送りバントの有用性の「間違った考え方」について

1.はじめに
 日本のプロ野球において、送りバントに関する議論は盛んである。多くの統計を用いてシミュレートすることで結論を導き出すことが期待できるが、現在の送りバントの有用性に関する議論においては「間違った考え方」が蔓延しており、これはファンの意見だけでなく、記者や元プロの証言にもみられる。
 ここでは、送りバントの有用性についての議論に見られる様々な「間違った考え方」と、統計データの不適切な使用、シミュレートの困難さ等について述べる。

 「送りバントは無意味だとする考え方が誤っている」というような内容であるが、私自身は送りバントを擁護するわけではないことを始めにことわっておく。
 また、私が一番知っているチームがベイスターズなので、ベイスターズの選手や試合を例に挙げている。

2.何を結論づけたいのか
 いかなる議論においても、何を問い、何を結論づけるのかがわからないと議論にならない。では、「送りバントの有用性」についての議論では、何を結論づけたいのか。

 例えば「2019年のプロ野球において、無死1塁の状況で送りバントを試みた場合と試みなかった場合での得点割合の比較」が問いであれば、そのデータを示せばいい。
 あるいはそのようなデータから、「送りバントを試みた場合よりも、試みなかった場合の方が得点が多く入った」という結果が判明したとする。しかし、そこから「全ての送りバントは無駄である」と結論づけるのは間違いである。問いと結論が一致していない。

 送りバントに関する議論では、ただ「有用性」というだけでなく、何を問い、何を結論づけたいのかをはっきりさせなければならない。送りバントに関する問いや主張は様々である。具体的なシーンを切り取って「ここでバントさせるべきか」というものや、そもそも送りバント前提で2番に非力な打者を置くのは間違いであるか、送りバントを戦術としてとらないのであれば盗塁や長打を狙うような選手の育成や補強をすべきか、等。

 それぞれの結論に至るためには、それぞれに有用なデータが必要である。一つのデータを抽出し、勝手に結論を導き出すのは誤りである。
 「送りバントによって結果が良かった場合と悪かった場合を集計すると、悪かった場合が多かった」というデータで、「全ての送りバントは無駄である」という結論付けがされていることが非常に多い。それは誤りだ。

 雨の日より晴れの日の方が多かったとしても、傘が全く必要ないわけではない。
 

3.「間違った考え方」
 はじめに述べたように、統計データが正しくてもそれに対する「間違った考え方」から、誤った結論に至っていることは多い。何がどう間違っているのかを具体的に挙げていく。

 もっとも単純な間違いは先にも挙げたように、データの割合から「全ての場合」に適応させてしまうことである。
 「送りバントが有用だったのは1割の場合だった」という場合、「全ての送りバントは無意味である」という結論は間違いである。「1割は有用であり、9割は有用ではなかった」という結論が正しい。

 そうだとするならば、必要なのは「有用だった1割の状況を解明する」ことかもしれない。相手ピッチャーや守備陣の能力、得点差、打者の能力などを詳しく調べることで、どんなときに送りバントが有用かがわかるかもしれない。
 「1割しか有用ではないので、すべてのバントが無駄」は誤りである。

 あるいは仮に、問いが「この場面で送りバントさせるべきか?」というものだったとする。
 例えば2020年9月15日ヤクルト横浜の試合では、1回表に先頭打者の梶谷隆幸がヒットで出塁し、無死1塁で打者オースティンという場面があった。「この場面でオースティンに送りバントをさせるべきか?」という問いが生じる。

 多くの人は、送りバントをさせるべきではないというだろう。では、それはどのようなデータから結論づけられるのか。オースティンは日本ではもちろん、メジャーリーグ時代にも犠打数は0である(犠打失敗数までは確認できていないが)。
 バントをしたことがないオースティンが送りバントをするかどうかの議論に、どのようなデータを用いればいいのか
 
 ここで、送りバントの有用性についての議論についての典型的な「間違った考え方」をしてしまうことが多い。
 今までの日本プロ野球での全ての試合でもいいし、直近数年のデータでもいいが、それらのデータにオースティンは含まれていない。

 しかし、他者のデータからオースティンがどうするかを結論づけていることが多く見られる
 オースティンが今までそのような場面で犠打を試みた場合とヒッティングを試みた場合とで、十分なデータが集まっているのならそれを参照すればいいが、オースティンは犠打数が0なのでそのようなデータはない。

 「過去の統計から、犠打をしたほうがいい場面の目安を示すことができる」という主張があり、上の意見に対する反論になりうる。

 例えば「ここ5年の統計を見ると、無死1塁の場面では打率.150未満の選手には送りバントをさせたほうが良い結果が出ている」というデータがあったとしたとき、「オースティンの打率は上記の時点では.305であったので、送りバントをさせないほうが良い」という主張は、正当性があるように思われる。

 しかし、これは誤りである。結論ではなく、統計データの適用のさせ方が間違っている

 上記のように例えばオースティンは今まで犠打をしたことがなく、続く打者の3番ソトや4番の佐野恵太、5番の宮崎敏郎もプロ入りしてから犠打の記録はない。彼らは中長距離打者であるので、監督もバントをさせないだろう。

 一方で、8番の大和は2019年までに通算で180回の犠打を記録しており、2014年の50犠打はリーグ最多である。横浜ベイスターズに移籍してからは犠打は減っているが、大和のような選手は一昔前ならば典型的な「送る選手」であっただろう。

 このように、参照する統計に含まれるものは、強打者にヒッティングのみをさせ、非力な打者にはヒッティングもバントさせたような、全てが混ざったデータである。

 ある打者がバントするかどうかを結論づけるのに、「ある強打者にヒッティングさせた場合と別の弱打者にヒッティングさせた場合を比較するデータ」を用いるのは誤りである 
 大和が送りバントをせずに凡退・併殺打を繰り返すほど、統計的には送りバントの優位性が上がっていき、オースティンが送りバントをしたほうが良い
という結論になってしまう。

 「無死1塁の場面では打率.150未満の選手には送りバントをさせたほうが良い結果が出ているというデータ」という例えを用いたが、これは架空のものであるし、このようなデータがあったとしてもどのように比べて「良い結果が出ている」かをよく調べなければならない。そもそもセ・リーグであれば打率.150未満の選手はほとんど投手であろうし、8番打者が送って9番の投手に回すということはほとんどありえない。逆に9番投手に代打を送るのであれば、強行であれバントであれデータは別のものを使用しなければならない。全てを総合したデータを、個別の選手の場合に適用させるのは誤りである。

 一方で、例えば「盗塁」ならば、ランナーの足の速さやキャッチャーの肩の良さなどを鑑みて、盗塁させるかさせないかを判断するだろう。
 セ・リーグ全体の盗塁成功率がどんな数値であっても、オースティンが盗塁するかどうかには全く関係がない
 盗塁の場合は選手の個別の能力やデータを参照するのに、送りバントについてはそうしないというのは、誤りである。

 もちろん、ただ統計データを取りたいだけなら問題はない。全体のデータを個別の場合に当てはめようとするのが間違いなのだ。

4.どのような統計データなら使えるのか
 では、オースティンがバントをしたほうが良いかどうかは、どの統計データを用いればいいのか。はっきり言えば、統計データから正確に分析するのは困難である。

 上述のように、オースティンがバントをしたデータはない。では、今からオースティンに無死1塁から送りバントさせてデータを取るのか。そのデータが有効であるためには何打席かかるのであろうか。あるいは何度も犠打をさせるうちにバントが上達し、1塁セーフの割合が増え、期待値が上がるかもしれない。いずれにせよ、そのデータを集めるのは現実的ではない。

 これはオースティンだけに限らない。大和のようにヒッティングも送りバントもどちらもしているような選手の場合、ヒッティングさせた場合と送りバントさせた場合のそれぞれの個別のデータしかない。大和が今まで送りバントをしていたような場面でヒッティングさせたときに、どうなるかはわからない。
 ラミレス監督の采配では、バントしないことに関して苦言を呈されている事も多い。あるいは一昔前の「なんでもバント」の時代を否定したいのならば、そのような間違った(とされる)采配のデータを用いるべきではない

 正確で有用な統計データを取りたいのならば、全ての選手に対してヒッティングさせた場合と送りバントをさせた場合、あるいはそれらを混合させた場合(2番には全て送らせるが3番には全て送らせない、等)などを、信頼できるほど試合数を重ねなければならないが、繰り返している通り現実的ではない。

5.シミュレートと難しさ
 では、送りバントが有用かどうかをデータから導くのは全くもって不可能かと言えば、そうでもないかもしれない。
 選手の打席結果を想定し、コンピュータでシミュレートしてみればよい。

 例えばある選手は打席のA%が凡退であり、そのうちa1%が併殺打になり、a2%が進塁打になり、a3%がただのアウトである。凡退しない打席のうちb1%はランナー1・2塁になるヒットや四球であり、b2%はホームランであり……というような打席ごとの確率を選手ごとに指定する。それをシミュレートしてみれば、現実的ではなかったオースティンにバントをさせ続けるようなデータも集めることができる。
 このようなシミュレートがうまくいけば、どのような場面でどのような選手にバントをすれば良い結果が生まれるのかを結論づけることができるかもしれない。

 ただし、このようなシミュレートには重要な困難がつきまとう。打席結果の確率の指定である。
 まず、勘違いしている人が多いが打率や出塁率は確率ではなく、結果の割合である。100打数のうち30本のヒットを打った人は、ヒットの割合は3割であるが、次の打席でヒットを打つ確率は不明である。
 しかしそれを言い出すとシミュレートできないので、割合を確率として扱いシミュレートすることに異論はない。

 ただ、そうすると新たな問題が生じる。打率をそのまま確率としても良いのだろうか

 単純なところからいえば、ほとんどの選手は対右投手対左投手では打率が異なる。オースティンの例では投手が左投げの石川雅規であったため、対左投手の打率.250(2020年9月15日終了時点)用いたシミュレート結果を参照するべきなのであろうか。「左右病」とも揶揄されるが、それは信頼できるのか。

 あるいは対戦投手ごとの打率で考えるべきなのか。過去のオースティンと石川の対戦は7月3日の2打数のみであり、そのときは空振り三振、センター前ヒットの2打数1安打であった。だからといって、ヒットを打つ確率を5割としてシミュレートするのは明らかに間違いであろう。

 オースティンは来日1年目かつ怪我で出場数も少ないため、データが揃っていないだけかもしれない。しかし、数年出場している選手ならば割合を確率に還元できるかというと、そうでもない。ベイスターズであれば山崎康晃投手は顕著である。過去5年で163セーブをあげた守護神であるが、2020年シーズンは芳しくなく、防御率も5.90である。選手の結果は毎年変わるものである。若手が成長しベテランが衰えていく中で、どのデータを用いればいいのかは非常に困難な問題である。

 あるいは安定して結果を出し、十分な試合数があるような選手の場合は強打者であることが多いので、その選手に送りバントをさせるかどうかが議論になることは少ない。データがないような選手や状況だからこそ、議論になるのである。

6.まとめ

 ・統計データから、「全ての場合にこうするべき」と結論付けるのは誤りである。送りバントが有用なのが1割だったならば、1割で有用だったというだけの話であり、「すべての場合で有用でない」は間違っている。

 ・選手のデータを別の選手に適用するのは誤りである。大和が併殺打をいくら打っても、オースティンが送りバントをするかどうかには関係がない。

 ・バントすべきかどうかの結論を出せるほどの統計データは揃っていない。オースティンに何百打席も送りバントをさせ続けるのは現実的ではない。

 ・シミュレートする場合、どのデータを確率として用いるかが困難である。打率だけで計算するのは正確ではないし、場合分けを細かくしすぎるとサンプルが少なくデータが役に立たない。

7.おわりに
 以上、現状の議論によく見られる誤りを述べてきた。誤解しないでいただきたいが、統計データが間違っているだとか、意味がないと言いたいわけではない。それを誤って適用させるのが間違いなのである。

 以前に、TV番組「球辞苑」で紹介された「状況別得点確率(2016年)」では、0アウト1塁が40%で、1アウト2塁が39%だった(ソースが出せないのが申し訳ないが)。

 これを見て、「バントは不利」だと結論づけるのは間違いであろう。むしろ、0アウト1塁を1アウト2塁にしても、得点確率がたったの1%しか落ちないのかと思え、バントを推奨するようなデータに見える。

 非力な打者でも送りバントを成功させることで、0アウト1塁からバントをしないような強打者と1%の差まで接近することができるのか。
 しかし、本文で述べたように、そのように短絡的に考えるのは誤りである。この統計データはすべての場合の総合であり、どの選手がバントし、どの選手がバントしなかったかがわからないし、四球や進塁打など様々な状況が含まれている。また、それを個別の事例に当てはめるのも間違いである。このデータから9月15日の1回表にオースティンが送りバントをするかどうかは短絡的に導くことはできない。

 個人的な意見としては、統計データの分析もシミュレートも上述のように困難なので、「その場面でバントをすべきかどうかはわからない」。バントの成功率も相手投手によっても異なるであろうし、守備側も絶対に送らせたくないような投球や守備をすることもあれば、1アウトくれるなら送ってもいいよという場合もあるかもしれない。
 現段階では結論づけることはできないだろうが、わからないからこそ議論になり、それらも総合して野球の楽しみとするのが良いだろう。


山下 2020/09/16 14:00

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