手に待ち構えていたお道は、柔術は手に入っているものだから、当て殺すくらいはなんでもない。ヤッと脾腹に当てる。ウーム、気絶をする。足を掴んでズルズルと奥へ引きずり込む。すると雪姫は剃刀を持っていて、頭をゾロゾロやるのは手間が取れるから、髷をジョキと切って、眉だけをゾクゾク剃り落す。入口では手下の奴、そんな事と少しも知らないから、

△「オイ越前、どうしてウームなんて変な呻き声を出すなァい。気持の悪い……オヤッ静かだぜ。越前、越前……こいつはどうも変だ……」

とゾロゾロ入り込む。ポンとまた当てる。ウームと気絶する。引きずり込む。ヂョキとやる。三番目の奴は、

三「オイ筑後どうした……」

とゾロゾロ入り込む、ヤッと当てる。髷を切り取る。入り込む奴を皆々小口より当て殺して、ヂョキヂョキやるからなんの手間暇もいらない。二十六人やっつけると、他の手下の奴も気が付いたらしい様子、

△「ヤイ待て待て、丁度これで二十六人も入り込んだが、なんの沙汰もねぇ。こんな筈はないのだが……内には誰かいやがる様だぜ。灯を持って来い」

云っている間に雪姫はお道を連れてプイと部屋を立ち出で奥へ来た。忍術で姿を隠してやる仕事だから、誰も知る者はない。張本の地獄太郎と云う奴は、

地「ヤイ女はどうした。早く召し捕ってしまえ。早く、ガッ龕灯を持てッ」

と、云っている所へ手下が龕灯を持って来た。

地「ソレ内部を調べろ。二人の女はどうしたんだ……」

と、いいつつパッと照して見ると、コハ如何に、二人の女は影も形も見えないで、入り込んだ二十六人の手下の奴が折り重なって倒れている。流石の張本もアッと驚いて、

地「ヤッ、これはどうしたんだ……」

と、飛び込んで来て見ると、二十六人は髷を切り取られ、おまけに顔が変だと思うと眉毛もない。

地「アッこいつは奇態だ。どうしたのであろう。あの虫も殺さぬ二人の女にこれほどの腕前のある気遣いはねぇのだが。ハテナ」

一々活を入れて蘇生させ、

地「ヤイ手前らは一体どうしたんだ」

手「ウーム」

地「ウムじゃねぇや。髷を見ろ。眉毛はどうしたんだ……」

云われて一同は初めてそれと気が付き、ワッと泣き出した。

△「お頭、どうも不思議でございますぜ。私がここに入ると、ヤッと脾腹へなにか当ったかと思うと、それっきり皆目夢の様で、なにも分らねぇので……ハテナ……」

みなみな狸か狐につつまれた様な心地だ。張本の地獄太郎は大いに怒り、

地「フム、さてはあの二人の女はチョイと腕のある奴だな。ヨーシ見張りがしてあるから表へ逃げ出す事は出来ねぇのだ。家探しをしろ。飽く迄探し出して召し捕れいッ」

と厳命を下しながら、奥の室へ入り込んで見ると、先刻縛り上げておいた家内の奴は一人も姿が見えないで、しばった縄がそこらあたりに散乱している。

地「フーム、こいつァ、イヨイヨ手当をしやァがる奴がいると見える。折角入り込んで散々な目に合わされて、このまま手ぶらで帰る事たァ出来ねぇ。あくまでも女の隠れ場所を探せ探せィ」

と彼方(あちら)此方(こちら)の居間や座敷を探していると、奥の離れ座敷でカラカラと笑う声がする。

地「オヤあの部屋は今出て来たんだが。誰かいるのかしら……あの声は女の様だ……」

地獄太郎が先に立ってドシドシ来て見ると、こは如何に、二人の女がニタニタ笑っている。

地「オヤここにいやァがったか。サテは押入に隠れていたのであろう。ソレ召し捕れッ」

声に応じて手下の奴は飛びかかった。お道は立ち上がって、先に立ったる一人を引ッ捕み、エイッと投げる。ドシーン、物の見事に柱の側に投げつけられ、コッーン頭を柱に打ッ付け、キャッ、そのまま気絶、

△「オヤッ、年増が味な真似をしやがるぜ、ソレッ……」

今度は右左より掴み掛った。お道は左右の腕を延してチョイチョイと二人の手首を引き付かみ、エイヤッと投げつける。この手練に驚いて手下の奴は進み兼ね、ワイワイ犇(ひしめ)き騒いでいる。張本の地獄太郎はこれを見ると、大いに怒り、

地「ヤア不埒千万な奴、ヨーシ、俺が一番手に掛けてやろう」

と長刀振り回して討って掛ろうとすると、この時までじっと見ていた雪姫は、

雪「コレ乳母や、今度は私が出るよ。お前は見物しておいで……」

云いつつ雪姫は立ち上がって、

雪「お前が張本の地獄太郎かい。サア私が相手になって上げるから、何所からでも掛っておいで……」

と云いつつニコニコ笑っている。地獄太郎はイヨイヨ怒って、

地「ウーム、こいつ人を馬鹿にしていやァがる。この上は俺の権妻(めかけ)にしてやろうと思ったが、可愛さ余って憎さが百倍、この上は我が手にかけてくれん。サア来い……」

と、雪姫を臨んで打って掛った。雪姫はヒラリヒラリと引き外し、蝶の花に戯れるが如く、しばらくあしらっておったが、ヤッと叫ぶと、長刀の先にヒョイと止った。

地「オヤッこいつは身軽い奴だ。ウヌ人を馬鹿にしていやァがる……」

ヤッと振り払うと、今度は太郎の頭にチョイ、

地「ウワー、女の癖に頭の上に飛び上がるとは憎い奴、糞ッ」

太郎無闇に暴れ出した。すると雪姫の姿はパッと消えたが、太郎にはそれが分らない。

行燈を雪姫と見たか、ヤッと横に払うとドッと倒れる。薙刀の石突でウムと押し伏せ、

地「サアどうだこの阿魔め、恐れ入ったか。俺の女房になるか、地獄太郎の腕前に恐れ入ったであろう……」

云いつつグイグイ押さえ付けていると、クックと笑う声が後ろの方で聞える。太郎ヒョイと振り返えって見ると、雪姫が突っ立っている。

地「オヤッ、こいつは……」

押し伏せているやつを見ると、あに図らんや行灯だから、アッと驚いたる太郎は雪姫目掛けて斬り込んだ。途端に雪姫の姿がパッと消えたから、そこにあった木枕をヤッと切り払った。切り払ったは良かったが、それが宙に飛び上り、落て来る奴が自分の眉間に発止と当ったから堪らない。

地「アイタ……ウーム……」

薙刀思わず取り落し、眉間を押えて唸っている所、お道は横合いより踊り掛り左手を掴んだと思うと、エイッ、ドシーン、柔術の極意でその場へ投げ出した。太郎も力自慢ではあるが、不意を喰ってボロ糞だ。到頭縛り上げられてしまった。大将討たれて残兵全からず、手下の奴は頭のやられたのを見ると、

△「オヤッ、敵わん、敵わん、逃げろ、逃げろ」

と先を争って逃げ出した。ところが雪姫、なに思いけん、九字を切って口中に呪文を唱えた。すると一旦門口まで逃げ出した手下の奴等は、また引返して、

□「早く逃げろ、逃げろ」

とゾロゾロ内庭の広場をクルリクルリと廻り出す。その内に夜が明ける。押入の中に隠れていた主人の平左衛門はじめ、召し使いに至るまで、山賊の張本を召し捕ったと聞き、ヤレ安心とゾロゾロ出て来る。いずれも雪姫とお道の前に来て、ペコペコ頭を下げて、

平「ヘヘッお姫様、誠に危ない所をお助けに預りましてありがとう存じます。あなた様がいてくださいませんでしたら、私共の生命はない所でございました」

と礼を述べながらヒョイと内庭を見ると、まだ大勢の手下がエッシエッシと輪になって走っているから、

平「アッ大変……まだ山賊がおります」

雪「ホホホ、あれは私が術にかけているのだから、心配はないよ。逃げ出すつもりだが、どうしても逃げられないのだよ。ソレ一人倒れ二人倒れ、今にみな倒れてしまうよ」

と云っていると、二十五人の小賊は、無闇に走って苦しくなり、

△「ウームウーム、喉がかわく。水だ水だ。苦しい苦しい。恐しく遠い庭だ。まだ門前に逃げて出る事が出来ない」

と、胸をドンドン叩きながら、到頭二十五人が残らずそれへヘタばり込む。

雪「ソレ、お前らしばっておしまい」

奉公人や下男は喜んだ。しばり上げられた仕返しだと云って、寄ってたかって小口より雁字(がんじ)搦めに引きしばる。山賊は張本を初め六十幾人が召し捕られたが、一人も死んだ者はないが、怪我をした者は沢山ある。それを数珠(じゅず)繋ぎにして、村人がゾロゾロ代官所へ引き立てる。山賊は悉く仕置にしられ、白旗山の山塞まで焼き払われて、往来は無難になった。これもひとえに雪姫主従のおかげであると云うので、名主を始め村人は雪姫主従を引き止めて、盛んに饗応する。素性が分って見ると、雪姫は面白くない。無理に暇を告げて、差し出す礼金を手にだも取らず、主従二人は白旗山の麓の村を出立した。

ちょっとした解説:権妻(ごんさい)は明治の言葉、しかし根本的に狂ってる物語い対し、細かな突っ込みを入れたところで仕方ない。山賊の100人程度なら雪姫様ひとりでやっつけることが出来るのだが、お道が暴れたいからと強引に割り込んでいる。御目付け役のお道の我侭に、雪姫様がつきあってあげているのは、主従というより悪友といった関係性で、なかなか面白い。部屋に隠れて入ってきた奴を順番に当て殺していくというのは、相変わらずの定番の場面、殺さずに髷と眉毛を切るというのも、人殺しをしない忍術ヒーローがよく取る行動である。物語の中でお道の強さは、地獄太郎に一対一で勝てなくはないけど苦戦はするといった程度、狂言回しとしてはなかなかの強さだ。

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