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恐怖に包まれたなら、きっと。

重い重い重すぎる腰をあげて、やっとの思いで病院に電話してみた。それなのに、そこでまず多分男に間違われた私は、不審者のように扱われた。それでもめげるか。ここまできたんだ。もう後戻りはしたくない。この努力を無駄にしたくない・・。そんな気もちで病院の前にやっと立つ。
わたしはこの街に引っ越して一年ほどで、病院をよく知らなかったので、知り合いのおすすめする場所を選んだ。彼女は現在ここの病院で不妊治療を受けている。その病院は、病院とは思えないほど、豪華でリッチな建物だった。
最初はネットで調べた一番家から近い産婦人科の病院へと行こうと思っていたが、そこは彼女にすごく反対された。
「その病院の先生、微妙に若くで、微妙にイケメンなのでやめたほうがいいですよ。」と。
え?なぜイケメンを拒否る?
最初は疑問に思ったが、私の行こうとしている病院は、内科でも外科でも皮膚科でもなく、産婦人科。多分検査されるのは、自分でもよく見えないあの穴であることをすっかり忘れていた。
そうして納得したわたしは、迷うことなく彼女の通う産婦人科へと行くことに決めた。先生もおじいちゃん先生ということらしいので安心だ。多分経験豊富だし。そんな非常に勝手な固定概念を提げてしまったが、助言をくれた彼女にこっそり感謝した。

ホテルのフロントのような受付で初診の手続き等をし、がん検診のハガキを出す。がん検診はもともとする予定ではなかったけど、電話で勧められたので持ってきた程度だった。だがしかし、このはがきでは受けられないと言われる。がん検診をするためにはこのハガキを数キロ先の施設にいって何かの券に引き換える必要があると言うのだ。男に間違えられようと、不審者のように思われようと頑張ってここまできたのに、ここでもわたしは受け入れられないのかと思った。普段なら180パーセント諦めて断っていたと思う。でももう2度と来ることはないだろうという気持ちでここまできたわたしは、そのめんどくさい引き換えもすんなりと受け入れ、とんでもなく長い病院の待ち時間の間にわざわざ別の施設まで行き、がん検診をするための券をゲットした。

さらに長い待ち時間、開かずの扉のように目の前に見えていて、ずっと待っていてもなかなか迎え入れてもらえない診察室の扉を見ながらふと思った。
もし、もしも、病気かなんかを宣告されてしまうようなことがあったら、わたしの人生は、この診察室を開けて出る瞬間から、きっとガラッと変わってしまうんはないかと。友達に相談したときも、ふざけて「ガンだったらどうしよ〜〜」みたいなことをバカみたいに言っていた。ガンという病気についてなにも知らないくせに。やばい病気の代名詞だった「ガン」と言う言葉をふざけて使っていた。でもそれは絶対わたしには関わることのない言葉だと思っていたから。間違っても日常的に使うことはないと思っていたから。
でも病院の待合室の椅子に座り、時間の感覚がおかしくなるほど待たされていたら、その恐怖がだんだんと形を帯びてきたんだ。病院の椅子とは思えない座り心地の柔らかいソファーから、きれいな絨毯の足元から、恐怖がじわじわと私を包んできた。

もしかしたら。

そんな気持ちが、そこで初めて生まれた。
もう待ちたくない。と思った瞬間、ようやく名前を呼ばれた。

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