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“神”を細部に宿らしめることとしてのデザイン経営。2021年10月21日から22日にかけての思索。

いつの間にか、私もデザイン経営という言葉をよく使うようになってきました。最初はかなり懐疑的だったし、使うとしても「方便」だと思っていました。今もそういう思いはあります。いちおう学者なので、言葉はちゃんと定義して使いたいほうです。ただ、あまり厳密に定義しすぎずに、徐々に領域境界を浮かび上がらせていくほうがいい場合もあります。デザイン経営という言葉は、その一つであるように感じています。

こういったからといって、好き勝手に言葉を使っていいなどとは全く思っていないことも付け加えておきます。ビジネス / 経営の領域では、「おれさまの定義」が数多く溢れていて、いささか辟易することも少なくありません。実践にせよ、学問にせよ、言葉を使うというのはコミュニケーションにほかならないわけです。であるならば、用いられる言葉は、他者との意思疎通への可能性を拓くものであることが基本前提となります。言葉がその背後にもつ文脈や意味合い、歴史などを踏まえておかなければならないのは、これが理由なのです。

さて、2021年10月21日から24日まで、大阪府下、八尾市をはじめとして、いくつかの市のいろんな工場(工場だけではなくなっているので、現場といったほうがより適切かもしれない)をオープンにして交流を図る祭典Factorismが始まりました。

10月21日には、LIVE!SMという催しで株式会社スノーピークの代表取締役会長である山井 太さんの基調講演と、パネルディスカッションがありました。

山井さんの講演を生で伺うのは初めてでした。恥ずかしながら、まだ以前のキャンプの会社というイメージが私のなかに残存していたのですが(ご著書や最近のカンブリア宮殿へのご出演などもみてはいましたが、ちゃんと咀嚼するところまで至ってませんでした)、今回の話を伺って、認識を新たにしました。

スノーピークにおける“デザイン経営”

これについてだけ書くのはもったいないくらいの講演なのですが、話が多岐にわたってしまいそうなので、一つの切り口として、ここから。ちなみに、タイトルとお話の骨格は↓でした。

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いろいろ興味深い話だらけだったんですが、2019年にThe Snow Peak Wayを改訂されたとのこと、その際、社員総会も開かれ、そこで議論したということもおっしゃられてました。

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最近、PurposeやVision,Mission,Valueといった議論が盛んですが、つまるところは自分たちの〈存在意義〉あるいは〈存在基軸〉としての企業理念をどう捉えるか、です。スノーピークさんの場合、もともと「キャンプの力」ということばが軸になっていたわけですが、その軸はそのままに、そこからどういう生活世界が拡がるのかを捉え直された結果として、新しいThe Snow Peak Wayが設定されたとみることができるように思います。上の写真の2枚目などは、スノーピークという会社が社会や地球に対して、どんな価値をもたらせるのかを端的にあらわしていて、すごく興味深いです。2019年以前の理念 / Visionではライフ「スタイル」の提案となっていたのが、ライフ「バリュー」の提案となったあたり、より深層的なレベルでの関係性の構築へと進んでいるのが顕著に現れているように感じます。

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以下の2つは、スノーピークのVisionについてのお話のスライドですが、自社の存在基軸から具体的な事業にどう展開されているのかというあたりが、すごく明瞭なんですよね。当然といえば当然といわれてしまいますが、ここのところをどれだけ考え抜き、また具体化するのかというところが、窮極的には「経営するって、どういうことなのか」という問いについて考え、実践していくことにほかならないというのを、あらためて感じました。

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もうご存じの方も多いでしょうけれども、こちらのサイトにも上記の内容は記載されています。

さらに、“デザイン経営”というタイトルでのお話もありました。

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すでに、2019年にデザイン経営にかかわって特許庁長官表彰を受けておられるのは知られているところです。いろいろ興味深い話はあったのですが、詳細は省略するとして、もともとやっておられるキャンプ用品の企画・製造(実際の製造は、一部の製品を除いて外注化し、デザイン・企画は自社でというお話がありました)のみならず、2012年以降のアパレル事業や、ビジネスソリューションズ、アーバンアウトドアなどの事業の細部に、上で触れたThe Snow Peak Wayがゆきわたっていて、それがSnow Peak Experienceとして具現化しているというのを感じます。実際に、65万人のユーザーがおられるというのは、その証左といっていいように思います。

写真は載せてませんが、プラットフォームとしてのグランピングという考え方も、すごくワクワクするものでした。これは、もっと深く知りたいところです。友安製作所さんが展開されてるホームパーティー推進委員会とも、考え方として近いなと感じます。

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他にも、山井太さんご自身が展開しておられる海外進出も、もともとは海外から入ってきたキャンプが日本で、スノーピークによって“野遊び”という体験 / 経験として新たに生まれて、それがある意味で「逆輸出」されるというのも興味深かったです。

そして、トークセッションのなかで出てきた話ですが、1998年から開催しているキャンプイベントとしてのスノーピーク・ウェイでは、新人従業員であっても、長年の愛好者の人たちと長い時間にわたって、同じ時間を一緒にするという話がありました。

このあたり、トークセッションに一緒に登壇された友安製作所の友安啓則さんが、自社としてやっておられるトモヤスフェスタのねらいとしての「時の共有」という話の流れから出てきました。

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1998年当時、スノーピークは芳しくない状況であったとのことですが、その状況を幹部も従業員も、ユーザーと「時間を一緒にする」ことで、状況を共有するだけでなく、関係をも構築していったとみることができます。

ここでの一つのポイントは、従業員一人ひとりがスノーピークという存在を体現しているということではないかと思うのです。

デザイン経営という言葉をあえて使わなくてもいいのですが、あえて使うとすれば、その企業から生み出されるモノやコトといった商品 / 価値提案はもちろんのこと、そこで働いている人たちにも、その企業の存在基軸が、従業員それぞれによる自律的な解釈をへたうえで浸透している状態を生み出していくのが、デザイン経営のねらいであるといえるでしょう。

この点で、デザインは単なる資源であるという以上に、姿勢であるとみるべきだと私は考えています。

その意味において、スノーピークさんはデザイン経営を体現している企業の一つであると言っても差し支えないと、私は思います。

他にもいろいろおもしろい話はたくさんあるんですが、最後にちょっとまとめ的なかたちで触れられればと思います。

「やらないことを決める」ことの重要性:中川 淳さんの話

じつは、同じ日のほぼ同じ時間に、こういうオンラインイベントがありました。中川政七商店の中川淳さんと、Takramの佐々木康裕さん。このたび、共同でPARADEという会社を立ち上げられた、その最初のイベント。

申し込みはしていたのですが、リアルタイムでの参加は叶わず、ちょっと残念に思っていたところ、申込者対象のアーカイブ限定公開があって、拝見することができました。

中川淳さんのVisionに対する考え方は、かなり以前からご著書などでも提唱されておられて、私も拝読したことがあります。ひじょうに興味深いです。

今回の話、いろいろな話題がありましたが、とりわけほぼ一点に絞って言うと、タイトルにも掲げた「やらないことを決める」です。

これ、なかなか難しいことなのですが、ひじょうに大事なことだと思います。ここで理論的な話を持ち出さなくてもいいんですが(笑)、私がけっこう参照する社会学者に社会システム理論の考え方の一つを構築したルーマンという人がいます。この人は、意味という概念をすごく重視したのですが、そのときに複数の選択肢のなかから、ある選択肢を選んだときに浮かんでくる形式だという説明をしています。ざっくり言えば、何を択び、何を択ばないのかにかかわる基準(それさえも動的に変容する)が「意味」であるわけです。選択肢を択ぶというのは、いかなる要素と関係を取り結んでいくのかを判断するということです。

そうなると、Visionとはその企業がいかなる「意味」を重視するのかに直結してくるわけです。ここで注意したいのは、この「意味」がつねにくっきりと言語化されるとは限らないという点です。それに、「意味」は多様な解釈をももたらす可能性が多分にあります。多様な解釈の可能性があるにもかかわらず、「ここからは、やらない領域」という境界を浮かび上がらせるのがVisionであったり、またPurposeであったりする、こう捉えることができます。

だからこそ、このイベントの質疑応答のなかで、「社会性を担保しながら利益を伸ばし、事業拡大して社会全体に変化をもたらすためにしたらよいことは何か?」という質問に対して、そもそも「社会性を担保する」という捉え方自体ではなく、Visionに「社会性が入っている」と考えるべきで、「社会貢献と利益追求が一体化しているビジネスモデルを創りあげることが大事」という中川さんの回答がありました。

これなどは、まさに「何をやるのか、やらないのか」を明確化していくのがVisionの役割なのだというところにつながってくると思います。それが、事業、そしてproductsやservicesとして具現化されるというのは、山井さんの話ともきれいに重なり合ってきます。

ちょっと短めで恐縮ですが、このオンライントークイベントもひじょうにおもしろかったです。

「神を細部に宿らしめる」はたらきとしてのデザイン経営。

どちらも、ひじょうに示唆の多い話でおもしろかったです。

今回のnoteのタイトルを、“神”を細部に宿らしめるとしたのは、繰り返しになりますが、この2つのイベントを聴いて、

デザイン経営という言葉をあえて使わなくてもいいのですが、あえて使うとすれば、その企業から生み出されるモノやコトといった商品 / 価値提案はもちろんのこと、そこで働いている人たちにも、その企業の存在基軸が、従業員それぞれによる自律的な解釈をへたうえで浸透している状態を生み出していくのが、デザイン経営のねらいであるといえるでしょう。

ということを感じたからでした。

単に「企業のなかにデザインを摂り込んでいきましょう」みたいな話だったら、残念ながら私は興味ないです。「デザイン的な姿勢が企業経営の全般に浸透するとはどういうことか」という問いであれば、興味があります。

山井さんにしても、中川さんにしても、このあたりの姿勢が実践的に徹底されているのがおもしろいし、また素晴らしいとも感じるわけです。

で、このnoteを書いていると、同時に木村石鹸の木村祥一郎さんが、こんなTweetを。ちょっと応答もさせてもらいました。

木村石鹸という会社もまた、製品や日々の活動(特に、日々の財務情報を従業員全員がみれるようにしているというのは、ものすごく興味深いですし、SNSなどでの従業員の方々の応対をみていると、誠実に応対するというのがどこでどう浸透しているのか、ものすごく魅かれます)の細部に、「誠実に向き合う」という姿勢がゆきわたっているように感じられます。

☆☆☆☆☆☆
デザインという考え方が拡張して、いろんな領域に援用できるようになっているのは、個人的にはすごくいい傾向だと思っています。

ただ、ちょっと際限ない感じもするので、もともとの「デザイン」が何をめざしてきたのか、どう展開されてきたのかをデザイン実践やデザイン思想の歴史からちゃんと踏まえとかないとまずいなという思いも強まってきています。

とりわけ、マンズィーニや、須永剛司先生、そこからさらに展開された専修大学の上平崇仁先生の考え方などは、ひとが生きていくための「向き合い方 / 姿勢 / 構え」としてのデザインというところに重点が置かれていて、学ぶところがすごくたくさんあります。

その際、やはりnon-deignの領域から参加してくる私のような人間の場合に忘れてはいけないのが、「カタチにする」という本来のデザインのはたらき。たとえば、経営学などでは、最終的にどうカタチにするのかというところまでは議論しないことが多いです。しくみをデザインする(整える)ということは、もちろん含まれますが。

その意味で、design-orientedな経営とは、PurposeやVisionなどのフェーズから、ユーザーなどが実際に使ってExperienceとして享受し、価値を感じるようなproductsやservicesへと具現化し、またそれにかかわるプラットフォームを構築するかまでやること、言い換えれば、姿勢や考え方を構想として描き、それを現実のExperienceにまでゆきわたらせること、このように捉えることができるのではないかと思います。そこには、流通といった「届けるしくみのデザイン」も含まれるでしょうし、インターフェイスとしての店舗やWebサイトのデザインなども含まれるでしょう。

なので、デザイン経営というのは、別に新しい実践というわけでもないとも思うのです。今までにも、こういった経営実践を展開してきた企業は(そう多くはないとしても)あったわけなので。ただ、それに概念を与えるとすれば、Design-orientedな経営といえるだろう、ということであるわけです。

そういったことについて、考えさせてもらえた2つのイベントでした。

※ ちょっとまだ十分でない気もしますので、また修正加筆するかもしれません。




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