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文化的古層としての神話と民話:『ヨーロッパ学入門』摘読(3)VI「ヨーロッパの神話と民話」

前回は文字に起こす時間がなかったが、今週はちょっとでも文字にしておきたい。

『ヨーロッパ学入門』を読み始めて3回目。今回は第6章「ヨーロッパの神話と民話」。

ヨーロッパの神話とは、ヨーロッパ地域に存在する諸神話。

のっけからではあるが、「ヨーロッパの神話」なるものは存在しない。あるのは、ケルト神話、ゲルマン神話、ギリシア神話、ローマ神話、スラヴ神話、そしてヘブライ(ユダヤ、イスラエル)神話である。これらが、互いに混合したり、モザイクのように継ぎ接ぎになったりしているのが、ブリテン諸島から地中海東部にかけてのいわゆるヨーロッパの神話なのである。さらに、これ以外にもリトアニアやエストニア、ラトヴィア、フィンランド、ノルウェー、バスクなど、独自の言語を持つ民族がいる。これらにも神話が残存している可能性もある。

神話と民話

さて、神話と民話はまったく異なるものではない。日常的世界と非日常的世界の交流を語るという点では、共通している。このうち、民話は伝説とメルヒェンに分かれる。前者は本当にあったこととして厳かに語られるのに対して、後者はフィクションであることが少なくとも語り手にははっきり意識されている。

神話や民話(伝説)は、ある時期における民間信仰である。神話とは、社会階層における上層部、つまり土地支配者や聖職者、有識者たちによって容認され、権威を持っていた信仰である。一方、民話は庶民のものである。したがって、しばしば正統的ではない、容認しがたいものとして扱われることもあった。

興味深いのは、神話がそれぞれに異なるのに対して、民話にはヨーロッパを分断しているさまざまな言語の境界や民族、国家の境界を超えた共通点を持っているところである。

創世神話と神々

ここでは、先ほどの6つの神話の区分にもとづいて、その特徴をみる。

(1)ケルト人
ケルトはヨーロッパ土着の諸民族の多くにその血が流れているはずであり、ケルトの抽象的意匠もヨーロッパ文化のいたるところで目にするにもかかわらず、ローマ化とキリスト教化によってケルトがヨーロッパ文化の深層に埋もれてしまったため、今のわれわれが知るところは少ない。

ケルト人は地中海文明とは独立した原ヨーロッパ文明を担っていたといえる。ただ、ローマの圧倒的な軍事力の前に、ヨーロッパの西端にまで追いやられてしまった。それが残っているのが、アイルランドである。ケルト文化の復興運動もアイルランドから始まっている。

ケルト神話は体系化されていないが、きわめて多くの神々が登場する。ただ、神話そのものは文字化されていないこともあってか、詳細はわからない部分も少なくない。

(2)ゲルマン人
ゲルマン人は紀元前三世紀から四世紀ごろ、スカンディナヴィア半島の南部やライン川とオーダー川のあいだに住んでいた。このうち、東方ゲルマン人が紀元二世紀末にこの地を離れ黒海方面へと移動した。彼らはゴート族と呼ばれ、ビザンツ文明に触れてキリスト教に改宗します。また、西方ゲルマン人も七世紀初頭にはキリスト教化された。

唯一、古代ゲルマン信仰を持ち続けたのが、スカンディナヴィア人であった。彼らが受け継いでいるのはスカンディナヴィア固有のものではなく、今のドイツ民族の神話である。ここで受け継がれているのも、やはり多くの神々である。

(3)ギリシア神話と(4)ローマ神話
ローマ神話の神々はギリシア神話の神々を受け継いでいるので、一つにして考えてもそれほど問題はない。個別の神話については、もちろん別個に検討すべきであるけれども。ギリシア神話が壮大な宇宙観を示すのに対して、ローマ神話は政治や軍事といった側面が濃厚にあらわれているようである。このあたりは、興味深い。

(5)スラヴ神話
スラヴ人は、もともとポーランドからウクライナにかけての地域に住んでいた。ところが四世紀になると遊牧騎馬民族のフン族がヨーロッパに侵入して、五世紀から六世紀の頃に四方に移動します。北東ないし南東に向かったのが今のロシアン人やベラルーシ人、ウクライナ人、西に向かったのが今のポーランド人やチェコ人、スロバキア人、南に向かったのが今のセルビア人、クロアチア人、スロヴェニア人、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ人、そしてブルガリア人である。彼らが移り住んだ土地はいずれも貧弱で、自然の猛威にさらされていた。それゆえ、訴えかける相手として多数の神格をつくり、それに頼ろうとしていた。しかし、そういった多様な神々はキリスト教の浸透とともに、より低い神格としての妖精 / 精としてのみ生き残ることができた。

民話とその特徴

ヨーロッパ圏に存在する民話には、多くの妖精たちが登場する。妖精はきわめて膨大に存在する。ことに、ブリテン諸島にはきわめて多くの妖精が登場する。ただ、他のヨーロッパ地域でも多くの妖精が民話に登場する。

なかでも、家の精や巨人、二面性を持った女神的存在、魔女、そして人狼などがいます。これらは、ヨーロッパにおける各民族の生活や文化的な古層を反映していると言える。そこには、キリスト教以前の神話の残滓もかいまみられる。たとえば、魔女も単に悪事をするというだけではなく、むしろ賢い女性という側面も持っている。それゆえにこそ、魔女狩りというかたちで排除されたともみることができる。人狼は、今の若い世代ならゲームでよく知っているだろう。これも、単に恐ろしい存在というだけではない。ここには、太古以来の人と鳥獣との交わり合いが反映されている。こういったところにも、ヨーロッパに住む人々の自然への意識の古層をみることができよう。

読後に。

現代ヨーロッパにおいては、明らかにキリスト教の影響が色濃い。それゆえに、古層にある神話や民話がヨーロッパの人々の考え方や生き方、姿勢にどう反映されているのかというのは、なかなか難しい問いである。

けれども、それらは埋もれて、完全に消え去ってしまったのではない。たとえば、もう間もなくやってくる(日本では仮装祭となったw)ハロウィンもまた、ケルト文明の名残である。

こういった文化的古層は、ヨーロッパだけでなく、日本を含むアジアにおいてもまた同様に存在する。そして、文化的古層は、いともたやすく現代人にとって都合のいいように解釈し直されてしまう。その点でも、それぞれの文明や文化に残る文化的古層を冷静に見つめ、そこにわれわれの生活を規定するようなものの見方を捉え返していかなければならない。

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