保護猫:4年間の振り返り
日頃は、子どもの留学準備について書いています。企画に乗っかって、ウチの保護猫について書きます。
きっかけ
思春期の子どもたちには、何のしがらみもない話し相手が必要なのかもしれません。上の子どもが、思春期に差し掛かり、私たち親に対して口答えするといった、いわゆる反抗期は無いものの、さまざまなストレスに囲まれて日々を過ごしているのが窺い知れるようになりました。そのストレスが、子どもたちの内面に悪影響を与えてはいけないな、と思っていました。
その頃、上の子が、
「動物を飼いたい」
と訴えるようになりました。動物との触れ合いが、良い影響を与えるのかもしれません。ペットショップで品定めをするのには、抵抗がありましたので、保護猫保護犬を検討しようと方針を立てました。
時を合わせるかのように、知り合いから、
「猫を飼わないか」
との知らせがありました。
可愛らしい茶色いトラねこ。写真の中の彼女と目が合います。
そこで家族会議。さまざまなメリットとデメリットを検討し、結論は、「飼おう」となりました。
ところが、その猫さんには、すでに里親ができたようで、別のご家族が迎え入れたそうです。タイミングを逃しました。
新たな出会い
猫が我が家にやってくる、と心構えができてしまったにもかかわらず、期を逸しました。
心のなしか落胆している上の子を目にし、何とかせねばと、ウェブ検索。
居住県内の保護猫ボランティア団体のウェブサイトに行きつきました。問い合わせフォームに必要事項を入力。
即日、返答があり、ご提案。
生後4ヶ月の黒猫さん(女の子)を紹介いただきました。
電話等も含めてやりとりする中で、意外なご提案が、
「この子、4姉妹でして、別のふたりの行き先は決まっているので、良かったら、黒猫さんだけでなく、キジトラさんもいかがですか。」
と。
「複数猫さんの方が、実は、楽なんですよ」
あまりにも想定外でしたので、再び家族会議。
確かに、複数のウェブサイトで、多頭飼いを推奨しているのを目にします。
全く猫の世話をしたことがないので、想像もつかず、家族の誰もが決め手に欠けていたのですが、気づいたら、両方の猫さんを迎えることになっていました。なぜそうなったのか、今ひとつ思い出せません。あえて言うなれば、天の配剤だったということでしょうか。
譲渡の日
ボランティアの方が、我が家まで連れてきてくれるそうで、ランドマークがあるところまで、出迎え、家まで案内しました。
のちに分かったことですが、猫さんが健やかに育っていけるかどうかを見極めるために、必ず受け入れ家庭まで出向いて、譲渡をされているそうです。
小さな猫さんたちは、我が家に入るや否や、準備していたケージに入りました。慣れない場所で、小さく震えているのが分かります。ケージに古くなったブランケットを掛け、落ち着かせました。
その夜、どちらかの夜鳴きが、一晩中、ブランケット越しに聞こえてきました。
名付け
それぞれ、ライバルと目されていた某有名プロアイススケーターの名前がつけられていた子猫たちですが、我が家では、別の名前で呼ばれることになりました。
黒猫は、キキ。
キジトラ猫は、リリー。
姉妹とはいえ、それぞれ性格か異なります。
黒猫キキは、好奇心旺盛で活発。
キジトラのリリーは、慎重で怖がり。
キキは、我が家に来て2週間で、触らせてくれるようになりましたが、リリーに至っては、ずいぶん長い時間がかかりました。殊、私に関しては、触れるようになるまで、実に1年以上かかりました。それまでは、威嚇され、引っ掛かれの連続。私の腕から傷跡が絶えることはありませんでした。天の配剤だとすれば、何の因果でしょうか。
子どもたちと猫
きっかけは、子どもの情操教育の一環でした。猫さんたちのお陰かどうかは、分かりませんが、割と落ち着いた思春期を過ごしてくれているようです。
リビングルームで、子どもたちと猫さんたちが一緒に寛いでいるのを見るのは、私にとって、至福のひと時と言って差し支えありません。
当初の目論見通り、時には大人の目につかないところで、猫さんたちに色々話しかけているようです。
良い相談相手になってくれた、と言っていいのでしょうか。(猫さんたちのアドバイスは期待してはいけません。)
猫から学ぶ
人を相手にした仕事をしているので、時に、さまざまな人間関係に翻弄されることも。
他人を相手にする際に、猫さんたちの所作を真似ることで、心の平安を保てるようになったような気がします。(当方、不惑を超えて、単に鈍感になっただけかもしれません。)
猫さんたちは、ストレスがかかるシチュエーションでは、足音も立てずにどこかへ行ってしまいます。そして、落ち着くまで(あるいはお腹が減るまで)、姿を見せることはありません。
なるほど、苦手な他人には、対峙せずに、彼らから間を取りさえすれば不愉快な思いをせずに済むじゃないか。猫さんたちの距離の取り方が絶妙で、学ぶところ大でした。(中年になるまで、このように単純なことに気づかなかった、未熟さは、棚に上げておきます。)
振り返ってみると、猫さんたちから多くを得ているのは、子どもたちではなく、むしろ私ではないか、とさえ思えてきます。子どもの話し相手を、と思っていましたが、今や、私の方が多く話しかけているのかもしれません。
このところは、ちゃんと返事もしてくれます。
「おはよう」には、
短く「にゃっ」
「かわいいね」には、
「にゃー」
ソファーを占領されても、お腹を見せられて、「早く撫でろ」と催促されれば、私に選択の余地はありません。
よき保護ねこライフを。
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