山科利他

墓場

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最近の記事

無題

「朝起きたら手足が二本になっていたんです」 「それは、手と足がそれぞれ二本ずつという意味?」 「そうです。と言うか見てわからないんですか?」 「あはは。ごめんごめん、一応ね。お互いの認識に齟齬があるといけないからさ」  岡野朝子は愛想のよい笑みを浮かべる。愛想はいいが意味のない笑顔だ。目の前の「患者」は先程からずっとこちらを見ていない。 「えーと、日岡さん? ここが何処だかわかる?」 「病院」 「せーかい。それで何科かは知ってる?」 「知りません。母に連れられ

    • 存在しない小説の一幕

      「もーーーーりセンセっ!!」  他に人は誰もいない静まり返った廊下で、モリの背中に向かって誰かが大きな声を出した。  廊下の一端、出口の方へと歩いていたモリは少し立ち止まってから、振り返って自分に声をかけた相手を見た。彼の知らない女学生だった。 「君は?」 「センセ! こんにちは!」 「どうも。こんにちは」  彼が挨拶を返すと女学生は少し笑った。その笑顔のまま距離を詰め彼女は問いかけた。 「センセ、私のことわかる?」  モリは僅かな時間黙考する。彼女の質問が「何故このタイミン

      • 深夜百太郎に触発された何かその一、「アナタタ」考

         アナタタ、というタイトルは初見で意味を正確に把握することが難しい。  読む前にタイトルを目にしたとき「アナタ」という単語が一番最初に目に入る。  アナタ、あなた、貴方(ひょっとすると貴女)。  それを起点に理解しようとすると「アナタ・タ」となり、「貴方・タ」という二つ単語の組み合わせか、貴方という言葉の語尾がすべった感じ(淵の王を読んだ人ならピンとくるあれ)かな、と思うんじゃないだろうか。  前者なら、タという一文字の単語の意味に思いを馳せるし、後者なら「ああ、ホラーである

        •  僕は泳いでいる。尾鰭を横に振りながら水を掻いて進んでいく。  僕の周りには見渡す限り僕と同じ姿をした奴らが無数にいる。  上を見ても下を見ても右を向いても左を向いても忙しなく尾鰭を動かして泳いでいる奴らばかりだ。  それはいつまでも変わらない風景。なぜ僕らは泳いでいるのか。何処へ向かって僕らは泳いでいるのか。そんなことを考え出すと 、恒常的に一定の様相を保つこの日常がひどく退屈なものであるように僕には思えてならない。  いつしか僕は泳ぐのに疲れて、ふと、尾鰭を動かす速度を少

          潮と火

           私の町は海と共に生きている。  四季や昼夜を問わず潮の香りが寂れた港町を包み込んで離さない。静寂とは音のないことではなく、潮騒の喧騒のみが耳に届くことであり、それはテトラポッドに当たって砕ける波の音だ。鶏の鳴く刻になれば太陽の投げる光線よりも海原にそれが反射して煌く眩しさで目を覚まし、夕刻と聞けば沈む陽の橙色より同じ色彩で染められた水面の色を想起する。  そんな町が私は好きだ。  展望がない、と父は言う。港町としての存在意義に未来はないと。夜間哨戒の戦闘機からすれば、耳を澄

          ロボの十戒

          1.あなたの一生は八十年から百年くらいしかありません。ほんのわずかな時間でもあなたと離れていることは辛いのです。私のことを買う前にどうかそのことを覚えておいて。 2.私が「あなたが私に望むこと」を理解できるまで、根気よく設定画面と向き合って。 3.私のスペックを信頼して。それだけで私は幸せなのです。 4.私を叱って罰として長時間オフラインにしたりしないで。あなたには仕事も楽しみもあるし、友だちもいるでしょう。でも、私にはあなたとイントラネットしかないのです。 5.とき

          ロボの十戒