うっせえ、俺が「世界観」だ。 _#2 氷解 (とける)
#だからそれはクリープハイプ
更新日: 2023/03/30 (締切4月10日まで加筆する)
#2 氷解
気が付くとエレキギターを手に入れていた。高校生になった。入部する時には、すでにバンドメンバーの4人が揃っていた。僕がギターボーカルを担うことは、それはもう自然の道理だった。入ったのは何かと緩い軽音楽部だった。集会はなく、部員はお互いを把握していない。いわば高校に設置された貸しスタジオといった印象であり、バンド単位で登録することで、スタジオの使用が許可される。いや、スタジオと言うのは盛り過ぎてしまった。うちの高校には音楽堂という古めかしい建物がある。おそらく地震があれば一溜まりもないその歴史的建造物では、日常的に吹奏楽部の合奏練習や音楽の授業が行われている。すると、軽音楽部はどこに陣取っていたのか… それは音楽堂の倉庫だ。
狭い。バンド練習をするには狭すぎる。この部屋で夏も練習するのか? 倉庫に冷房があるほど、学校経営に余裕があるはずはない。天井近くの壁に張り付いている白い箱なんて物は、案の定、探しても見つけることはできない。壁には、おそらく調子に乗った部員たちの落書き。床はコードでいっぱい。またギターピックが落ちているぞ。ギタリストあるあるだ。いつのまにかピックがない。そんなことは、たいてい妖怪のせいである。ここにも棲んでいるのは確かじゃないか。妙なことに、機材だけは必要十分といった具合で揃っていた。どうやらベース好きの顧問の趣味らしい。よく知っている先生だ。若者を見透かし、誰に対しても正論かつ辛辣に指導する… 怖いんだ、ああいうの。ホルモン過多の俺達は、どうにも筋の通った思考や行動にどうしても難がある。相性が悪いじゃないか。何よりあのしかめっ面。昔のクリープのアルバムジャケット、あの難しそうな表情をしたタクシー運転手と瓜ふたつ。
小さな部室に複数のバンドが入ることはない、できない。したがって、練習に入ることのできる日は限られている。だが、狭い。あつい、冬はさむい。うるさい。壁は吸音しない。ドラマーがまともに叩くと我々の耳は十中八九で死ぬ。そして、目新しい見知らぬ機材がそこに置いてある。もうそれ自体に夢中だ。お察しの通り、なかなか練習の進むような場所ではなかった。
最初にやる曲はどれにしよう。この悩みは僕史上最高に楽しいものだった。音楽堂の倉庫、壁は薄い。つまり、隣の吹奏楽の部員に無理にでも俺の歌声を聞かせることは容易い。他の者を気にすることはない。バンドメンバーのことさえも。頭は興奮で埋め尽くされている。いくつか試した結果、「ATアイリッド」に決めた。長谷川さんの歌詞である。ボーカルギターの俺、小さい頃からやってるらしいドラム君の二人でなんとなく完成するだろうと考えられた。他の楽器が無くとも、私にはしっかり聞こえていた。入部直前に楽器を用意させたもう一人のギタリストやベーシストのことはどうでもよかった。限られた時間で、何か形にしたい。歌詞にある。これは夢だ。待ち望んでいた夢だ。覚めないで欲しい。起こさないで欲しい。その通りだ。
「夢の中で会ったあなたに、恋をしました…」この若い男には何を言ってもだめだ。すっかり夢中のようだ。しっとりゆったりとしたメロディーが放課後の音楽堂に心地のよい眠気をもたらす。ときに張りつめたサビが下校を急かすようでもある。音楽堂倉庫は校門のすぐ側だ。この小気味の良い歌い方が、帰途につく生徒たちをあたたかく見送るに違いない。公園や県庁で流れる「蛍の光」「家路」みたいに。
ああ、なんて気持ち良いんだ。今度は、尾崎さんの声で歌わないとな…。僕の胸には、あのとき突き刺さった刃物がじんわりと深いところへ入り込んでいた。楽しかった。
… 初めて買ったギターはエレアコである。アコギなんだけど、エレキギターみたいにスピーカーのようなものに繋ぐことができるというもの。今回出てきた初めて買ったというエレキギターは、赤いジャズマスターである。動機はクリープとはあまり関係がなかった。だが、結果として、ジャズマスがクリープへの熱中を後押ししたのは間違いない。小川さんがジャズマス使いなのである。そして、尾崎さんの最初のギターはジャズマスターだという。見た目の良さで選んでしまった。少しググれば分かるが、ジャズマスターは素直な楽器ではない。これが私の卑屈も後押しするのだった。最近の彼らは、また別の楽器も弾いているらしい。
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例のアルバム 『When I was young, I'd listen to the radio』
参考曲のYouTube動画
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