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山奥ニート、本屋へ営業に行く

正直なところ、本とは儲からないに違いない。というかここ2年は本を優先して働いていないから赤字なので、印税はその補填になってしまう。なので、そういう直接的なお金より、山奥ニートという存在がこの地域で知られることで間接的に得があるのではないか、というのが山奥ニート本を書くインセンティブだった。

だけど、書店に置かれてないんじゃ意味がない。本の営業は出版社の人と行くものらしいけど、新型コロナの影響で気軽に東京から来てもらうわけにはいかない。なので、僕一人で「どーもー」みたいな感じで挨拶だけすればいいかなと簡単に思っていた。だけど、編集者さんに相談したら、出版社からアポ取ってもらうことになり、なんか大ごとになってしまった。

行ったらサインをすることになるだろう。参った。何書きゃいいんだ。作者のサインなんか本当に欲しいのかなぁ。そもそも有名人のサインを欲しいなんて、僕はあんまり思ったことないな。phaさんには唯一、頼んで書いてもらったけど。あれこれ考えて、今回は近くの町なのだし、共生舎までの生き方を簡略化した地図を書くことにした。

さて、この辺りでは一番大きく、自分もたまに行くツタヤに行く。店内に入ったら、一番目立つところに小さな机が置いてあって、そこに山奥ニート本が山積みにされていた。その時の僕の気持ちは?
うーん、別に嬉しいとかは思わなかった。ポップも何もなかったので、これじゃ地元の人が書いたって分からないじゃないか、大丈夫かーと思った。そこまでの待遇に見合うほど売れるかは自信ないです…。和歌山ゆかりの本コーナーの片隅に置いてくれれば、それでいいと思ってた。

レジの横に行って声をかけると、バイトの若い女性が面倒くさそうに社員を呼んだ。小走りで社員の男性が移動式の机を押してやってきて、僕に名刺を渡して、この場で色紙にサインを書いてくれと言う。
本の見返しに書くと思っていたのに! というか店内で書くんだ。何事だろうとお客さんが見ている…。戸惑いながらも、用意してきた通り、共生舎までの地図と、自分の名前を書く。本の見返しに書くサイズだと悪くないと思ったんだけど、色紙に書くといかにもやっつけ感があり、みすぼらしく見えた。
書き終わったら「他の書店は行かれたんですか?」と聞かれた。いえ、これからです。僕は質問の意図が分からなかった。社員さんはお疲れ様ですと言うが早いか、すぐに奥へ戻っていった。

もうちょっとチヤホヤしてもらえると思ったのにな。

次のアポまで1時間あったので、そのまま書店内を見て回る。実際に本屋に行くと、自分の興味がないものが目に入るから楽しい。ネットでは基本的に自分で能動的に見ようと思ったものしか目に入らない。こどもの本総選挙だって。上位を『ざんねんないきもの図鑑』とヨシダシンスケとおしりたんていが独占していて、予想通りすぎてかえってガチ感があるなと思った。シュリンクしてないRoll&Role(TRPGの雑誌)が置いてあったので、この店に対する好感度がグッと上がった。勝手なもんだ。

久しぶりに本屋を楽しんだし、そろそろ次へ行こうかな。そう思った時、床に50円玉が落ちているのを見つけてしまった。ええ。いや仮にもさっき作者としてサインを書いた人間が、ここでネコババしていいのか? でもたった50円だし、店員に渡しても逆に迷惑だろう。というか、店員に話しかけられたら「コイツまだいたのか」と思われそうだ。結局、誰も見てないことを確認して、こっそり拾ってポケットに入れた。満面の笑顔で。「いえ、違うんですよ。これがドッキリだって分かってるんですよ。冗談で拾っただけです」と言い訳できるように。

2店目。田辺には3件本屋があるけど、1件は行ったことがないから営業するのはやめた。だからこれが書店まわりの最後。
こちらも入り口すぐの一番目立つ場所に、平積みにしてくれていた。店員さんに声をかけると、ポップ用の小さな紙を渡された。ああ、さっきの書店もポップ風に書けばよかったのか。僕がポップを書くだろうと思ったから、単に机に並べられていただけだったのか。そう気づいたら、急に恥ずかしくなった。そうと分かったら、色ペンを借りていかにもポップという感じで書いた。「限界集落×ニート 日本の未来がここにある…かも。田辺に住んでます」みたいなことを書いたと思う。

書き終わったとき、ここでも「他の書店は行かれたんですか?」と聞かれる。どういう意味なんだろう。そんなに僕のこれからの予定が気になるのかな。それとも「お前、他の店でも同じこと書いてんじゃないだろうな!?」って意味なのか。
さっきツタヤに行ってきました、と答えると「どんな感じで陳列してました?」と聞かれた。

あ、そうか。すべてが分かった。田舎の本屋に作者が来ることなんて滅多にないから、どう扱っていいか分からず持て余してるのか…。申し訳なくてしょうがない。逃げるように僕は店を出て、山奥へ車を走らせた。やっぱり町へ行くとろくなことがない。途中のコンビニで、拾った50円を募金箱に入れた。

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